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映画『ニューヨーク公共図書館』。図書館にメディアが学ぶこと

巨匠フレデリック・ワイズマンの傑作ドキュメンタリー。3時間26分(途中休憩あり)。扱う題材は、『ニューヨーク公共図書館』。

えっ、図書館?

図書館を題材に3時間超えの作品? かなり冗長な作品に仕上がっているのではないか……いくら巨匠とはいえ、映画はどんなことになっていまっているのか。足を運んだのは、そんな意地悪心があったのかもしれない。

ごめんなさい。

3時間26分は、あっと言う間だった。そこには、私が考えていた図書館はなかった。ちょっと調べものをしたり、本を静かに読んだり、(乱暴に言うなら)無料貸本屋であり、収蔵庫であり……現在、修士論文と格闘中の大学院生でもある私は、人生で最も図書館に足を運ぶ日々を過ごしているにもかかわらず、それくらいの貧困なイメージしかもっていなかった自分に反省しきり。

図書館はじっとしていない。

映画では、演奏会や講演会(エルヴィス・コステロやパティ・スミスが登壇!)、ワークショップ、ディスカッション、セミナーなどの多種多様な「場」が紹介されていく。

資料を探す人はもちろん(司書レベルが驚くほどに高い! データベースがすごい!)、ビジネスを始めようとする人、プログラミングを習う子供たち、手話を習う人、読者会に集う人、演奏会に耳を傾ける人、自分のアイデンティティを知ろうとする人、ダンスを楽しむ人、子供の教育を議論する人……とにかく「本を読む(借りる)」こと以外を目的に、多種多様な人たちが集まってくる。想像力と閃き、生きる活力をどんどん連鎖させていく「知のインフラ」としての図書館の姿に驚きを隠せない。

ちなみに、この図書館では「教える側」はボランティアである場合が多い。「教えてもらう側」だけではなく、「教える側」にとっても参加しやすい「場」があることはこれからの少子高齢社会の日本ではとても大切なことだと思う。

未来に図書館はいらない=紙の本はいらない

デジタル化が進み、ほぼすべての情報がインターネット上で閲覧可能になると言われる。彼らの真摯な議論は、そこから生まれる「未来に図書館は必要ない」説を一蹴する。「未来に紙の本はなくなる」と言われて久しい出版業も、彼らと同じ熱さ、真面目さで未来を語ることの必要があるだろう。紙の書籍の売り上げが下げ止まって、微増しているというデータも出ている。今、このタイミングで議論を深めておきたい。

映画の中で、「図書館は、今、貸し出し回転率が上がる本を収蔵すべきなのか。それとも、(今、読もうとする人はいないかもしれないが)10年後、100年後に必要とされる本を収蔵すべきなのか」という議論がされる。彼らはNPO団体ではあるが、このテーマは商業出版物を製作する出版社の議論と同質なものだ。収益を上げねばいけない出版活動と発信する情報の公益性とのバランスの難しさを自問自答している自分も会議に参加していた気分にさえなる。

図書館は民主主義の柱。

劇中、ノーベル賞を受賞した黒人女性作家トニ・モリスンの「図書館は民主主義の柱」という言葉が出てくる。ニューヨーク公立図書館は、市民を孤立させないための「知のインフラ」機能としての図書館の意義を訴えかけてくる。権力を持った者だけに知識を独占させれば、社会的弱者は支配され続ける立場を覆すことはできない。

図書館は倉庫ではない。人である。人を孤立させないために何が提供できるのか。その目的を果たす手段であって、「本=情報」が目的のすべてではない。出版社だって、書店だって、きっとそう。

メディア運営と図書館運営。

無料で読めるwebマガジンを運営していた際、私は、その媒体を公園のような「場」にしたいと考えていた。出入り自由で、それぞれが思い思いの目的で過ごせる公園だ。自分らしく社会と関わることができる機会を。そのための場づくりを。情報を発信するだけでなく、「場」を共有したことで得た知識や気づき、思いをそれぞれが自分の暮らしに持ち帰る。そして、それらが次なる何かとなるような循環を。

それは具体的にはどんなことなのだろうと、ずっとグルグルと考え、ひとり悶絶していた。そのヒントが、このニューヨーク公共図書館にたくさん内包されている。そんなふうに思え、目の前の視界が少し明るくなるのを感じた。

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映画を観た後、ニューヨーク公共図書館について書かれた『未来をつくる図書館』を読んだ。いろいろな情報が補完でき、さらに、視界が開けた。こちらを読んでから映画を観るという順番のほうが、もっと深く劇中の場面をとらえることができたな、と思ったり。とはいえ、なんとなく観ることにした映画が大当たりだった時に味わえる贅沢な高揚感を存分に味わえたので、良かったことにしよう。

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