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神影鎧装レツオウガ 第百八十四話

第184話「構いません」「やります。やらせてください」

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令堂れいどう紅蓮ぐれん
 噛み締めるように、辰巳たつみはその名を呼んだ。
「何だオイ、どっかで聞いた名前だな」
 胡散臭げに、グレンは頬杖を突く。画面を指差す。
「で、結局誰なんだよコイツは。そもそも何で顔と名前がオレに似てやがるんだ」
「うん、その疑問はごもっとも。似てる理由は多分、彼自身が前に語った話に理由があると思うんだけどね」
「前に? 会った事があるのか?」
「そう。アタシだけじゃなくて、もう二人。あの時は風葉かざはとオーウェン・キューザック氏も立ち会ったんだけどね」
「えっ。父が、ですか?」
 言って、目を丸めたのはマリア・キューザックだ。こんなタイミングで肉親の名が出て来るのは、確かに寝耳に水だろう。
「そう。二年前、日乃栄ひのえ霊地に忍び込んだ時にね」
「おっとぉ? 何だか聞き捨てならない単語が聞こえた気がするな」
 半笑いの表情になるいわお。彼はファントム・ユニットの隊長であると同時に、日乃栄霊地の管理者でもあるのだから、無理も無いが。
「あー、まぁ、ハハハ。そのヘンはきっと気のせいだったコトにしといて。とにかくその時、令堂紅蓮はアタシ達に言ったんだ。自分は、ゼロワンだって」
「……。それは、それは」
 辰巳は、ゼロツーは、目を細めた。
「その口ぶりだと、調べもついてる感じか」
 グレンは、ゼロスリーは、口をへの字に曲げた。
「ある程度はね。令堂紅蓮は、かつて凪守なぎもりに所属してた魔術師で。第二回Rフィールド殲滅作戦に参加して、MIA判定を受けてるって事くらいかな」
 ヘルガの説明に、辰巳とグレンは同時に考え込む。
「ふぅ、ん。当時のRフィールド殲滅作戦に選ばれたって事は、少なくとも腕は立ったんだろうけど」
「なーんか、今一つパッとしねえ感じだな」
 語調こそ違うが、辰巳とグレンは同じ印象を受けたようだ。
「確かにね。あるいは、公式記録に残せない何かに関わっていたのか……」
「何か?」
 首を傾げる辰巳に、ヘルガは指を立てる。
「ホラ、そもそもオリジナルのRフィールドが発生した時期って、少し前に第二次世界大戦があったでしょ? その頃に何か、やってたのかもしれないじゃない」
「アー。確かにまァ色々あったなァ。到底オモテにゃ出せねエようなコトがゴロゴロとよォ」
 何気なく言いつつカップを傾けるハワード。必然、全員の視線が集まる。
「ア? 何だよ、裏どりやってたンじゃねエのか?」
「いえ、取り合えず仮定のまま進めるつもりでした。そうじゃないと辻褄が合わないので……でも、当時を知ってる方から言質が頂けたのは、嬉しい誤算ですね」
 割と本気で嬉しがるヘルガとは対照的に、ハワードの表情は冷めたものだ。
「そォかよ。だがオレは令堂紅蓮なんてヤツは知らねエし、他の裏話もする気はねエぞ」
「いえ、それで十分です。そもそもここで突き止められる話じゃないですし。突き止めた所で何かが変わる訳でもないでしょうし」
「え、ここまで来てソレかよ。オレは結構気になってんだけど」
 同姓同名、明らかに何らかの関連があるだろうグレン・レイドウが声を上げる。
 が、その横合いでサラとペネロペが首を振った。
「良いじゃないですか別に」
「そッスよ。小さい小さい」
 ぎゃあぎゃあと言い合う三人。その様子を、辰巳は微妙な目で見ていた。
 なので、風葉はそっと聞いた。
五辻いつつじくんも、やっぱり気になる感じ?」
「あぁー、うん、まあ。気にならない、と言ったらウソになるけど。……状況が状況だからな。敵を倒すのが、何よりの最優先だ。何より今の状態じゃあ、そもそも調べられる話じゃないだろう。魔術組織のデータベースにアクセス出来ないんだし」
「ほらグレン、お兄さんもああ言ってますよ」
「兄じゃねえよ!? いやまあキョウダイだけどよ、関係の取り決めはさっきの戦いで」
「そういうハナシは当事者だけで知ってりゃいいじゃないスか。そろそろ話の腰が折れそうッスよ」
「いやオレのせいかよ!?」
「彼、随分愉快な性格だったんですね」
「まーそォだな。意外とな」
 感慨深そうな辰巳に、ハワードは肩をすくめた。そして改めてヘルガへ問うた。
「だがまア、流れが迷子になって来てンのはマジな話だ。だから聞かせてもらうぜ。この令堂紅蓮とやらと、オリジナルのRフィールド。どォいう関係があるってンだ?」
「それは、こちらを見てもらえば分かるかと」
 言って、ヘルガは新たな立体映像モニタを追加。表示されているのは、以前オーウェンと検分した令堂紅蓮の略歴であった。当時の戦闘服に身を包んだ五十路の男の写真と経歴を、ハワードはじっと見る。
「……。成程、さっきの話の通りだな。第二次Rフィールド殲滅作戦でMIA。だが、そうした連中は当時幾らでも居た筈だが?」
「その通りです。以前調べた折にも、令堂紅蓮の経歴自体に特筆するような点はありませんでした。ですが先程立証された通り、彼が若い頃、大戦中で起きた何かに関わっていたというなら話は変わってきます」
 こつこつと、ヘルガは軽く机を小突く。
「ここからは、今度こそ仮定の話になりますが。令堂紅蓮は恐らく、戦時中何らかの極秘作戦に関わっていた、と思うんですよ」
「おーお、大胆じゃねエか。陰謀論一歩手前だ」
「まぁ確かにそうかもだが、一理あるとは思うね、僕は」
 と言ってヘルガの推論を肯定したのは、なんと利英りえいであった。
「ほォーん? ならそォ思う根拠は?」
「なに、簡単な話。令堂紅蓮氏の経歴があまりにも綺麗すぎるからさ。彼を素体としただろう辰巳やグレンが、一体どれだけの活躍を見せたと思っている?」
「……」
 しばし思案したハワードは、おもむろに得心する。
「はン、成程。あンだけのスペックを披露できる人造人間の基礎データに令堂紅蓮が選ばれたってンなら、選ばれるに足る何らかの成功を収めていると考えるのが自然、か。面白エ逆説じゃねえかよ坊主」
「ふふふ。伊達に剃ってるワケじゃあないのさ」
 不敵に笑いあう利英とハワード。凪守側の面々はその内の片方、利英の様子をまじまじと見た。
「まともだけど……まともじゃないと言うか……」「違和感しかない」「いつものアレは疲労やら睡眠不足やらからのナチュラルハイらしいからのう」
「まァ、とにかくだ。大戦中、秘密裏に活躍した令堂紅蓮に、無貌の男が目ェ付けやがッた。その仮定を是とするとして、だ。そッから何が分かるってンだ?」
 凪守の面々がしている話声を、ハワードは気にも留めない。ただ挑戦するように、ヘルガを見据える。
「そこで、オリジナルのRフィールド殲滅作戦に戻る訳です。令堂紅蓮はその作戦中にMIAとなった。それが無貌の男の仕業であると仮定して、令堂紅蓮は一体いつその影響下に入ったのか?」
「……ふむ。恐らくここだ、と仮定できる手がかりさえ無いんじゃないか?」
 利英の指摘に、ヘルガは頷く。
「そうですね。大戦中に何かがあったのか、それとも殲滅作戦中に何かをされたのか。確かな事は何も分かりませんが……一つ、推察できる事はあります」
 言って、ヘルガは立体映像モニタを見る。全員の視線が集まる。窓の中に映っているのは、洋上に浮かぶ赤色の大きな半球、オリジナルのRフィールド。その異様を睨みながら、告げた。
「無貌の男は、オリジナルのRフィールドを制御する方法を持っているんです」
 全ての前提を覆しかねない、その一言を。
「――」
 全員が、言葉を失った。水を打ったような静寂。それは一体、どれだけ続いただろうか。
「――確かに、まあ。推論だけなら無くはない、か?」
 険しい顔をしながらも、利英はその推論を肯定した。
「ほう。なら聞かせて欲しいものだな、なぜそう判断できる?」
 試すように片眉を上げる冥。利英はろくろを回すような手つきをしながら、推測を組み立てていく。
「今まで散々見て来ただろう? 人造のRフィールド。製造方法は今もって謎のままだが、少なくとも相当な研究データがなけりゃあ、辻褄が合わない。それこそ、本物を間近で観察できる環境でもなきゃあね」
「うーん。でも何か今一つ納得できないな。仮にそんな事が出来たんだとしたら、そもそも一連の事件を起こす理由が無くならないか?」
 反論しながら、巌も推測を組み立てていく。
「仮に敵がオリジナルRフィールドを解析出来ていたとして、だ。何故、それを霊力資源として使わない? 霊力が集まっているという点だけで見れば、Rフィールドもまた霊地の一種だ。それを解析出来ていたんなら、濾過術式に通して大量の霊力を得ていてもおかしくない」
「それなのに無貌の男はグロリアス・グローリィを隠れ蓑とし、少なくとも表面上はまっとうにカネや霊力を稼いでいた、か。ふむ、確かに矛盾するか」
 腕組みする巌と利英の疑問に、ヘルガは答える。
「流石の理解力だね二人とも。で、だ。そこはこう考えられないかな。『ただし完全に制御出来ていた訳ではなかったのだ』ってさ」
「……ああ、成程」
 腑に落ちる巌と利英。同じく理解したハワードが、ここで口を挟んだ。
「はン、つまりこォいう事か? 無貌の男は何かしらのテを使ってオリジナルRフィールド内へテメエだけが入れる安全地帯を造り、そこを拠点に人造Rフィールドの術式を造り上げた、と」
「そういう事です。まあ推論の上に推論を重ねまくった、綱渡りもいいトコの予測ですけどね」
「けど、要するに。確率としてもっとも高いのは、それなんですよね」
 そこで、するりと。
 白熱していた議論の隙間に、辰巳の一言は滑り込んだ。
「……うん、その通り」
 ヘルガは、辰巳の目を見た。
 静かに怒る瞳が、そこにあった。
「いいねえ、若いって」
「え?」
「いやただのヒトリゴト。気にしないで?」
 首を振り、ヘルガは快活に笑う。
「何にせよ、辰巳くんの指摘は正しい。ここで幾ら推論を重ねても水掛け論にさえなんないし、何より最も重要なのは敵を、無貌の男フェイスレスを倒す事だからね」
「まぁ、確かにその通りだな」
「けどよォ。今までの推論がアタリだったとしてだ。あのヤロウの本拠地へ乗り込むには、オリジナルRフィールドに踏み込まなきゃなンねエワケだろ?」
 言いつつ、ハワードは風葉を見た。
「ソコんトコどうなンだ? 行けンのか? レツオウガのフェンリル担当さんよォ」
「え? それ、は」
 どうなんだろう、と風葉は思ってしまう。そうして考え込んでいる間に、マリアが口を開いた。
「無理、でしょう。今のファントム5が、どれくらいの力を使えるかは未知数ですけど。全盛期からは、確実に、遠い」
 段々と萎んでいくマリアの独白。一拍置いて、更に付け足す。
「私が、あんな事しなければ」
「それは違うよ」
 消え入りそうなマリアの独白を、風葉は即座に否定した。
「仕事、だったんでしょ? それにあの時ああしてくれなかったら、きっと私はここに居られなかったから」
 風葉は、微笑んだ。
「だから。そんな顔しないでよ、マリア」
「……。うん。ありがとう、風葉」
 マリアも、微笑んだ。
 だが、すぐ真顔に戻る。ヘルガへ問う。
「でも、だからといってフェンリルが出力不足である事は変わりません。今すぐに私の」
「フェンリルを風葉へ戻すって? ハハハ、無理無理。技術はともかく状況が許さないでしょ。移植してる時間なんてないんだなあ」
 ――憑依したまがつを引き剥がす。あるいは、別の者へ移植する。そうした技術自体は、確かに存在する。だがそれらは当然ながら、相当量の霊力や技術、あるいは専用に調整された術式を必要とするのである。
 例えるなら臓器移植のようなものだ。今は時間が引き伸ばされているとは言え、戦闘中に行える行為ではないのだ。
「でも大丈夫、代替案はある。そもそもフェンリルで攻める事自体、向こうも想定してるだろうからねえ。意表を突かなきゃ」
「ふぅん? 随分簡単に言うじゃないか。そこまで言うなら、当然手段は既に用意してあるワケだね?」
 頬杖を付き、面白そうに笑うメイ。あるいは今度こそ、自壊術式の出番なのかと思ったのか。
 どうあれ、その予測は半分外れた。
「もちろんです。けど、そのためには――」
 言葉を切り、ヘルガは改めて辰巳と風葉を、レツオウガのパイロット達を見据える。
「――神影鎧装の、レツオウガの性能を、引き出す必要がある。それも、無貌の男が全く想定しない方向から。でもそうするためには、キミ達二人にかなりの負担を強いる事になる。それでも」
「構いません」
「やります。やらせてください」
 辰巳と風葉は、同時に即答した。
 二人は互いを見据え、同時に笑った。
「オーケー、覚悟は聞かせて貰った。じゃあ、二人には早速して欲しい事がある」
 そうして、酷く決断的な声で、ヘルガは言い放った。
「婚姻届の提出だ」
 当然、二人は固まった。

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【神影鎧装レツオウガ 裏話】
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