【ショドー・オブ・シャドー】 後編

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「ハァーッ・・・ハァーッ・・・!」目を血走らせながら、ショドーカはどうにかショドーを書き終えた。「スシ、スシ、を」ショドーカはスシ・パックへ手を伸ばす。しかして震える指先は、スシどころかコメツブすら見つけられない。当然だ、とうの昔に食い尽くしていたのだから。

「・・・ウ、ヌ、ウゥーッ!」怒りにまかせ、ショドーカは空のパックを弾き飛ばす。極度の消耗がショドーカの神経を逆立てていた。

消耗。然り、彼は書き続けていた。ニンジャスレイヤーが出口の無い袋小路に迷い込んでから、ずっと。時間の感覚はとうの昔に失せている。一体いつからこうしているのだろう。一時間?二時間?あるいはそれ以上か?

トライリーフムシとのイマジナリー・カラテを幾度も重ねたニンジャスレイヤーの足取りは、もはやバイオナメクジめいて緩慢。それはオタッシャ一歩手前で繰り広げるブザマなボン・ダンス。そうである筈だ。こうした動きをするニンジャを、ショドーカは今まで幾人と無く見てきた。

だというのに、モニタへ映るニンジャスレイヤーは、いくら待ってもそのオタッシャへ至る気配がない。「バカな・・・何故だ・・・何故まだ生きているのだ、ニンジャスレイヤー=サン!」モニタを睨むショドーカ。四角い窓に映るニンジャスレイヤーは、緩慢な足取りで袋小路を回っていく。

一歩。一歩。また一歩。その動きはジツにかかっていると言うよりも、何かを探しているような動作にも思えて。「あり、えん。ワタシ、のジツを、見破ったとでも・・・?」震える指。滴る筆先。ぽたりと落ちる一滴は、ショドーカの膝頭にイカスミめいた染みとなって広がった。

こんなブザマを、ショドーカは一度たりとも、した事がなかった。「ウヌーッ!そんなはずは無い!そんなはずは!ヤツは既に死に体のはずなのだ!」再びへし折った筆もそのままに、ショドーカは今し方書き終えた「おマミ」のショドーを持って立ち上がる。

「イヤーッ!」そしてバク転で壁際に移動し、バッファローにぴたりと背を預ける。音も無く回転するシークレットドア。かくてショドーカは、今まで以上の殺意とカラテを込めたショドーを通路の壁へ――。

「グワーッ!?」ナムサン、動きを縫い止められ、貼り付けられない!何故か!?答えはショドーカの足下にあった!おお、見よ!ボンボリの明かりを反射し、鈍い光をたたえる鉄の星を!これこそは非人道兵器マキビシ!ニンジャスレイヤーは堂々巡りをしながら、密かにこのマキビシを撒いていたのだ!

更に、ニンジャスレイヤーが仕掛けていた罠はこればかりではない!「イヤーッ!」曲がり角の向こうから、突如として響いて来るニンジャスレイヤーのカラテシャウト。だがトライリーフムシとのアイサツは聞こえなかった。これは一体?

コンマ一秒、脳裏へ閃いた疑問符は、しかしすぐさま塗り潰される。即ち、足首へ食い込んだ鉄の爪によって。「グワーッ!?」悲鳴を上げるショドーカだが、鋼鉄の爪はがっちりと掴んで放さない。それどころか、ショドーカの身体を凄まじい勢いで引きずり始めた。「グワーッ!? グワーッ!?」

「お先にどうぞ」己が貼り付け、ニンジャスレイヤーがネオン看板と錯覚していたショドー。それらに見下ろされながら、ショドーカは体勢を立て直すべく藻掻いた。だがその努力が実を結ぶ前に、ショドーカは引きずり出された。

即ちマキビシと共に設置していた鋼鉄の爪を、ドウグ社製フックロープをたぐり寄せていたニンジャの元へと。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」距離、タタミ五枚。ようやく外したフックロープを収納しながら、ニンジャスレイヤーは深々とオジギした。

「ヌウウ・・・ドーモ・・・ショドーカ、です・・・ッ! どうやってワタシのジツを破った!?」「状況判断だ」切って捨てるニンジャスレイヤーであるが、読者諸兄にはそうもいくまい。彼がサブリミナル・ジツを見破れた理由。それは――。

(グッハハハハハハ! 思った通りに釣れよった! 良き釣果ぞ!)――邪悪なるニューロンの同居者、ナラク・ニンジャによるサブリミナル・ジツの看破。そして、ニンジャ新陳代謝を促進するチャドー呼吸。この二つによって、ニンジャスレイヤーはショドーカの罠から脱する事が出来たのである。

(しかし儂が指摘するまで犬めいて袋小路を回っていた有様、実にブザマであったぞフジキドよ。やはりここは儂に身体を明け渡し――)「イヤーッ!」ナラクの声を塗り潰しながら、ニンジャスレイヤーは決断的に踏み込む。チョップ突きを繰り出さんとする。

「イヤーッ!」だがその動きよりも、ショドーカの踏み込みがコンマ一秒先んじた。ヤバレカバレめいた怒りが、彼のニンジャ反射神経をブーストしたのだ。加えてショドーカの手には「おマミ」が、必殺の武器であるショドーが今だ握られていた。

(ヤツがいかな方法でサブリミナル・ジツを破ったかは知らぬ! だがゼロ距離でこのショドーを直視したならば、『ワタシはセプクします』という極小文字を詰め込んだこのショドーを見たなら、間違いなく殺せる!)「死ね!ニンジャスレイヤー=サン!死ねェーッ!イィヤアァーッ!」

かくてショドーカは、ニンジャスレイヤーの眼前へ「おマミ」のショドーを決断的に突き出す。「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーのチョップ突きは些かも鈍る事無く、ショドーカの胸部を貫いた。「アバーッ! バ、バカな。ナンデ・・・?」

震えるショドーカの指から、するりとショドーが落ちる。その向こうから現われたニンジャスレイヤーの双眸は、ナムサン、決断的なまでに固く閉じられているではないか!これぞナラクの助言によってもたらされた、サブリミナル・ジツ破りの極意であったのだ!

「これも真のニンジャの世界だ」くわ、とニンジャスレイヤーの双眸が開く。殺意に爛々と燃える目に、ショドーカは恐怖した。「サツバツ!」ニンジャスレイヤーはショドーカの胸から腕を引き抜く。今だ脈打つ心臓を握り締めながら、「イヤーッ!」ショドーカへ強烈な回し蹴りを叩き込む。

「グワーッ!」吹き飛ばされ、壁に大の字に叩き付けられるショドーカ。そこは奇しくも、トライリーフムシが爆発四散した場所と同じであった。ニンジャスレイヤーはザンシンする。掌中の心臓を握り潰す。「サヨナラ!」同時に、ショドーカは爆発四散した。

「スゥーッ・・・ハァーッ・・・」チャドー呼吸によってニンジャ新陳代謝を高めながら、ニンジャスレイヤーは通路を進む。ショドーカが開いたままにしていたシークレットドアを潜り、目的のものを見つけ出す。即ち囚われの身であった相棒、ナンシー・リーを。

艶めかしい肢体を拘束するロープを、ニンジャスレイヤーは手早く切断。長時間拘束されていた手首の具合を、ナンシーは難儀しながら確認する。「無事か、ナンシー=サン」「ええ、何とかね。ありがとう、助かったわ」

「構わぬ。それよりも、肝心の情報は」「そっちは大丈夫。流石はソウカイヤ直結のUNIXね。ラオモトが狙っているレリックと、それがある場所。二つの情報を容易く引き出す事が出来たわ」「そうか」

短く良いながら、ニンジャスレイヤーは瞑目する。邪悪なるニンジャ組織ソウカイヤ。その首魁ラオモト・カンが欲する遺物の名を、ニンジャスレイヤーは呟く。「ナンバン。そしてカロウシ」

くわ、とニンジャスレイヤーは目を開く。何のためにそれらを欲するのか。単なる物欲か、それ以上の何かがあるのか。どうあれ――。「渡しはせぬぞ」その双眸は、決断的な意志と殺意に爛々と燃えていた。

ショドー・オブ・シャドー おわり



◆おまけ◆

◆二次◆
ykニンジャ名鑑#01
【トライリーフムシ】
薬物吹き矢によるアンブッシュを得意とするニンジャ。古代ローマカラテにも精通していたらしい。
◆創作◆

◆二次◆
ykニンジャ名鑑#02
【ショドーカ】
見た者の知覚や認識を狂わせるショドーを造り上げるサブリミナル・ジツの使い手。実際強力なジツであるが、一枚書き上げる度に一時間のカラテ・スパーリングに匹敵する消耗を使用者に強いる諸刃の剣でもある。
◆創作◆

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