逆噴射プラクティス投稿文

 たった今脳天の風通しが良くなった男を横目に、忍び足でおれは進む。なるべく床板が軋まぬよう歩きつつ、静かにリボルバーをスイングアウト。輪胴は見事にすっからかんだ。
「まるでおれの懐だな」
 呟く。笑おうとしたが、うまくいかなかった。
「しかし、まぁ」
 立ち止まり、振り返る。足下のを合わせて、既に死体が三つ。サイレンサーで銃声を消しているとは言え、ちとザル過ぎないかね。『外』のお歴々がこんなバケモノの掃き溜めまで来るワケない、とでもタカをくくってるのか。
「ま、やりやすいのはイイ事か」
 再装填したリボルバーを構え、扉に耳を押し当てる。心音は五つ。うち一つはちょいと緊張してるようで、他と比べてビートが早い。人質のお嬢さんだろう、とおれはアタリをつけた。「さ、て。やるか」料理と同じだ。手際が重要なんだ、こういうのは。
「せぇ、のッ」
 ばこん。ドアを蹴り倒す。手応え、もとい足応えから察するにカギがかかっていたな。まぁ関係ないんだが。こういう時はカラダの強靱さがありがたいね、我ながら。
「なッ、なんだ!?」「サツか!」「テメエどこの」
 誘拐犯どもが泡を食う。だが遅い。
「一つ」新聞を読んでいたゴブリンに銃弾を叩き込む。
「二つ」窓際で警戒していたハーフエルフに銃弾を叩き込む。
「三つ」ソファから身体を起こしかけたリザードマンに銃弾を叩き込む。
「四つ」部屋の中央、椅子に縛られ目隠しされた人間の子供に――いやいや待て待て違う違う。
「だっ、誰!?何が起きたんですの!?」
 赤いドレス、蜂蜜めいた金髪、本でしか見た事の無かったカタチの顔。目隠しのせいで瞳は見えないが、間違いない。写真のお嬢さんだ。銃口を慌てて上げつつ、おれは口を開く。
「探偵です。お父様のご依頼でね、お迎えに上がったんですよ、お嬢さん」
 いかにも仕事が終わって気が抜けた……と言った風体を装いつつ、おれは耳をそばだてる。
 さっき捉えた心音は五つ。だがこの部屋に居たのはお嬢さんを含めて四人。一人足りない。と、言う事は。
「死ねやァ色男!」
 罵声。
 銃声。
 しばしの静寂。
 そして、どさりと重いモノが倒れる音。
「これで、五つ」
 一拍置いて、俺は横を向く。ぎぃぎぃ軋む扉と、今まさに倒れ伏す男の死体がそこにあった。
「……ふむ、ワーウルフか。確かにその耳がありゃあ、おれの動きは丸分かりだったな」
 だが撃つ前に叫ぶのは悪手だったし、何より心音が丸聞こえだった。
「い、今一体、何が?」
「なァに、熱烈なファンが居たのでね。ちょいとサービスをば」
「そ、う、ですの。大層人気のある探偵さんですのね」
「ええまったく。後はその人気に比例した収入があれば、なお良いんですがね」
 肩をすくめる。顔面蒼白の有様であったが、それでも背筋はピンと張っている。大した精神力だ。まぁそうでもなければこんなバケモノしか居ない町まで来ないか。
 何にせよ、後はこのお嬢さんを無事送り届ければ仕事は終わりだ。
「では帰りましょう……と、その前に縄を解きませんとな」
 最初はやはり視界が良かろう。おれは人差し指を立て、尖った爪でお嬢さんの目隠しを真ん中から切り裂く。
 お嬢さんの大きな目が、おれを見た。
 お嬢さんの綺麗な緑色の瞳を、おれは見た。
 思わず、おれは笑った。今度は上手く行った。
 そして。
「ぎゃあああああああああああああああああっ!!」
 金切り声を上げて、お嬢さんは気絶した。
「……って、えっ?」
 張り詰めていた神経が切れたんだろう、けれども。その最後の一手になったのは。
「おれ、なのか?」
思わず窓を見る。窓ガラスに映った顔は、いつも通りに悪魔のそれだった。牙を剥き出しにして、悪魔は笑っていた。
「……色男、ってさっき言われたんだけどなぁ」
 おれは頭をかいた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?