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神影鎧装レツオウガ 第百八十九話

第189話「手出しはッ、させねえ!」

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 閃光。
 瞬時発動した遮光フィルターを介して、なおコクピット内を染め上げる白い光。
「ぬ、う」
 目を細めながらも辰巳たつみは、レツオウガ・エクスアームドは構えを解かない。不意打ちへ警戒するために。
 だがそれは杞憂に終わる。白光は数秒でかき消える。何事も無かったかのごとく。
 だが。
 眼前に居る敵は、偽のオウガを筆頭とした三体は、その姿を一変させていた。
 宣言通り、合体していたのだ。
 全身を鎧うのは、オーディン・シャドーを思わせる流麗な装甲。頭部、肩部、上腕、脚部と言った要所からは陽炎のような霊力が絶えず立ち上っており、これがスルトに由来する炎なのだと解る。
 だが、そんなものよりも辰巳の目を釘付ける要素が二つある。
 一つは、その装甲上に走る術式の模様。電子回路のように精緻なそれは、先程風葉かざはが解析したパターンに酷似している。即ちオリジナルRフィールドとの、この場所との連動。
 そしてもう一つ。何よりも、辰巳達の目を引いたのは。
「アレって、オウガ……!?」
「だろう、な」
 オーディン・シャドーの装甲の下、見え隠れする素体部分。
 色こそ違うが、それは明らかに先程見た、ゼロワンが乗っていたオウガに他なからなかった。
「オウガ? 心外だな。こう見えて烈空れっくうの機能は組み込んであるんだぜ。想定とは大分違ってしまったが、プロジェクト・ヴォイドの集大成と言って差し支えない能力にはなっているよ」
 全身から霊力を迸らせながら、ゼロワンの駆る機体は、神影鎧装は肩をすくめる。
「しかしまあ、そうだな。それでもあえて君達の命名規則に則るとするならば。そう……レツオウガ・ヴォイドアームドとでも名乗らせて貰おうか」
 言って、頭部の炎を揺らめかせる敵神影鎧装――改め、レツオウガ・ヴォイドアームド。相対する辰巳の判断は、早かった。
「しゅッ」
 一呼吸。踏み込みと同時に火を吹いたスラスターが、一瞬で距離を詰める。加速力を十全に乗せた斬撃が、レツオウガ・ヴォイドアームドを襲う。
 三日月を思わせるその完璧な円弧は、しかし。
「ふふ。積極的だな」
 いっそ不自然なくらいにねじ曲がり、空を切った。
「こ、れは」
 この感触に、辰巳は覚えがある。
 地球、衛星軌道上。バハムート・シャドー戦の前、まだ敵対していた頃のサラの登乗機、ライグランス。それに搭載されていた特殊装備――灼装しゃくそうと、似た手応え。いや、あれよりも強力な力場が張り巡らされている。
 そんなレツオウガ・エクスアームドをあざ笑うかのように、レツオウガ・ヴォイドアームドは右手を上げる。掌から、針のような剣が現れる。
 どこかグングニル・レプリカに似た意匠のそれを、ゼロワンが振るう――直前に、レツオウガ・エクスアームドの右肩部エーテル・ビームキャノンが火を吹いた。風葉の機転だ。
 狙いは敵本体、ではなくその刀身。流石に武器までは力場も働いていなかったようで、着弾と同時に損壊。
「やるね。だが」
 笑いながら、ゼロワンは機体操作。レツオウガ・ヴォイドアームドの左手からも同様の針剣が生成。更に折られた右剣も再構成。
 だがそれが終わる頃には、レツオウガ・エクスアームドも体勢を立て直しており。
 必然。二機のレツオウガは、まったく同じタイミングで相手に刃を叩き込んだ。
 激突。火花散らす己の剣越しに、敵機を睨むパイロット達。
 拮抗は、しかし一秒。
「お、お、おオッ!」
「は、は、ははは!」
 斬撃、斬撃、斬撃、斬撃。
 時に激突し、時に危うくすれ違う、二刀流同士の斬撃乱舞。圧倒的な闘志の圧力。風葉は固唾を飲む事しか――。
「ん、ん!」
 強いて首を振る風葉。確かに援護射撃は出来ない。反動で辰巳の制御を乱しかねないからだ。それが例えコンマのものだったとしても、こんな接戦の最中では致命の隙を生みかねない。
 だからと言って、何もしない理由にもならない。故に、風葉は立体映像モニタを複数枚起動。レーダー、メインカメラ、サブカメラ。索敵システムを総動員し、風葉は周囲の警戒に当たる。先程のスルトのように、レツオウガ・ヴォイドアームドが複数現れないとも限らないからだ。
 しかし。そんな風葉の決意と懸念は、まったく別の異常事態を発見してしまう。
「こ、れは?」
 サブカメラが捉えた、この領域の床。その中央に霊力光が灯ったかと思うと、にわかにその光が増殖を始めたのだ。
 それは単なる光ではない。電子回路のように分岐し、分岐し、分岐しながら増殖拡大していく光の線。何らかの術式陣が、今まさに姿を表そうとしているのだ。
「辰巳!」
「ああ! 分かって、いるんだけどな!」
 無論辰巳とて、こんなあからさまな異変に気づかない訳はない。だが未だに続く斬撃の応酬が、レツオウガ・エクスアームドにそれ以外の対応を許さないのだ。
「はは、ははははは!」
 そして、そんなレツオウガ・エクスアームドを嘲笑いながら。
 術式陣の光は、レツオウガ・ヴォイドアームドへと到達。その機体表面を這い登っていく。あるいは元から内蔵されていた術式が、連動して動いているのか。何にせよ、指をくわえているわけにはいかない。であれば、今出せる有効打は。
「風葉っ!」
「んッ!」
 即座に風葉は新たな術式を起動。サラやペネロペの教えに従い、意識の半分を術式に乗せる。飛ばす。
 程なく、レツオウガ・エクスアームドの右肩上に現れる二人目の風葉。髪は銀色。犬耳と尻尾もある。本物との区別をつけるため、当人が加えた装飾だ。だが、注目すべき点はそこではない。
 右手。提げていた巨大なアタッシュケースのようなものが、音を立てて変形。ヘルガとペネロペが使用していたものと同型の武器を、風葉は立膝で構えた。
 即ち特殊大型ライフル、グレイブメイカーを。
「ふ、う」
 集中する風葉。ヘルガ及びペネロペという先達が彼女に教えたのは、ただ一つ。正しい構え方だけだ。後の照準やら発射やらは、先達が組み上げた術式が自動でやってくれる。
 残念ながら突貫で作られたもの故、今まで見た超人的な狙いは期待できない。とはいえ、装填された弾丸――ADP弾の破壊力に、代わりがある筈もなく。
「ち!」
 当然その発射を止めるべく、レツオウガ・ヴォイドアームドは踏み込む。針剣を更に伸長させ、狙うは辰巳の意識外から刺突。
 だが辰巳からすれば、そんなものは風葉の名を呼んだ時点から既に織り込み済みであり。
「俺の、嫁にっ」
 刃金が響く。レツオウガ・エクスアームドの左刀が、針剣を真っ向から両断。それでいて、風葉の立つ右肩はほとんどブレない。
「手出しはッ、させねえ!」
「んむ、む」
 まだそこまでじゃないんだけどなあ、などと思いながら。熱くなる頬を強いて無視しながら。
 風葉は、引き金を引いた。
 轟音と共に射出されたADP弾は、レツオウガ・ヴォイドアームドへと直進。狙い過たず、その右カメラアイへと着弾。かつてグレンが用いた戦法の応用だ。
 かくてあの時と同じように、その頭部は損壊――しない。僅かなヒビ割れこそ生じたが、それだけだ。それもすぐさま再生してしまう。
「く」
 辰巳は歯噛みする。決定打にはならずとも、多少のダメージを期待してはいたのだ。それがこうまで効かないとは。
「ご、ごめん辰巳」
 渋面を作る風葉。はっきりした語調。分霊状態を解除したのだ。
「いいさ。分かった事もある」
 未だ振るわれ続けるレツオウガ・ヴォイドアームドの連撃を捌きながら、辰巳は思考する。
 ADP弾が通じなかったのは、再生機能もさる事ながら、単純に構造が硬かったためだ。つまり、使用されている霊力量が見かけよりも遥かに多いという事である。
 では、何のためにそこまで霊力を詰め込んでいるのか。そんな辰巳の疑問に応えるかの如く、レツオウガ・ヴォイドアームドは動きを変えた。
 一拍。あからさまに速度の落ちる太刀捌き。ガラ空きとなる胴。狙って下さいと言わんばかりの。
「ち、イッ!」
 癪ではあるが、狙わない理由もない。故に辰巳はあらん限りの膂力とスラスター推力を合算し、薙ぎ払いを叩き込む。
 レツオウガ・ヴォイドアームドは、真横に吹き飛んだ。
「ふは! ははは! あはははははははは!」
 ただし、高笑いを上げながら。上機嫌で、着地際には軽いステップすら踏んでいる。
 対する辰巳はしかめ面。斬った感触どころか、まともな手応えすら返って来なかったとあれば、さもありなん。やはり灼装の防御を突破するのは一筋縄ではいかないようだ。
「何にせよ、これ以上何かをされる前に――」
「攻め続けて動きを封じたい、といった所かね」
 辰巳の独り言を、ゼロワンの嘲笑が引き継いだ。スピーカー出力していないのに何故――という疑問は、すぐさま消える。恐らくは霊泉同調ミラーリングの影響だ。
出撃前、辰巳はヘルガが特注した防御術式を装備している。このためかつて予知されたレツオウガ・フォースアームドとやらのように操られる事はない。だが遮断されたとはいえ、相当に根深い霊力経路が繋がっていた事もまた事実。霊力のゆらぎから、相手がどんな言葉を発したかくらいは察しがつくのだろう。正解かどうかは分からないが、とにかく辰巳はそれで自分を納得させる。
 しかし、その納得を導き出す合間に。
「だがね。もう遅いのだよ」
 レツオウガ・ヴォイドアームドは、最後の準備を終えていた。

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【神影鎧装レツオウガ メカニック解説】
レツオウガ・ヴォイドアームド

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