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『服部半蔵 天地造化』第一巻 神託編の連載について

はじめまして。歴史作家の多田容子です。

私が伊賀の忍びの頭目「服部半蔵」に魅せられたのは、今からおよそ30年前、高校生の頃でした。テレビの時代劇で観て、独特の雰囲気や斬新なアクションに惹かれ、夢中になったのです。同じ頃、剣豪、柳生十兵衛のファンにもなり、これが私の一生を決定づけたといっても過言ではありません。

大学生の時、初めて書いた時代小説は、柳生モノであり忍者モノでもありました。これを講談社と朝日放送が共催する時代小説大賞に応募したのが、作家への第一歩でした。以降、毎年のようにこの大賞へ作品を応募し続けました。

1999年、柳生十兵衛を描いた剣豪小説『双眼』(講談社)で作家デビュー。その後、長編の書き下ろしを中心に時代小説を執筆してきました。架空の人物も含め、様々な主人公やテーマを創作しつつ、一冊、一冊、発表するという形でした。
この間、忍者モノも書きましたが、服部半蔵を描くことはありませんでした。武術、特に柳生新陰流の実技稽古にのめり込んでいたため、柳生十兵衛ばかりを掘り下げ、それに比べると、服部半蔵は今ひとつ「よく分からない存在」でした。

そんな私でしたが、2013年~2018年の約5年間、縁あって三重県の伊賀市に住みました(現在は東京都在住)。ここで、地元の忍者研究家や歴史愛好家から、忍びについて多くのことを教わりました。同時に、三重大学が行なっている忍者・忍術についての歴史的、文化的、科学的な最新の研究にも触れました。古くからの忍術を総合的に継承しておられる本物の忍術者にも出会い、じっくりと話をうかがうことができました。
 
伊賀に住んだのを機に、服部半蔵を書こうと考え始め、徐々に、その世界にのめり込みました。まず、服部半蔵というのは代々、襲名されていた通称であり、初代半蔵は室町時代後期の生まれということ、そして二代目半蔵は、主君の徳川家康と同い年であったということ、等々……史実を踏まえると、軽く一冊の本で描けるような人物ではないと思いました。

もちろん、ある時代を切り取り、フィクションで膨らませたりして自由に書くことは可能です。しかし、私としては初代半蔵保長も、二代目半蔵正成も、どちらも捨て難いと感じましたし、ある程度、史実に沿って書くほうが、むしろ面白く、新しい作品になると思いました。更に、戦国時代を描くなら、徳川家康もじっくり書いてみたい。そんな気持ちも芽生えました。

私は関西人であるにも関わらず、昔から徳川家康が大好きなのです。徳川は柳生一族の主君でもあります。過去の作品を振り返っても、私はほとんど徳川幕府の家臣ばかりを書いてきました。
江戸時代の旗本、柳生十兵衛の目線でいえば、神君家康公を描くなどおこがましい、という感覚でしたが、戦国時代へ踏み込み、服部半蔵を書くならば、家康の天下取りがテーマになるのは必然です。

その他、いろいろな理由があって、私は服部半蔵の超ロングストーリーを書くことになりました。初代半蔵が生まれる頃から三代目が大人になる江戸時代まで、およそ百年にわたる服部家の物語です。
初代半蔵が松平家(後の徳川家)に仕えてからは、徳川の天下取りの「裏話」が軸になっていきます。全8巻以上になる見込みで、すでにあらすじや一部草稿はできています。

しかし、この作品をどこで、どのような形で発表するかについては悩みました。筆者としては、非常に長丁場で、内容も盛沢山であるため、字数制限や締め切りがあると苦しいと思いました。休み休み、じっくり取り組みたいと思ったのです。

自由な字数とペースで、しかも全8巻以上という予定で、連載、あるいは書籍化していきたい。そんな筆者の希望と合致する出版元は、今のところ見つかっていません。
発表場所が決まらない中、何年も水面下で原稿を書き続けてきました。この間、世の中では歴史ブームが起こり、定説が覆るような新発見も相次いで、その度、原稿を大幅に修正したり、歴史について考え直したりしました。

加えて、2018年、個人的な歴史発見もありました。家系図を調べる機会があり、何と自分が徳川家康の女系の子孫だと判明したのです。しかも、家康の長男信康と織田信長の長女五徳が結婚し、生まれた孫娘、登久姫が先祖であったため、織田信長の子孫でもありました。
信長と家康の子孫だった!?──信じられないことでした。

家康については素直に喜びましたが、信長については複雑な気持ちでした。なぜなら、私は織田信長が大嫌いだったからです。忍者を愛する私にとって、信長は伊賀国を焼き滅ぼした憎い武将です。伊賀に住んでいた頃は、地元の方々と信長の悪口で盛り上がっていました。そんな憎くて残虐な人物が、自分の先祖であったとは……。

しかし、嘆いてばかりはいられません。私は信長について、認識を改めねばならないと思いました。歴史を学び直し、なぜ信長がいまだに人気の高い武将なのかを直視しなければいけないと考えました。伊賀を出て、東京へ引っ越し、原稿はまた書き直しです。

家康についても、単なる半蔵の「主君」という感覚で描くのではなく、もっとリアルな人間として、見つめ直そうと思いました。
そもそも、戦国武将を好き嫌いで書こうとしていた姿勢を改め、もっと深い眼で、広い視野で、冷静に歴史をとらえたい。そんな志をもつようになりました。

志は大きく、物語も長いのですが、まだまだ作家として未熟な面も多いため、じっくりと時間をかけて取り組むつもりです。
マイペースな私にとって、noteは理想的な発表場所だと思います。字数制限も締め切りもなく自由に書ける、夢のような舞台です。

とても長い物語になると思いますので、読者の皆様も、どうぞ気を長くもってお付き合い下さい。
まずは、第一巻『服部半蔵 天地造化』神託編を連載して参ります。
よろしくお願い申し上げます。

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多田容子

作家。京都大学経済学部卒。'99年『双眼』(講談社)でデビュー以来、時代小説を執筆。ノンフィクションに『新陰流サムライ仕事術』(マガジンハウス)、『自分を生かす古武術の心得』(集英社新書)等。柳生新陰流の実演、解説者。'18年、家系図から織田信長、徳川家康の子孫と判明。多田源氏。
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