百年メンチ
読む時間がないと言って踊ってばかりいたら、文字の読み方をすっかり忘れてしまったらしかった。
読めなくなったので眺めてみると、文字が前より色とりどりであるように見える。
きをつけをしたり寝そべったりしながら平べったいところに生息する、のどかな生き物であるようにも見える。
すっかり意味を無くした文字たちから代わりに音楽が聞こえてくるようになったので、ますます踊って暮らしたい。
腰をふりながら東西線の改札をくぐり、車内のポールを太ももで挟んでぐるぐる回りながら浦安に出ると、四方から音楽が押し寄せてきた。
嬉しくて跳ね踊りながら会社に向かっていると、ひときわ荘厳な音楽を放つ看板に目を奪われたので「なんて書いてありますか」思わず道ゆく人を引き止めて訊くと、
「ヤマネ肉店。百年メンチ」
親切に音読されて「この店卓上の蛇口から焼酎注ぎ放題ですよ」と微笑まれた。片足を後ろに引き、丁寧にお辞儀をして「今日は月曜から飲んじゃうぞ」と張り切って仕事に踊り向かう。
<408文字>
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シロクマ文芸部の企画に参加させていただきました。
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