ちょ、そこの元サブカル女子!~白川ユウコの平成サブカル青春記 第二十二回/だいたい三十回くらい書きます


1996年 平成8年 20歳 大学2年生

☆9月 松本大洋「ピンポン」桜井亜美「イノセント・ワールド」
☆10月 中野ブロードウェイ内にタコシェ移転、乙一「夏と花火と私の死体」篠原ともえ「スーパーモデル」
 
 石野卓球プロデュースで1995年7月にデビューした篠原ともえのアルバムがついに出た。近田春夫、森若香織、モダンチョキチョキズ濱田マリ、砂原良徳、ピエール瀧、そしてマドモアゼル朱鷺という作詞作曲陣。なんと豪華な。渋谷のタワレコで入手。
 友人コイちゃんは「レインボー・ララ・ルー」がお気に入り。私は、中原昌也作詞作曲「チャタレイ夫人にあこがれて」。夏休みの読書感想文のためにキュリー夫人を読もうとしたら間違ってチャタレイ夫人を読んでしまい、ショックで呆然としたまま花火をしたら浴衣に燃え移り全身火傷、集中治療室に横たわる少女のとりとめのない独白。チル・アウト系の音楽に篠原の透明感のあるゆっくりとした高音の歌唱が流れる。幻の怪曲である。
 「アムラー」に対して「シノラー」を打ち出した篠原ともえのファッションは、おだんごヘアに前髪ぱっつん、スーパーラバーズのユニセックスでカラフルな服、厚底スニーカー、じゃらじゃらとしたチープなアクセサリー。ブレスレットやネックレスは手作りなのだとか。
 シノラーのブレイク以降、渋谷スペイン坂の「大中」などでもビニールチューブ製のブレスレットや、蛍光素材の樹脂製の指輪が入荷し、私も購入した。
 しかし、そっくりそのまま「シノラー」をやるのはハイリスクだ。なにしろ篠原自身は、奇怪な言動や変わった服装をしながらも、顔はほんものの美少女なのだから。
 昔、電気グルーヴがラジオで「STOP個性的」を呼びかけたことがあった。「ショートカットでもみあげ長くして、前髪に舟形のパッチン留めつけて、財布ぐらいしか入らないポシェットみたいなのを首から提げて、喇叭ズボンはいてんの。で、顔はブス。私、変わってるっていわれるんです~~(ブス声)みたいなのが増殖してる。何あれ!?」卓球さんはイラストに描き、それをTシャツにまでして売っていた。
 右へ倣えのアムラーだろうが、個性的(という系統に帰属してしまう程度の個性)だろうが、「ブス」の一言で台無し。私が篠原のコスプレをしたところで卓球さんのお気に入りにはなれない。ならば好きな服を着るだけだ。
 この頃流行していた洋服は、「光る素材」。サテン、ラメやスパンコール、つやつやしたビニール。化繊のシースルーのデザインも登場した。ギャルの間ではパステルカラーのパイル地(タオルのような素材)の服や小物もあった。
 女子高生たちの脚部はガンダムのようなズドーンとしたスーパールーズソックス。私服校の子たちも制服風のタータンチェックのプリーツスカート。
女子大生は生脚にマイクロミニスカートやホットパンツ。なかにTバックの下着をつければ意外と見えない。細ベルト。トップスはピタピタのサイズ。丈は短くお臍が出る。
 腕時計はゴツめ。「ボーイフレンドウォッチ」などといって彼氏から借りている風を演出するようだが、メンズの時計をしているとたしかに手首が細く見える効果があった。
 サンダルもブーツもスニーカーも、基本、厚底。高さがあってもヒールが太ければ意外と疲れない。たまにコンバースなどを履くと、底の薄さによる疲れを感じるほどだ。
 明らかに贋物ですよという体の大きなロゴのシャネルのバッグなどを渋谷センター街の露天商が売っていた。多くはイラン人。アクセサリー、時計、十枚千円の偽造テレホンカード、「キノコあります」という張り紙で、幻覚作用のあるマジックマッシュルームまで売っている。藤井良樹さんはこの様子を「明るい闇市」と表現していた。
 9月いっぱいまで夏休み、10月から大学後期。
 よしながふみ先生の漫画を教えてくれたシノブさんが、分厚い小説を手にしている。学科内にそんな子がちらほら。「なにそれ?」「京極。読み終わったら貸すよ」「あ、私終わったからよんぱるに貸す」日本文化史学科のなかで回っているその本は、謎解きミステリーのストーリーや登場人物の男子キャラの関係性だけでなく、怪奇ホラー要素、そして荒俣宏先生や水木しげる先生とも親交の深い作者の趣味嗜好、世界観が、歴史学、民俗学を専攻するこの学科の女子たちの心を掴んだ。シノブさんは特に熱心なファンで、サイン会に行き、指無し黒革手袋がトレードマークの京極夏彦先生を拝んできたという。新宿の紀伊国屋書店では、直筆のイラスト入りのポップが見られた。絵もうまい。「姑攫女の夏」は新書版・厚さは3センチほどあったか。かなりのボリュームだったが私も一気に読んだ。古書店店主京極堂の「つまらない書物などないのだよ、君」という科白が心に残った。
 クイック・ジャパンで漫画「首吊り気球」が話題になった。作者は伊藤潤二という。どうやら子どものころ、雑誌「ハロウィン」で見たことのある絵柄。下高井戸の貸し本屋で探すと、朝日ソノラマから出ているコミックスが見つかった。その流れだったか、コイちゃんと二人で、犬木加奈子先生にもハマる。「怪奇診察室」「不思議のたたりちゃん」…。
 ハッピーエンドではなくバッドエンド。そうした作品たちが、私たちの心にはしっくり来たのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?