ちょ、そこの元サブカル女子!~白川ユウコの平成サブカル青春記 第二十三回/だいたい三十回くらい書きます

1996年 平成8年 20歳 大学2年生

☆11月 鶴見済『人格改造マニュアル』 村上龍『ラブ&ポップ』、ダニー・ボイル「トレインスポッティング」、アラニス・モリセット来日、日本の書籍売上1兆931億円、雑誌売上1兆5633億円


 まえがきで自身の精神病院通院歴を告白し、「覚醒剤は最高だ。」で始まる『人格改造マニュアル』。『完全自殺マニュアル』の著者はまたしてもやってくれた。
 TV.brosの連載「ライター道」がおかしな終わりかたをしたのが心配だった。自己啓発セミナーに潜入取材したらそのすばらしさにハマってしまい、「ミイラとりがミイラになったと言われるが、私はミイラになりたかったのです!」が最終回。大丈夫なのか…と思っていたが、その取材もちゃんと活かされた内容だった。
 出版に関連して、ライターズ・デンの授業ほかいろいろなトークイベントがあった。ロフトプラスワンだけでも三回はあっただろうか。『スピード』著者の石丸元章氏とその妻Oka-changとの対談や、薬物を実際に使用している様子をステージで実験する回もあった。清野栄一さんがいたか。観客席から参加を募っていて、私も挙手したかったけれど帰りのタクシー代がなく、翌日も大学の授業が一限からあるので諦めた。鶴見さんは、「色夢!来い!」といって塚本色夢さんをステージに上げてリスロンSを飲ませていた。「効いた?」といって塚本さんの頭を掴んでぐるぐるしたりしていて、それがとてもうらやましかった。
 石丸さんの回だっただろうか。いつものように客席で開催を待ちながら飲んでいると、反対隣の「なんか変な人」に話しかけられた。同世代、二十代前半か。原色のいろんな色の毛糸で編まれたニット帽の、おとなしそうな人。なにか鶴見さんに言いたいことがあるとかなんとか言っていて、「はあ?何よ」と言うと消え入りそうな声で「そんなに怖い顔しないで下さいよ…」と怯えられた。
 質疑応答のときに、その人が手を挙げた。医師の処方薬を、病気でもない人が飲むというのはいかがなものか、というようなことを、つっかえつっかえ、手に持ったメモを見ながら訴えていた。何コイツ、と思って鶴見さんを見ると、鶴見さんは、いたって自然な、普通の、まっすぐな目で彼を見て、急かすでもなく話を聴いていた。「うーん、病気の診断が出ていないと薬は飲んじゃいけないっていうこと?関係なくどんどん飲んじゃえって思うけど」みたいな回答だった。
 終演後、出口近くの楽屋的な部屋にいる鶴見さんに、そのお客さんが「さ、さっきはすみませんでした」と謝っていて、後片付けをしていたお店の人が「帽子の忘れ物がありまーす」、見たらその派手なニット帽で、私は「お兄さん!帽子帽子!」と叫んだら「すみませんすみません」とまたびびられた。そういう人のことを、何コイツという目で見ない鶴見さん。彼の言い分を真面目に聴いていた顔をよく思い出す。
 渋谷に来ている映画がすごいらしい、という話を聞いたのはどこからだったか。大学ではない。沖縄にいる姉経由だったか。ちなみにゼミの先生は反米主義者で、ハリウッド映画を観ると頭が悪くなる、ディズニー関係は感性が悪くなる、ケチャップやタバスコなどアメリカ発祥の調味料は味覚が馬鹿になる、といって禁じていた。
 渋谷ユーロスペースでやっているのはイギリス映画らしい、お客さんはみんなパンクスらしい、という噂。「トレインスポッティング」。
 スコットランドのどうしようもない若者たちの、ドラッグ、クラブ、セックス、音楽。愚か者ばかりで救いようがないのだが、そこから主人公が抜け出そうとする就職活動開始時のThink about the way、夜明けのクライマックスに流れるUNDERWORLDのBorn slippy。否応なしに鳥肌ものだ。イントロを聴くだけで、ふわっと肩から離陸するような感覚になる。
 友人コイちゃんは、グラミー賞を受賞したカナダの歌手・アラニス・モリセットにはまっていた。CDを借りて、Coccoって似てるよね、なんて話した。愛が昂じて刺してやるわ、みたいな勢い。カナダやアメリカや沖縄や東京で、同時多発的に女子のこうした病んだ感じの激情が生まれているのか。有線放送など、街中で彼女の歌声が流れていた。コイちゃんに誘われて赤坂BLITZでの来日公演に行った。コイちゃんの本命ではないほうのバイトの同僚の男性がいたか。寒い小雨の夜だった。
 姉が沖縄から静岡に帰省する際、羽田を経由、せっかくだから東京見物をしたい、と言ってやってきた。新宿御苑や、中野の名曲喫茶「クラシック」などに連れて行った。姉は立派な一眼レフカメラEOSを持っていた。大学の友人たちも呼んで、下高井戸の部屋でお鍋をした。「お姉さん、よんぱると同じ顔!!」
 ユウコはなぜテレビを持っていないのか、東京のテレビが観たい、などと姉がうるさいので、三軒茶屋のディスカウントストア「セキゼン」の電気屋さんへ行った。19インチのパナソニックのテレビデオが安くなっていたのだが、宅配サービスは無いという。「二人で持ってくか」。大きな重いダンボールを持ち上げながら、二人で世田谷線で運んだ。
 東京ローカルのコマーシャルは、飯島愛がコスプレをして踊る「まんがの森」、秋葉原の石丸電気「でっかいわ~、でっかいわ~、まるまるでっかいわ~、いしまるまるまる」…だからテレビなんかいらないんだってば。テレビという機械にはいまひとつ愛情を感じないので、かわいい冷蔵庫と同じ黄色にしようとペンキで塗った。素人仕事でめちゃくちゃな仕上がりだけれど、グランジテイストってこういうのだよね、ということにして。

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