ちょ、そこの元サブカル女子!~白川ユウコの平成サブカル青春記 第十九回/だいたい三十回くらい書きます

1996年 平成8年 20歳 大学2年生


☆7月 埴谷雄高『死霊Ⅲ』小林よしのり・宅八郎バトル


 大学二年前期を終えて、学生寮を出て、初めての東京一人暮らし。
 世田谷区赤堤。京王線・東急世田谷線の下高井戸が最寄り駅。
 この世田谷線に初めて乗ったときの感動を覚えている。入学したばかりの四月のある日だった。丸っこい緑の二つの車両。オイルの滲み込んだ木製の床のにおい。手すり、窓の金具などに真鍮が美しく光り、網棚のアームは洒落た曲線を描いて支えている。シートは起毛の緑色。運転席は丸見え、席を外していた運転士が戻ってきて、着脱式の操作レバーをポケットから出して、嵌める。出発、進行!
 線路脇はそのとき春の花盛りだった。菜の花の黄色、オオアラセイトウの紫色。民家の屋根上の猫と目が合う。線路を横切るのまでいる。若林駅付近では一時路面電車となり、交差する車道に信号待ちをして道を譲る。なんてやさしい世界だろう!真っ暗な地下を轟音をあげて駆け抜ける地下鉄よりも、この電車に毎日揺られて通学できたらなあ、という夢を持っていた。
 目黒の叔父が不動産回りについてきてくれて、とてもいい部屋が見つかった。下高井戸駅と松原駅のあいだ、木造二階建てアパートの一階、1K、一ヶ月57000円。
 フローリングの台所とユニットバス、畳敷きの八畳間。窓を開ければ濡れ縁があり、庭には大家さんが手入れをした花が咲いている。すばらしい。
正直もっとお安い物件でもよかったのだけど、家賃以上の価値はある。ここに決めた。渋谷丸いインテリア館にあった黄色い冷蔵庫がどうしても欲しくてそれを購入。
 親からの仕送りは月60000円と決まった。それを家賃に充て、残りの光熱費、食費、交通費、教材費などは奨学金54000円で賄う。アルバイトの必要があった。
 daily anで見つけた小田急百貨店の和定食屋のバイトに合格した。
まず、物がいっぱい載ったお盆を片手で持たなければならない。ときには片手ずつの両手で一度に。無理。いっぺん両方ぶちまけた。卓上の醤油を裏で補充する作業でおもいきり醤油をこぼす。注文をとる機械の操作がわからない。一機7万円だそうだ。触りたくない。すぐやめた。
 下高井戸駅前の居酒屋で、アルバイト募集の張り紙を見た。時給800円。すぐ来てくれという。お酒の作り方、サーバーからビールをジョッキに注ぐ方法、近所へのお使い、いろいろ学ぶことは多かったが、なにしろ学生寮から出たばかりの自分自身が「飲みに行く」経験をほとんど積んでないのだ。気がきかない自分がいやになってここもしばらくしてやめた。あとになって友人らは「その時間帯で時給800円は低い!」といっていた。
 大学の友人たちは、首都圏の実家住まいが多く、彼女ら四人が「よんぱる(私の渾名。韓国映画より)、引越し祝いにみんなで土鍋買ってあげる。だから、よんぱるんちで鍋させて」と言い、みんなで三軒茶屋の西友で大きな土鍋を買った。三軒茶屋には安い居酒屋がたくさんあるといっても、大学周辺で飲むことはほぼなかった。お酒を持ち寄り、みんなで下高井戸駅前の八百屋さん(道沿いに2軒、ガード下に一軒あり、競争があるので安くて新鮮)やスーパー「黒潮市場」をまわる。帰り道のお肉屋さんとお豆腐屋さんに寄り、女子みんなで調理。鶏つくねのお鍋や、お洒落なサラダ。飲み、食べ、そのまま雑魚寝。ぬかりなく朝食も用意してから。そこから学校へ行ったり帰宅したり。高円寺の友達コイちゃんも真夜中に彼氏と来訪し、「仲屋むげん堂ひとり暮らしのごはんの友」を参考に豚バラ肉と白菜の鍋をした。失恋した友達が泣きに来たりもした。
 このころコイちゃんは、ラーメン屋を辞め、レンタルビデオ屋でアルバイトを始めた。まだ一部の雑誌で王家衛が話題になりはじめているだけのとき、既に香港映画に注目。アンディ・ラウがかっこいい!としきりに言っていた。大スターはトニー・レオンとレスリー・チャン、フェイ・ウォンら。下高井戸シネマで「天使の涙」がかかったときには一緒に観に行った。
 雑誌「噂の真相」では、小林よしのりと宅八郎のバトルが毎月報じられていた。マスコミ関係者、サブカルライターらの小競り合いは各雑誌、新聞、朝から生テレビなどいろんな場であったが、この二人を主軸にした人物相関図はみごとなものであった。
 「ゴーマニズム宣言」は、私の好きな筒井康隆氏が差別用語・言葉狩りの件で登場するときや、宮台真司氏の悪口が書いてあるときぐらいしか立ち読みしなかった。アシスタントの女性が元ストリッパーだということが発覚して失踪、もうひとりの女性アシスタントが追い出した、とかも別にどうでもよく、ただこの頃の小林氏は男性として脂が乗っていて、友人らと「よしりんエロい」、特に「コスモポリタン日本版」の顔写真の色気にはザワついた。
 切通氏が鶴見済氏にわけのわからない喧嘩を売ってきて、「宝島30」で鶴見氏が反論を書いていたが、「噂の真相」では「切通が俺に何かの会の招待状を渡してきた。一対一だと目もあわせず、挨拶もできないような人物だった」と取材に鶴見氏が答えていた。その切通の仇の鶴見をなぜ小林よしのりは叩かないのか、それはブレーンの浅羽通明が鶴見を天才と高評価しているからだ、とか裏でなんかいろいろあるらしい。筒井康隆と渡辺直巳、宮台真司と西部邁?、他にもたくさんの名前があった。いろんな文化人、ライター、評論家らのいざこざは、すべてここでは小林と宅、二人の対立軸で説明がつくかのようだった。
 そんな私の部屋の雑誌を読んでいたコイちゃんが「この切通理作って人、本名だよね?うちのレンタルの会員かも。明日履歴みてみる」するとほんとうに登録がされてあり、しかし一回会員証を作っただけで、利用の形跡はなかったようだったが。
 「変なお客さんとか多いけどさあ、この前、電話かかってきて、うちの息子が何をレンタルしているのか教えてくださいとかいうおばさんでさー、はい、少々お待ちください。えー、ただいま二本借りられていまして、『女教師お尻我慢大会』と、『ぶっかけ天国ズンドコべろんちょ』ですねー、って本当に答えてやった」
 レンタルビデオ屋の店員さんは敵にまわすべからず、と学習した。

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