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カマタ君のこと


小学生のころ近所にカマタくんという知的障害のある同級生が住んでいて、そのお母さんがどんどん家に遊びに来て、というような人だったから、カマタくんの家が僕らの集会所のようになっていた。

学校でも特に養護学級ではなく基本同じ学級にいたし、夕方も「じゃぁカマちゃんの家に集合な」みたいな感じで、カマタくん自身も「ちょっと変わった、いつもにこにこしてる太っちょ」で、みんなと一緒に絵を描いたりしている。

彼は「カ」のほうにアクセントのある「カマちゃん」と呼ばれ、僕は「マ」のほうにアクセントのある「カマちゃん」と呼ばれ、名前の似ている親近感で、しょっちゅうカマタ家にお邪魔していた。

僕が障害のある人たちに幼少のころからずっと蔑視するような気持ちを持たずに来れたのは、カマタくんや、家を開放してくれていたカマタくんの両親の存在が大きいのかも。

知らないものを警戒するのは仕方がないかもしれない。僕は幼いころから知っていたというのは、ものすごく幸運なことだったのだな。

昨年、優生思想を振り回す阿呆なメンタリストとかぬかす男の事件があったので(まぁ彼は障害者のことを言ったわけではないけれど)むかついてむかついて、このトゲトゲした気分をどうしたら戻せるのかと四苦八苦して、ああ、齋藤陽道の写真集を見よう、と思い立ち(Twitterで誰かが同じ苦しみを齋藤さんの写真集を見て対処していたのだ)、ページをめくったら、本当に心が穏やかになれた。


©齋藤陽道


『感動、』
齋藤 陽道
赤々舎2019

『感動』
齋藤 陽道
赤々舎2011


それでカマタくんのことを久しぶりに思い出したのだ。
僕は小学校6年生で転校してしまったので、それ以来カマタくんがどうしているかしらないのだけれど、もしかして検索かけたら出てきたりして、とあまり期待せずにグーグル検索に彼のフルネームを入れてみた。
そしたら、南大阪の障害者のグループ絵画展に、彼の名前を見つけた!
絵を描いてるのかー! 小学生のころから描いてたもんなー。
おおお、しかし1年半前にその展示は終わってる・・・・
見たかったなぁ。

しかしその社会福祉法人の絵画展はどうやら初めてではなかったようなので、数年待てばまた見ることができるかもしれない。
これからはアトリエすずかけみたいに、そこのホームページを定期的にチェックしよう。

最悪なニュースに心がすさんだけど、カマタくんのことだけは、ちょっと嬉しい話だった。

(シミルボン 2022.1)

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