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1997

OK Computer

3月に桑沢を卒業する妹がアルバイトをしていた原宿の会社で後釜のアルバイトをすることになりました。メーカーの販売促進用ノベルティグッズを制作している会社でのMacオペレーターの仕事でした。電通や博報堂などの広告代理店に販売促進キャンペーンを提案するためのカンプ制作が主な仕事でした。Power MacintoshでAdobe PhotoshopやIllustratorのアプリケーションソフトの使い方を教えてもらいました。毎日monoマガジンに掲載されているバックパックや時計(G-SHOCK)などのアイテムをスキャンして、パスで切り抜き、色を変えたり、ロゴを合成したりして提案用の画像を制作しました。

自分で描いたイラストをスキャンして、Illustratorで色をつけてイラストを作ってみたり、DTPデータ制作も教えてもらって実際に印刷用のデータを制作したりもしました。当時はパソコンのデータ処理速度が遅くて画像をはりつけたA4サイズの資料を会社のプリンターで1ページプリントするのに20〜30分くらいかかるのが普通でした。

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社内にはインターネット環境もありましたが、当時はダイヤルアップ接続で時間がかかるので、あまり頻繁には利用していませんでした。MacのブラウザはNetscape Navigatorを使っていました。一度、プレイステーションのドライブアクションゲーム「ランナバウト」がどうしてもクリアできなくて(仕事中に)インターネット掲示板に質問してみたら速攻で答えを教えてもらったので感動しました。

「バイオハザード」「パラッパラッパー」「クラッシュ・バンディクー」「みんなのGOLF」「電車でGO!」「トゥームレイダー 」「桃太郎電鉄」などプレイステーションのゲームに熱中しました。本体は19,800円で購入しました。難しいゲームは攻略本も買っていました。みんなで友達の家に集まってを朝までゲーム大会することも多かったです。

西麻布YELLOW

クラブやライブハウスにたくさん行きました。三宿WEBや新宿JAM、新宿リキッドルーム、花園神社ミロスガレージのLONDON NITE!渋谷CAVE、club asia、クラブクアトロ、表参道真空管、青山MANIAC LOVE、下北沢SHELTER、恵比寿MILK、東高円寺U.F.O. CLUB。それから高校の同級生と西麻布YELLOWに石野卓球さんのDJを見に行って、六本木のデニーズでお茶をしてたら、高校を卒業してダンサーになり、変わり果てた姿の同級生と偶然会ってびっくりしました。

会社の人に色々なお店を教えてもらいました。表参道の「バルバッコア」ではじめてシュラスコ料理を食べました。池尻大橋のバー「GREASY SPOON」がすごく気に入ったのでよく行っていました。オセロの松島さんや中島さんが来ていました。

立花ハジメとLow Powers

立花ハジメさんのバンドLow Powersのデビューライブに行きました。ボーカルのeriさんはDEPT社長の娘でまだ14才でした。下北沢の(「古着御殿」と言われていた)大きな家に住んでいました。妊娠中のYOUさんがライブを見に来ていました。立花ハジメさんの「プラスチックス」は聴いたことなかったですが、岡崎京子さんの「東京ガールズブラボー」によく名前がでていたので、なんだか大御所感がすごかったのを覚えています。下北沢のバー「TROUBLE PEACH」に行くと、80年代頃の雰囲気をなんとなく感じました。でもみんないつもすごく酔っ払って、トラブルピーチでは本当にトラブルばっかりおきていました。

岡崎京子さんの漫画を読んでロンドンナイトや80年代のアンダーグラウンドカルチャーに憧れていたけど、1996年の交通事故で連載中の漫画は中止になってしまいました。まだこの頃は、もう岡崎京子作品が読めなくなるなんて思ってもいませんでした。

Baby Generation

ラリー・クラーク監督の「KIDS」(1995 アメリカ、1996年日本公開)で脚本ハーモニー・コリンと出演クロエ・セヴィニーのアーティステックな恋人同士が話題になりました。1996年に渋谷パルコでソフィア・コッポラの写真やキム・ゴードン(ソニック・ユース)のペインティングの展示会「Baby Generation」があって、ソフィア・コッポラがディレクションをした「MILKFED.」のショップ「HEAVEN27」が代官山にオープンし、クロエ・セヴィニーやソフィア・コッポラがガールズアイコンとして人気となっていました。

ダニー・ボイル監督「トレインスポッティング」(Trainspotting 1996 イギリス)が公開されてアンダーワールドの「Born Slippy .NUXX」がめちゃめちゃかっこいいと思いました。他にもダフト・パンクやケミカル・ブラザーズなどテクノとロックをミックスした音楽が人気となり、この頃のユニークなMVの数々を制作していたミシェル・ゴンドリーとスパイク・ジョーンズがのちに発表する映画作品たちもすごく面白くて大好きです。

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それから、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのLove RollercoasterのMVで、BEAVIS AND BUTT-HEADの映画「Do America」(1996 アメリカ)を知り、日本未公開だったけどビデオで見て、すごく面白くて「コーンホリオ」がしばらくの間マイブームでした。「ロミオ+ジュリエット」(Romeo + Juliet 1996 アメリカ)でサウンドトラックとして使用されていた、カーディガンズ(The Cardigans)の「Lovefool」が大ヒット。出演のレオナルド・ディカプリオを見て、すごくかっこよくて衝撃を受けたけど、その後公開された「タイタニック」(Titanic 1997 アメリカ)は今まで一度も観ていません。

アンディ・ウォーホル役でデヴィット・ボウイが出演していたジャン=ミシェル・バスキアの伝記映画「バスキア」(Basquiat 1996 アメリカ)も公開され、ストリートアートが注目されてきましたが、下北沢周辺の落書きスプレーも増えてきて迷惑だな、と思っていました。そして、サウンドトラックのトム・ウェイツ「Tom Traubert's Blues」が良すぎて泣けます。



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YON2

まだスマートフォンがなかった時代のカルチャー日記

昔の映画の空想する未来はポップでおしゃれだったけど、人間がスマートフォンに支配されて、みんな歩きスマホをしている現代は誰も想像してなかっただろうな。
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