星の王子さまとわたし

2024/01/16、卒論の口述試験だった。私の卒論は、今日で提出が完了したということだ。口述試験は、2人の教授と30分。

この口述試験がずっと不安だった。12月に提出した後、誰にも何も言われたことのなかった私の卒論。本当は全然ダメだったらどうしよう。なんか、全部が間違っていたらどうしよう。杞憂して杞憂して、ずっと不安定だった。
私が怖かったのは、卒論が受理されないことなんかじゃない。私の世界が壊れることだった。私の神さまがいなくなることだった。
卒論は私の選択の結晶だった。でもそれは、脆くてすぐにでも壊れそうなもの。丁寧に時間をかけて育てた結晶たち。それが吹き飛ばされないか不安だった。側から見たらどうってことなくて、不細工で、ちゃっちくて、醜いこの結晶を、私は何よりも愛していた。私は守り切れるのか、愛し続けられるのか、不安だった。盲目的に愛すんじゃなくて、ちゃんと愛したかった。

主査は私の指導教授、副査は仏文学の教授。
副査の教授は初めて会う教授だったからか、客観的な意見をたくさんくれた。その道の人だから、正しい解釈を押し付けられるのだと覚悟していたけど、指摘のあと必ず「こういうところが難しくて、面白いんだよねこの作品は」って、一緒にワクワクしてくれた。よかった、私の描いたヒツジを愛でてくれる人だった。仏語専攻ではないことを伝えると、超びっくりしていた。どうやら私はまたお得意の体当たりパワープレイをしたらしい。原文を経由してたどり着くはずのところに、私は力ずくで這い上がった。
おすすめの研究者や、教授なりの解釈、訳し方、色々話してくれて、真冬の夕方なのに、なんかすごく暑かった。魂が燃えてるって、多分こんな感じだと思った。その教授は私にとってのキツネだった。価値観を否定せずに新しい扉を開いてくれた。そんな私のキツネから、こんな言葉をもらった。

「かんじんなことは目に見えない」って言うけど、「目に見えないものはかんじんなことである」は真実ではないよね。そこに惑わされないようにね。

すごく大事なことだと思った。


指導教授は、私がこの卒論に費やした時間を評価してくれた。「考えたら考えた分だけ進むんじゃなくて、考え続けてある日突然気づくようなことが多かったでしょう」って言われた。最後の方はほとんど見せていなかったのに、提出2日前までそんなことをやっていたのを、見透かされていた。
先生(と普段は呼んでいたからやっぱりこの呼び方がいい)は、よくわからない人だ。普段はすごく上品で穏やかなのに、スイッチが入るとゼミ中に政治家の悪口が止まらなくなったりする。寝ている生徒には見向きもしないけど、ダメだと思うものにはダメと強く拒否する。目が会うと全てを見透かされているようで、背筋が伸びた。年齢とか趣味とか、プライベートなことは何も知らない。先生も、私のことを何も知らない。週に1度会うか会わないかで、会ったとしても、当たり障りのない会話か卒論の話だけだった。でも、先生は間違いなく私の理解者だった。この卒論は私の真髄の気持ちで、先生が1番よく読んでくれたから。すごく魅力的で不思議な人だった。先生は私が何も言わなくても、私の葛藤と意地を卒論の中に見出してくれていた。それがすごく嬉しかった。

部屋を出る前、先生は本をくれた。私が選んだ『星の王子さま』の訳者:内藤濯の本。買ってくれたのか、先生が持っていたのか、なんでくれたのか、わからなかったけど、一言「よく頑張っていたからね」と言われた。それだけで十分だった。私も「ありがとうございます」しかちゃんと言わなかった気がする。でも、"言葉はかんちがいのもと"だから、これでよかったのだと思う。言葉でつながるより、よっぽど気持ちを大切に思えた。

部屋を出て、涙が出た。この涙はなんだろうと思いながら階段を降りた。外に出たら風が強くて、涙のところが寒かった。
卒論は私にとって己との戦いだった。五千の世界を見て周り、私のたった一つの世界の価値を問いただす、とても苦しい作業だった。でも、私は勝った。私らしさを貫いた。清々しさと達成感への涙だったと思う。こういう気持ちを経て、初めて頑張ったと思える。
そして私には、先生がくれたこの本がある。本という木箱の中に、先生はどんなヒツジを描いてくれたんだろう。今すぐ知りたい。すぐ帰る予定だったのに、私は図書館に向かっていた。いつも缶詰で卒論とにらめっこしていた、3階の1番窓側の個人作業ブース、B-4。
卒論を書き終えてからは怒涛の1ヶ月で、ゆっくり振り返ったり浸るような時間と余裕がなかった気がする。本を読みながらいろんなことを振り返った。今までは卒論のために必死に頭を回転させながら読んでいたけど、時間を気にせずにサン・テグジュペリの世界に浸った。やっぱり私は、彼はかっこよくてかわいい人だと思う。真似しちゃいけないところは沢山だけど、結局あんな風になりたいと思わずにはいられない。




今日の空と先生がくれた本。
今日はとてもいい日でした。よく眠れそうです。

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