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食べない子に寄り添う、小さなライオン

4歳長女は、いわゆる「食べない子」。

赤ちゃんの頃から、母乳のまない、離乳食たべない、子ども用に作ったご飯は食卓にいつまでも残っている…。

一日三食バランスを考えた食事の準備はそれほど苦ではなかったが、それをそのまま流しに片付ける作業は、さすがにじわじわと込み上げてくるものがあり、私は、次第に台所に立つと眩暈がするようになった。

ただ、幸いにもこの状況はさほど長く続かず。

0歳から預けた保育園では、先生方が根気強くご飯に付き合ってくれ、私が育休復帰した後は、夕食の準備の大半を夫が担ってくれた。

(あのタイミングで、子どもの栄養面をささえる責任を一人で背負わずにすんだことは、今でもラッキーだったと思っている)

さて、そんな「食べない子」も、もう4歳。
成長曲線ギリギリだった身長体重は順調に増え、なにより日々健康に過ごしている。

相変わらず、家では積極的に食べようとしないのだか、保育園では残さず食べているよう。

苦手な食べ物もあるだろうに、先生やお友達の手前、頑張って口に運んでいるんだろうな。家では多少残してもいいじゃないか。気楽に見守ろう。

が、ここ1年ほどの私のスタンス。

しかし、夫はどうやら違ったようだった。

* * *

さきに、少し夫の話をしようと思う。

付き合いはじめた頃。寮生活だった彼は、私の部屋によく遊びにきていた。

ある日のこと。
一緒にテレビを見ていると、おもむろに席を立つ夫。それからしばらくの間もどってこない。
気になり、そっとドアの向こうを覗くと、台所で何やら作っている。

・・なんと、余っていたスモークサーモン、生ハムや卵をつかって手毬寿司を握っていたのだ。

「テレビみていたら、ちょっと作ってみたくなってね」と夫。お皿に上には器用に丸められたご飯が並んでいた。

このときの手料理から10年以上、夫は私にさまざまなご飯を作ってくれた。

子どもが産まれてからは、娘や息子の食べる姿に一喜一憂しながら、今日は餃子、明日は天ぷらと家族が好きなメニューを作り続けている。

だからだろうか。

娘が4歳の誕生日を迎えた今年の秋。滅多に怒ることのない、温厚な夫がキレたのだ。

* * *

今年の5月に私の育休復帰にともない、平日の夕飯準備は夫が担当することとなった。

「平日はバタバタだし、ご飯の準備はカンタンで良いからね。子どもたちは保育園で補食を食べてくるし」と伝えたところ、「大丈夫。今日はダメだ~と思ったら、潔く冷凍餃子出すから」と夫。

しかし、実際に冷凍餃子が登場することはごく稀で、たいていは焼き魚や春雨サラダなど手際よく作ったおかずが2~3品と、具沢山の味噌汁が、食卓に並べられた。

妊娠中でとにかくお腹がすいていた私と、夫に似て食べることが大好きな下の子は、そんな手料理を「おいしいおいしい」と、我先に箸をのばすのだが。

「食べない子」の長女。魚を一口つまむと直ぐに「ごちそうさま~」と席をたってしまった。

いや、口をつければ良いほうで、家族みんなが食卓についている傍ら、ひとり歌い踊っていることがだんぜん多い…

「席に座ろうか」「一口だけでも食べてごらん」「このお魚おいしいよ」「これ食べたらデザートあるよ」

優しく娘に話しかける夫の声に、少しだけ苛立ちが混ざり始めたのはいつ頃だっただろうか。

4歳になり、また少し成長したようにみえた長女が、相変わらず夕飯の席につかないことにガッカリしたのか。はたまた、せっかく作った料理がいつまでも食べられないまま冷えてしまうことにうんざりしたのか。

ついには、夫が強い口調で言った。

「もう、ごはんを食べなくてもいい!!」

* * *

時期を同じくして、家の食器がつぎつぎに欠けたり割れたりすることがつづいた。
いよいよ、毎日つかうご飯茶碗も数が欠けてしまい、私たちは、急いで近所の食器屋さんに向かうことに。

そこは、波佐見焼や有田焼などを扱う、食器のセレクトショップ。夫婦それぞれ気に入ったお茶碗をえらび、レジに向かおうとしたとき。

「わたしもお茶碗がほしい」

娘の声だった。

子ども用の小さなお椀を指して「これが欲しい」と、娘はもう一度ハッキリと言った。

落としても割れない素材の食器を使っていたが、これからは大人と同じ陶器のお茶碗が良いらしい。

「わかった。買ってあげる。これに盛ったご飯は食べられるかな?」と聞くと、娘は嬉しそうに「うん」と返事をかえしてくれた。

その新しいお茶碗によそったご飯を娘が全部食べると、お茶碗の底に描かれた「小さなライオン」が顔を覗かせる。

「ほら!ライオンさんが見えたよ!」と嬉しそうに完食したことを教える娘をみて、「頑張ったね、よかったね」と自然と笑顔になる夫。

「もうご飯食べなくてもいい!」と、ふだん優しいパパに怒られたことが、こたえたのか、それともあまり気にしていないのか…
娘の心境は分からないけれど。

「おいしいおいしい」とおかわりしてくれる日も、次第に増えてきた近ごろの4歳児。
そして、そんな娘に寄り添うよう、お茶碗の底でいつもニッコリと笑うライオンの顔。

私も、たぶん夫も、ずっと覚えているだろうな。

たとえ、この子が大きくなって、初めて選んだお茶碗のことを忘れてしまっても。

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