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サッカー的将棋解説の愉しみ

  〜2018/09/15 将棋サッカーコラボイベント(山形vs甲府)

これからお伝えするのは、一年前に行われたイベントの公開対局の様子である。将棋のまち・山形県天童市に本拠地を置くモンテディオ山形のホームゲームで行われている将棋とサッカーのコラボイベント。2013年に第1回が行われ、2019年5月の開催で12回目。来たる9月29日(日)には13回目が開催される。イベントの創設者とも言うべきサッカー通の棋士・野月浩貴八段にはほぼ全ての回においでいただいているが、これまでで唯一の欠場となったのが昨年9月12日、甲府戦でのイベントだった。

野月八段の留守を守るべく、弟弟子である広瀬章人八段を筆頭に村山慈明七段、佐々木勇気六段、佐藤慎一五段という人気棋士が集結(ちなみに広瀬八段は竜王戦七番勝負を1カ月後に控えたタイミングだった)。4人の先生方によって行われた公開対局と大盤解説は、いつも以上にサッカー色に彩られた。野月八段が不在であるがゆえに、それを観る人に感じさせてはならぬという使命感に突き動かされて、いつも以上にサッカーを意識してくれたのだと思う。あまりに楽しかったので、その様子を棋譜と録音を元に再現してみた。棋力ゼロの人間による再現なのでもしかすると間違いもあるかもしれないが、大目に見ていただいて楽しんでいただけたら幸いである。(段位は全て当時)

この日の公開対局は、対局者をキックボウリングにより決定する仕様。6つの駒型ピンを数多く倒した上位2人が対局、下位2人が解説にまわる。

ちなみにキックボウリングとは。こんな感じ。

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●キックボウリング1回目 広瀬0 村山5 佐々木6 佐藤5

広瀬の解説と、佐々木の対局が決定。同数の村山、佐藤がプレーオフ。

●キックボウリングプレーオフ 村山6 佐藤0

これにより、佐々木と村山の対局、広瀬と佐藤の大盤解説が決定した。

対局は初手から30秒以内。佐々木の先手で対局が始まった。わかる方のために、先に棋譜を挙げておく。

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(ノ=歩 禾=香 土=桂 ヲ=銀 へ=金 ク=角 ヒ=飛 O=玉)

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広瀬 いつも解説している野月さんが、今日は仕事の都合で来られません。

佐藤 なので今日は広瀬さんが、野月さんの代役として司令塔を任されています。

広瀬 司令塔としては体力が足りないんですが。なるべくサッカーに例えて解説したいと思います。先ほど村山七段が対局への意気込みとして「サッカーのフォーメーションを意識して指したい」とおっしゃっていましたが、出だしはどうでしょう。

▲8五歩(14手)

△85歩(14手)

広瀬 これはお互いに飛車先を伸ばす居飛車という戦法になりましたね。

佐藤 居飛車というのは攻撃的な戦法なので……。

広瀬 サッカーに例えると?

佐藤 とりあえずFW(フォワード)の位置を決めて、みたいな感じですか。飛車はFW、攻めの駒ですから。ポジションはここでと。

広瀬 飛車って、2八・8二が一局を通してずっと良いポジションということが結構多いんですよね。

佐藤 ただ、真ん中に持ってくる中飛車もありますし、それによって展開が変わりますよね。

広瀬 変わります。

佐藤 非常にプロっぽい将棋になりましたね。

▲6九玉(19手)

19手▲69玉

佐藤 飛車や角で一つの地点を狙うのは数の攻めですが、サッカーでも数的優位という言葉がありますね。一人がボールを持った所に二人で攻めて行けば非常に優位な状況を作れる。そういう状況を作ると相手の陣地を崩すのが簡単になりますが、いかにそういう場所を作れるか。

広瀬 その代表が、こういう……(大盤で駒を動かして)。

佐藤 そうです、棒銀戦法ですね。

広瀬 棒銀はまさに数の攻めの代表で、数的優位を作るための作戦です。

佐藤 特に角の頭の弱点がありますから、弱点を狙うという意味もありますね。

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▲5九銀(25手

25手▲59銀

佐藤 おお、これは何かサッカーを意識していますか。この銀は、出ることもできたし引くこともできたんですが……。

広瀬 この銀はどちらかというと、攻撃的MFという感じですかね。

佐藤 ですけど、これ最終ラインに下げちゃったので、けっこう珍しいですね。

△6三銀(26手)

▲5八銀(27手)

広瀬 銀がまた戻って来ました。

佐藤 はい。あ、これで中盤を立て直してこようということですね。(笑)

広瀬 中盤で何か嫌なことがあったんでしょうか。後手の村山七段の陣形はどうですか?

佐藤 非常に金銀の連結が良くて、数的不利を作られづらいですよね。どこも守っているので、偏りがないです。非常にバランスがいい形ですね。

広瀬 最近、プロ間でも良く指される雁木(がんぎ)という戦法なのですが、バランスがよくてなかなか隙が生じない。サッカーで言うと?

佐藤 中盤が手厚い4−3−3ですかね? いや、4−3−3はFWが多いか。4−5−1ですか。

△1四歩(38手)

38手△14歩

広瀬 もっと派手な展開になると思いきや、意外とじっくりした展開です。

佐藤 先手がそういう形に誘導しているんでしょうか。

広瀬 そうですね。手数をかけて自陣を整備しました。お互いにまだ攻め手を見出せずにボールを回している感じです。

佐藤 着々と攻めの陣形はできているので、どこでそこにパスを出して行くか。

△6五同桂(48手)

48手△65同桂

広瀬 はい、王手がかかりました。先にシュートを打ったのは村山さんですね。

佐藤 シュートね。王手じゃなくてこれはシュートと呼ぶ(笑)。

広瀬 まあこのシュートは残念ながら……。

佐藤 絶対に弾かれるけど(笑)。

△6四銀(56手)

56手△64銀

佐藤 後ろから支える感じがいいですね。フォローに行った。桂馬一人だと取られそうだから、後ろから取られないようにする。

広瀬 ちゃんとパスの出所をケアしている。

佐藤 桂馬は攻めの駒ですから。銀は両方に行けるので、攻めの駒の後ろにボランチをつけておくというか。

▲2九飛(67手)

67手▲29飛

佐藤 ここで「次の一手」を出題しましょう。

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※後手の村山七段が封じ、解説者の挙げた3手の候補から観客が「次の一手」を選ぶ。正解者の中から4人に棋士の揮毫色紙がプレゼントされた。封じ手は9五歩。

佐藤 では再開します。9五歩からですね。

広瀬 ちなみに村山さんの封じ手用紙には、9五歩の後に「コーナーキック」と書かれています。

村山 端から攻めたので!

広瀬 チャンスと見たわけですね。

△9八歩(70手)

70手△98歩

佐藤 歩を使って、香車に狙いを定めている。

広瀬 プロは歩をたくさん手に入れると、FWを使ってくるんですよ。それがこの端攻めになりそうですね。

佐藤 守りの駒を釣り上げるというのはサッカーでもありますよね。DFを釣り出して裏を取るような。これは歩を使って、歩を捨てる代わりに香車を釣り上げている。

▲1一角(83手)

83手▲11角

佐藤 お! すごい強烈なシュートが。

広瀬 40メートル弾がいきなり飛んで来た。これは手筋なんですけどね。

佐藤 敵陣突破の手筋。

▲3二と(91手)

91手▲32と

△3二同銀(92手)

佐藤 自陣を修復。ただし先手も守りの要のCB(センターバック)が……。

広瀬 いなくなっちゃいました。帰って来ないですけどどうしましょう(笑)。

佐藤 CBって得点力がありますからね。コーナーキックの時とか。空中戦強いですから。

▲9七金(93手)

広瀬・佐藤 おおお!

佐藤 CBを自陣に投入。

広瀬 これがサッカーとの違いですね。簡単には負けたくないという手が9七金です。CBで相手のFWを取ろうということですね。

▲2四桂(97手)

97手▲24桂

△9九角(98手)

広瀬 けっこう派手な応酬になっています。2四桂って言いましたね。すごい手が出ました。で、また40メートル弾(笑)。

佐藤 角はいくらでもあげていいから、一気に攻めてしまおうと。

広瀬 そういうことですね。

7九玉(99手)

佐藤 この40メートル弾は取れなかったということですね。弾くというか。

広瀬 コーナーキックに逃げました。

佐藤 大詰めを迎えそうですね。ここは迷いそう。攻めに行けば自陣が崩壊してしまう。

広瀬 駒がたくさん当たっていて、とても30秒では最善手を指し続けるのは難しい内容になっています。

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2三香(102手)

102手△23香

広瀬 単純に銀を逃げるのではなくて。

佐藤 守りながら攻めているという感じですね。

▲3二桂成(103手)

広瀬 そろそろ後半の40分くらいですか。どっちが勝ってます?

佐藤 けっこう点を取り合いましたよね。この一手で40m弾がガクンと来た、これが入っていなければ全然でしたよね。でもまだ、わからない。

広瀬 サッカーでは3点差や4点差は一気にひっくり返らないですが、将棋の場合は一手でひっくり返ることがありますからね。積み上げてきたものがたった1手でパァになってしまうことはよくあること。

△4五歩(106手)

106手△45歩

広瀬・佐藤 おほほほ(笑)。

佐藤 これはなかなか見ないですね。サイドチェンジどころじゃないです。なんと言うのか……。

広瀬 うまく例えが出ません。

佐藤 頑張りましょうよ!(笑)

広瀬 曲芸みたいな感じ。サッカー関係ないけど。

佐藤 ロナウジーニョのトラップみたい(笑)。

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△1三同桂(108手)

佐藤 後手がなんとか耐えている状態です。しのぎ切れるかどうか。

広瀬 最小限のディフェンダーで耐えている感じですかね。

佐藤 耐え切れば……。

広瀬 先手が一手甘い手を指せば攻めの順が回ってくるので、反撃が決まりそうな局面。ただ佐々木さんは……。

▲3三角(119手)

119手33角(投了図)

広瀬 先手はこの形を作りたかったんですね。

※ここで村山七段が投了。119手にて先手・佐々木六段の勝ちとなった。

広瀬 面白い将棋でしたね。

佐藤 お互いに40m弾が出た。珍しいですよね。

広瀬 9九角や1一角という筋は確かにたまに見るんですが、一局のうちにお互いが出し合うのは初めて見ましたし、今後見ることもないんじゃないかと思います。

佐藤 確かに。

この後、対局者が大盤の前へ。

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村山 今日はサッカーコラボイベントということで、かなり派手な応酬を意識しました。途中の角打ちは、自分の中ではオーバーヘッドキックだったんですけどね。玉の裏からかっこよく。

佐々木 真似しただけじゃないんですか?

村山 まあ真似です。佐々木さんの1一角を見て思いついた(笑)。パクリです。

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佐々木 この端角はびっくりしました。ここに守りを投入するのではちょっと苦しいかなと思ったんですけど、あまりに攻めが強烈すぎて。

広瀬 一人ディフェンダーを足さないともたない。

佐々木 ええ、足しましたね。

村山 でも金打ち(93手)はびっくりしましたね。公式戦さながらの金打ちで、これはもうガチだなと思いました。

この後、本局のハイライトシーンとして封じ手以降の感想戦が行われた。村山が「問題だったかな」と振り返ったのは△2三香(102手)か。「かっこいい手に見えたんですけどね」。対する佐々木の次の手は▲3二桂成。

佐々木 勝負に行きました。一か八か、この成桂に全てを賭けました。

村山 成桂だけなんですけど、けっこう受けにくかったですね。飛車が取れればと思ったんですけど。

佐々木 今パッと見、1対2ぐらいですか。キーパー1人に対して。

村山 そうですね。冷静に行けばゴール決められそうな。

佐々木 ただ自陣も見ないと行けないんですよね。

村山 こっちにもゴールがありますからね。そこがサッカーと違うところ。でも、うちのキーパーはもう独りぼっちなので、受けがなかったですね。

対局者の挨拶で締めくくられた。

佐々木 公開対局なので、緊張というか、いい将棋を指さなくちゃなと思ったんですが、解説者の方や皆さんが楽しい雰囲気を作ってくれたので、対局者も楽しく指せました。ありがとうございました。

村山 佐々木さんと将棋を指したのは結構久しぶりなんですが、今日はイベントということを意識して佐々木さんも私も派手な手が多くて、指していて非常に面白かったです。見ていただいたみなさんにも満足していただけたなら嬉しいです。ありがとうございました。

いかがだっただろうか。将棋ファンが読む対局レポートとして成立するかどうかは横に置いてもらうとして、サッカー的将棋解説の楽しさは感じてもらえたのではないか。サッカーは好きだが将棋はからきしという人にさえ「将棋って面白い」と思わせてしまう、サービス精神てんこ盛りの解説を繰り広げた広瀬先生、佐藤先生と、たくさんのサッカー用語を引き出しながら、且つ真剣勝負の対局を披露してくれた村山先生、佐々木先生に心から感謝を申し上げたい。ありがとうございました。本当に楽しかったです。

9月29日(日)には、今季2度目の将棋×サッカーコラボイベントが開催される。野月先生に加え、郷田真隆九段、西川和宏六段、黒沢怜生五段と、今回もまた豪華メンバーが来場する。J2リーグもラスト10試合に入った。J1昇格争いの最前線にいるモンテディオ山形の試合と併せ、サッカースタジアムでの将棋イベントを楽しみに多くの方々にご来場いただければ嬉しい。

※※ 公開後、読んでいただいた方に「49手目は6六銀直ではなく6六銀左と思われます」というご指摘をいただき、以降の盤面を修正して入れ替えました。ありがたいご指摘でした。2019/09/22 18:35以前にご覧いただいた方、そして先生方、申し訳ありませんでした。




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