留学中に考えた、反日と歴史のあれそれ

 留学中、韓国・中国の子と何度か歴史観について揉めたことがある。

 日本は結局「過去は過去」という認識で、アメリカに原爆を落とされた事実まであっても、U.S.Aなんて曲がバカ売れしてしまうくらいには被害者感情もない。それは逆も同じで、韓国や中国に先祖が何かをしていたとしても、その時点で精算は済んでおり、私達には関係ないというスタンスが若者の中には通底しているように思う。いま反日感情を持っている韓国人の中に直接被害を受けた人はもうほとんどいないのに、なぜ韓国はここまで日本を憎むのか、正直わからない。

 日本が韓国に対して貿易措置をとったのは、ちょうど留学も終わる頃だった。とても仲の良かった子すら、それについて怒っていた。わたしにはわからなかった。すでに済んだはずのことを蒸し返して、まったくおかしい主張とともにひたすら強い姿勢をとってきたのは韓国の側なのに、日本は大人しいから何も言わずに受け入れるとでも思っていたのだろうか。

 なんでそんな過去のことにいつまでも怒れるのか、と恐る恐る聞いてみた。彼らは「過去のことだという認識がそもそも間違っている」と言った。「日本はとてもひどいことをした。その事実はどれだけ償ったとしても変わることはなく、どれだけ韓国経済の発展に寄与したからと言ってそれは当然のことで、感謝するようなことではない」と。そして彼らはどれだけ日本がひどいことをしたのか、一つ一つ教えてくれた。そのどれもが、わたしの知っている歴史とは違う、とても残虐なストーリーだった。

 わたしは聞いた。「本当にその事実があったのだとしたら、その感情も無理はないと思う。でも、戦争中なにがあったのか、本当に知っている人はもうほとんどいない。わたしはこんな歴史聞いたことないけど、日本で伝えられている歴史と韓国で伝えられている歴史の、どちらが正しくてどちらが歪められた歴史なのか、わかるような知見はわたしにはないし、どうやって確かめたらいいのかもわからない。なぜあなたたちはその”わからない事実”をそこまで信じることができるのか」と。

 すると隣から中国の子が出てきて、「でも韓国で伝えられている歴史はほとんど中国で伝えられている歴史と同じで、違うのは日本だけなのだから、日本の歴史が歪められているに決まっている」と。

 それを言われちゃオシマイだと思った。数の暴力だ。中国と韓国が一様に日本を嫌うのは、そういうことかと納得した。だが、それについて、それは間違っているとは言えなかった。日本の歴史がもし歪められていたとしても、わたしは気づくことができないし、”韓国の教科書にこう書いてあるんだからあなたの歴史は間違っている”なんていう主張を受け入れることはできない。それと同じように、彼らに日本の教科書を突きつけても納得してもらえないであろうことは明白だった。”正しい”と信じ切っている人に対して、それが”間違っている”ことを示すには、日本のデータ・言い伝え・写真、そのどれもが無力で、彼らの内部からそのような運動が起きることを待つしかないのだと悟った。

 そして中国の子はこう続けた。「これまで君以外の日本人にもこうやって伝えてきた。彼らもはじめは”終わったことだ”と言っていたが、最終的には納得していたよ。君もわかってくれたみたいで本当に嬉しい」と。胸の内で先駆者たちに合掌した。わかる、わかるぞ、これはもうどうしようもないよな、と。

 そして先日、反日種族主義という本が韓国で発売されたと聞いた。韓国の歴史学者たちが、本当の歴史を語ろうと書いた本らしい。わたしは韓国語を読めないから、翻訳されるのを待つしかないわけだけど、日本のメディアを通して聞く限りはどうやら日本で聞いていた歴史に近い内容のようだ。よかった。洗脳されているとしか思えない隣国の国民を哀れんでいた心のどこかで、どちらが正しいかわからない以上、わたしが洗脳されている可能性も十分にあると怯えていた。わたしの知っている歴史もひょっとすると、改竄され歪曲され隠蔽されたごく一部の情報なのではないかと疑心暗鬼に陥っていたわたしは、至極ホッとした。

 この本を媒介として、お隣の国民の数割でも、なにかがおかしいと思い始めてくれたらとても嬉しい。なぜ直接被害を受けたわけでもない自分たちがこんなに反日感情を抱いているのか、そのルーツの教育に、政治に、少しでも疑問を持ってくれたら、私達はもっと心健やかに生きていける気がする。

 余談として、例の中国の子がインスタグラムで、「香港で何が起きているのかよく聞かれるので、説明しようと思う」という書き出しで、デモ隊の暴力行為について残虐な写真を淡々と載せていた。「暴力は何も生まない、彼らが暴力によって自由を勝ち取れると思っているのならそれは大きな勘違いだ」と締めていた。これもまた、わたしが日本で聞く香港のニュースとは大きく異る。彼らは自分たちの情報が、感情が、いかに操作されているか知ることもなく、これからも生きていくのだろうなと思った。わたしは彼の投稿にいいねすることはなく、そっと画面を閉じた。

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