【馬鹿】(ばか)
── 知能の働きが鈍いこと。転じて、役に立たないこと ──
中国史上、初めての統一国家だった秦(しん)で宰相をやっていた趙高(ちょうこう)は、前皇帝が死去した後、後を継いだ息子がまだ幼く、その上軍事面担当の将軍が暗愚だったのをよいことに、権力を一身に集めて、まるで自分が皇帝であるかのように好き勝手にふるまっていた。
我が世の春、だったわけである。
しかし頭はよかったので、もし臣下の中に身を呈して皇帝につくそうとする者や国政をただそうとする者が出てきたら、自分の破滅につながることをよく知っていた。
彼の理想は、だから、臣下も暗愚な者ばかりであるか、あるいは自分の権力を畏れて正しいことをやれないでいることだった。
そこで趙高は、皇帝の部下を集めて鹿を見せ、「これは馬である」と言い切った。鹿は誰が見ても鹿なのであって、馬と見間違える者などいるはずもなかったのだが、趙高がジロリと睨んでいる。その目は冷たいものを含み、にらまれた者をして命の恐怖さえ感じさせた。また趙高だったら政敵の暗殺くらいあっさりやってのけることだろう。
こんな状況で鹿を「鹿だ」なんてとても言えたものではない。仕方ないから、大勢集まった皇帝の部下たちは全員、「はい、馬でございます」と返答した。
これが「鹿をさして馬となす」、すなわち「馬鹿」の語源である。
‥‥と、昔から言われているけど、実はこれ真っ赤なウソ。これが語源だと言われてるのは日本だけだ。
だいいち、漢文読みをするなら「鹿」は「ロク」であって、「カ」と読むのは日本語である。
といって、趙高が「鹿を馬と言え」とやったのが嘘だったかというと、これがどうも本当だったらしいから話がややこしい。この史実は「馬鹿の故事(ばろくの こじ)」という別の故事成語となって残っているのだ。あまり知ってる人はいないけど。
どうやらこの故事が日本に伝えられたときに、それが「バカ」の語源であると間違って認識されたものらしい。
本当の「バカ」の本当の語源は、古代インドで使われていたサンスクリット語の「ボォカ」(痴の意味)が中国語に音訳されて「慕何」(ボカ)になり、それが日本に輸入されたときに「馬鹿」の字が当てられたものだ。
巷間よく耳にする説であっても、それがいつも正解だとは限らないのである。
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