[白乃クロミ SS] 美少女暗殺者が日本でバーチャルタレントになるまで [妄想捏造・残虐表現注意]

白乃クロミは間違いなく天才だった。私が暗殺者の養成の仕事に就いてから、特に身体と感情のコントロールにおいて、彼女を超える逸材は見たことがなかった。私の属する組織の息がかかった孤児院で、彼女を見つけたときはすぐさま彼女を暗殺者候補として指名したことははっきりと覚えている。

私の組織は、暗殺を中心とした裏の仕事を請け負う裏の世界では名の通った組織だ。裏家業の人間は調達が難しく、孤児などの「足がつかない」人間は重宝される。例にもれず私の組織も孤児を育成し組織の要員にするため、表の顔として孤児院をいくつか経営している。それに孤児は「捨て駒」としても都合がいい。組織によってはまともな教育も施さず戦地に送り込んだり、人の壁として使い捨て同然の扱いをしたりするところもあるようだが、その点私の組織はだいぶ良心的と言えた。コストをかけて一流の暗殺者や工作員として育て上げ、しっかりと働けば組織の一員として貧しい孤児のままでは到底得られない稼ぎを得ることができる。それでも、裏の仕事の前線に出るのだから、いつ死んでもおかしくはないし、その意味で捨て駒なのは変わらない。

私も元々はそのようにして孤児院から組織に拾われ、暗殺者として幾人もの人間を殺してきた。そしてついに任務で失敗し死にかけたが、何とか命をつなぎとめた。使い物にならなくなった右足のせいで暗殺者としての仕事は不可能になったが、組織は私を切り捨てることはせず、代わりに暗殺の技術と経験を買われて暗殺者の養成の職についた。前線を退いてしばらく経つが、この生活に不満はない。そして長い育成者としての生活の中で、何人もの子供を育て、そして死ぬところを見てきた。

私の考えでは、暗殺者の素養の中で最も重要なのは感情のコントロールだ。次いで身体能力が続く。暗殺とはつまるところ殺意を隠した殺人だ。ターゲットの近くに潜り込み、隙を突いて殺意のかけらも見せずに何事もないように殺す。暗殺者に狙われるような人間は殺意には自然と敏感になってくるものだ。そのような現場では、余計な感情の揺れや緊張、執着や殺意そのものが暗殺における最大の障害になる。逆に、そこさえクリアできてしまえば、殺す方法はいくらでも技術として習得できる。

まだ幼い白乃クロミはとても明るく、美しい少女だった。それでいてとても気配りができる子だった。いつも楽しげで何も考えずはしゃいでいるように見えて、その実周囲の友人たちへの配慮を誰にも気づかれずにやってのけていた。普通作為は体の動きにどうしても出てしまうのだ。クロミはその作為がほとんど見えなかった。身体能力のテストでも、絶対に負荷がかかる動きを指示しても、バレないようにと言い含めるとまるで何でもないようにやってのけた。あとで聞いたらつらいのを隠すのが大変だったと言っていた。その身体能力も含めて、彼女は一流の暗殺者になる素質があると私は確信した。彼女に私のところに来るように告げると最初は嫌がったが、孤児院の他の子供たちの生活のためにもなると言うと頷いてくれた。友人たちとの別れはつらかっただろうが、そんなことはおくびにも出さなかった。

暗殺者のスカウトはまだ善悪の分別が付かないような年齢の子供に対して行う。そして殺人に対する抵抗がないうちに子供たちの常識を書き換える。クロミも他の子供たちと同じように、いや他の子供たちよりはるかに早く、様々なことを吸収した。私の見込みは間違っていなかった。組織での生活も、新顔の子供たち、教師役の歴戦の暗殺者、闇を見てきたスタッフたちにも物怖じせず、むしろ積極的に無邪気に飛び込んでいき、明るい雰囲気を作ってくれた。子供といえど前線にいた暗殺者の警戒を解くのはたやすいことではないが、クロミはそれをやってのけたのだ。

訓練が始まって数年が経つと、子供たちは我々指導者側の人間が言うところの「分岐点」を迎える。それは能力的なものではなく、むしろ精神的なもので、子供たちの心の成長がもたらすものだ。つまり、共感する能力や善悪の判断基準が自分の中でできてくる時期に、子供たちは自分のやっていることに疑問を持つようになるのだ。暗殺者という仕事は決してまっとうではない。だからそれに対して疑いを持つまっとうな子供が出てくるのは、たとえ幼少期から価値観を植え付けているといっても、けしておかしなことではない。

一握りの子供たちはその時期までに感情を殺す術を得て完全な暗殺者になる。彼らは合格だ。多くの子供たちは一度は疑問を持つ。だが結局は納得して仕事として選ぶ子供たちがほとんどだ。どうしても抵抗のある子供も、それ以外に生きる術がないことがわかると覚悟を決める。しかし完全な納得ができていない者はいざというときに迷ってしまうため、たいていはそこで工作員や他の職務への転換が行われる。現場の技術を知っている要員はそれはそれで貴重なのだ。残念ながら了承が得られず、組織から離れることを望んだ者は、裏切り者として扱われる。裏の組織における裏切り者の末路は一つだ。

クロミも他の子供たちと同じく、自分の仕事について悩んでいるようだった。成績にもよるが、訓練で断トツの成績を収めていた彼女に対しては私は特に慎重に彼女の決断を見守った。彼女が強い意志を持っていることは今までの暮らしからわかっていたし、彼女のようなタイプは無理に納得させると後で問題になると経験的に知っていた。正直に言うと彼女は私のお気に入りだったし、将来を期待していたので、彼女からお願いがあると言われたとき、私はなるべくその願いを叶えてやりたいと思ったのだ。

クロミの願いはこういうものだった。1日だけでいい、普通の子供として、お出かけをしてみたいのだ、と。同行する相手が私でいいのかと尋ねると、私がいいのだと彼女は答えた。「マスターにはクロミのパパになってほしいんだっ」。そう無邪気に言う彼女を無下にすることなど私にはできなかった。この時期の子供たちは逃走の恐れがあるということで外出の許可が出ないことが多いのだが、私が同行するということで許可を取り、1日だけの親子ごっこが始まった。

父親になったことはないが、任務で父親のように振舞うことはあったから大丈夫だろうと思っていた。だがその時の任務をわきまえた子供役と違って、クロミは本当に子供のように私を振り回した。突然走り出したときは足の悪い私の隙を突いて逃げ出したかと思ったが、彼女は看板の前で立ち止まると私の到着を待った。そして「クロミはここに入ってみたいぞ」と言った。指さしていたのは動物園の看板だった。

動物園にはいった彼女は今まで見たこともないくらい目を輝かせていた。そして突然私の手を取るとせかすように駆けだした。不意を突かれた私はバランスを崩しそうになったが、なんとか彼女についていった。様々な動物を見て回ると、突然彼女が立ち止まった。そこはパンダの檻の前で、彼女はパンダの様子を食い入るように見つめていた。

30分経っても、1時間経っても、クロミはパンダの檻の前でパンダを見続けた。大きな親パンダがちいさなちいさな子供のパンダをかまってやる様子を、彼女はずっと見つめていた。他のところを見なくていいのかと私が訪ねると、ここがいい、とだけ彼女は答えた。結局閉園の時間になるまで、食事と休憩の時間を除いて彼女はずっとパンダを見ていた。

動物園を出るともう日が沈むころだった。私たちは無言で帰路についた。クロミがぼそりとつぶやく。「あの子供パンダ、お父さんとお母さんに愛されているんだな」。私は何も言うことができなかった。クロミが私の方を向いて尋ねる。「動物園にいた人たちもみんな、その人のお父さんやお母さんに愛されているんだよな」。私は答えるのが怖かった。彼女の将来を考えたら否定すべきなのは明確だ。あるいは彼女には関係のないことだと伝えてやるのが仕事だとさえ思う。しかし私はここで初めて明確に仕事に私情を挟んだ。私はそのどちらも選ばなかった。かといって彼女に常識的な倫理観を持たせるような回答もできなかった。代わりに私はこれだけ答えた。私はクロミのことを大事な仲間だと思っているよ。

そうだな、とクロミは答えて、「クロミもマスターが大好きだぞ」と笑顔を私に向けた。私にはその笑顔を直視することができなかった。もしかしたらクロミは暗殺者になることをやめるかもしれない。それだけならいいが、もし組織を抜けたいと言い出したらどうしようか。組織の宿舎に帰りついてからも、それから向こう数日も、私はそのことばかりが気がかりだった。

数日後におこなった面談で、クロミが暗殺者になると宣言した時は驚いた。同席していた他の教官が彼女に尋ねる。これから人を殺して生きていく覚悟はあるか。ある、とクロミは答えた。組織のために、任務のために死ぬ覚悟はあるか。ある、とクロミは答えた。その迷いない回答に、私たちは彼女を暗殺者として認めざるを得なかった。その日から彼女は組織の正式な一員になった。

子供に対して回ってくる仕事はそう多くない。殺しの仕事も、確実に遂行するなら大人の方がよいからだ。代わりに子供に回ってくるのは殺しのための陽動や、密偵行為などが必然的に多くなる。また一定の年齢を超えるまでは任務を強制されることもない。クロミも任務に就く必要はなかったが、驚くことに隠密行動が要求される仕事を中心に積極的に任務に手を挙げていた。彼女は訓練も同時に進めていたが、才能が開花したかのように今までにも増して彼女の戦闘能力と隠密能力の向上は著しかった。彼女はたちまち組織の中でも指折りの子供暗殺者になった。

そこから1年が経って、クロミはもはや私の助けのいらない一人前の暗殺者となっていた。まだ殺しの仕事はしていなかったが、彼女の技術であれば殺しも問題なく達成できることは明白だった。彼女は自身が子供であることの強みを十分に理解して十全に発揮していた。そんな折、彼女にとって初めての大きな仕事の知らせが入った。

その仕事は重要な機密書類を奪取する任務で、ターゲット及びその周囲への生死不問、多数のエージェントが投入される任務だった。参加するだけでも実力が必要で、かつ奪取に成功した者には多大な報酬が約束されていた。共同任務であり組織内での出世競争でもあるこの任務に、クロミは参加資格を得ていたし、そしてそれを受けたのだ。

ターゲットは当然武装していて、警戒も厳重だった。私は任務が気になって仕事である指導に手が付かないようなありさまだった。クロミは私のことなどいらない実力を得ていたのに、私はいまだに彼女を気にかけていた。だから翌日にもたらされた任務の結果に、私はたいそう驚かされた。

機密書類の奪取に成功。書類のある部屋に真っ先に到達した白乃クロミが警備を陽動。次いで到達したエージェントにより警備を殲滅、機密書類を入手。戦闘はわずかだったが、クロミだけが唯一一度も戦わずに目的地に到達していた。任務の達成者として書類を入手したエージェントに加え、その達成に多大な貢献をした白乃クロミを達成者に準ずる扱いとして報酬と地位を与える。それが任務の報告書だった。

私はクロミに会いに行くと、彼女におめでとうと言った。だが彼女は浮かない顔をしていた。理由を尋ねると、誰にも言わないでくれ、と前置きしてクロミが話し始めた。
「クロミはなるべく人を殺したくなかったんだ。暗殺者として甘えだと言われるかもしれないけど、やっぱりその人にもその人を愛する人がいると思うと殺さずに済むならそうしたい。人を殺すのがクロミの仕事だってこともわかってる。殺すことを放棄したら組織への裏切りになることも。だから必要なら殺す。その覚悟はできてる。でも、殺さずに済むための努力は全力でしたいんだ。今回の任務も、最後に警備に見つからなければ誰も殺さずに終わらせることができた。あの人たちが死んだのはクロミの力不足だ。クロミはもっと強くなりたい。殺さなくていい人を、殺さなくて済むように。」

私はまたしても何も言葉を返してやることができなかった。「マスターのおかげで、そう思えるようになったんだ」。クロミは笑っていたが、私にはなぜそんなことを言われるのか分からなかった。それでも、何とか私はこれだけを彼女に伝えた。クロミの目標を私も全力で応援する、と。

私は訓練で一流として通用する技術をクロミに伝えることにした。本来ならば子供の暗殺者に教えることではないし、また駆け出しの下っ端の暗殺者に教えていいことでもない。だが私は彼女はすでに一人前の暗殺者だと認めていた。殺しの技術も隠密の技術も出し惜しみせず伝えた。殺しの技術は殺さない技術でもある。そして戦闘に余裕が出るほど選択肢も増える。それらのことから、殺しの技術もまた重要なものなのだ。任務と訓練の日々でクロミの実力は一流と言っても遜色のないものへと進化していた。組織からの評価も実力に続き、クロミはもはやいっぱしの暗殺者とは一線を画す地位についていた。

組織の命運をかけた任務の発令がなされたのは組織へ実力が認められてしばらく経ってのことだった。極東の島国、日本での情報工作任務。日本でも様々な立場の工作員が日々諜報任務に励んでいる。殺しがしづらい日本という国は私の組織にとっては戦いづらいところだった。だが組織を取り巻く状況がそうはさせてくれないらしい。私はかつて任務で日本にいたことがあるということで、作戦会議の場に呼ばれていた。任務内容は多岐にわたり、それを組織が所属する派閥で達成しなければならないらしい。特に重要人物と目される人物は日本の芸能界で強いコネクションを持っているとのことだ。政界から、芸能界から、あるいは裏社会から、我々の求める情報をめぐって諜報戦争を仕掛ける。今までにない長い任務になりそうだった。

私はその任務に白乃クロミを推薦した。芸能界を攻めるなら、実際にそこで活動する者がいた方がやりやすい。大手を振って芸能界に出入りできるのは大きなアドバンテージだ。他のエージェントは芸能人として顔を出すことを好まないだろうが、彼女なら説得できるだろうとも伝えた。彼女の組織での生活から、人々を惹きつける魅力があることも多くの人が分かっていた。なにより彼女は殺しをしなくてもいい可能性が高い、というのはもちろん言わなかった。

上層部はその案を採択し、日本での活動基盤づくりとして試してみるということにした。白乃クロミを動かすだけならうまくいかなくても大きな損はない。失敗しても工作員として転用もきく。他の手段も併せて実施していくということで、最初の作戦会議は終了した。私の仕事はクロミに今回の任務を告げることだ。

クロミは私の依頼を予想以上に喜んでくれた。芸能人として成功するということはそれだけキーパーソンに近づけることであり、情報戦で有利を取れるということでもある。平和な極東の島国では暴力沙汰にもなりにくい。クロミの実力をもってすれば暗殺の第一線でも活躍できるだろうに、もったいないという気持ちはないのかと尋ねてみると、この任務で活躍できれば命を落とす人が一人でも減るのなら、それ以上のことはないという彼女らしい言葉が返ってきた。敵に情報を握られれば多くの人が死ぬだろうという状況が彼女の背中を押してくれたようだ。

クロミの出発は我々の組織としては第一陣になる。日本での活動基盤を整えることも彼女たちの任務だ。彼女はタレント志望の少女として芸能界に入ることを目指す。だが私は彼女が芸能界でもすぐに人気を得るだろうと確信していた。クロミの普段の振る舞いは自然と周囲の人を笑顔にする。任務を抜きにすれば、クロミは明るく華やかな美しい少女だ。そして目標のために努力し続ける芯の強さとやさしさを持っている。私は一切の心配をしていなかった。ただ少しだけさみしくはあった。

出発の日、クロミは私に挨拶に来てくれた。その言葉を私は一字一句思い出せる。
「クロミにとってマスターって言葉は、クロミの味方になってくれる大切な人のことなんだ。タレントとして活動したら、そういう人がたくさんできたらいいなって思ってる。任務も大事だけど、タレントとしても頑張りたいんだ。だからきっとクロミのことをたくさんのマスターたちが応援してくれると思う。でも、クロミにとっての最初のマスターは、マスターだけだから。大好きだぞ、マスター。」

私は今、インターネット回線を通じて彼女の笑顔を見ている。暗殺者を名乗っているのを聞いたときは吹き出しそうになったが、あどけない彼女の笑顔を見て彼女が本物の任務中の暗殺者だと本気で信じる者はいないだろう。なにより彼女が、とても楽しそうに、普通の少女のように友人やマスターたちと話しているのを見ると、私はとてもうれしくなる。願わくば彼女があの国で、面倒ごとに巻き込まれることなく過ごし、任務を遂行できますよう。そしてその功績で、この血と硝煙の匂いのする世界に、戻ってこなくてもよくなりますようにと、私は願わずにはいられない。


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