[たぶんショートショート] 今日は、バーチャル世界

最近はどうやらバーチャルというものが流行っているらしい。
飲み会で友人が言っていた。これからはバーチャルだ、と。バーチャルって何をするの、とその友人に聞いたら、ゲーム実況とか、歌とか、雑談配信とか、いろいろ、と答えた。それは普通の配信者なのでは、と思ったが、友人曰くバーチャル世界からキャラクターとして活動しているところがいいらしい。配信だったら私もやったことがある。ゲーム実況もしていたことがあるし、歌を歌うのも好きだ。なら私でもできるんじゃない?と冗談で口に出すと、確かにあんたは向いてるかもね、と友人が答える。でもあんた喋るとアレだから発言気を付けないと炎上するよ、と言ってくるので、お前は私をなんだと思っとるんじゃ、と答えておいた。

そんな話をしてすぐのことだったから、バーチャルタレントオーディションなるものが開催されていることを知ったとき、これ出たら面白そうだな、と思ってしまった。落ちても受かっても飲み会のネタにはなるだろう。幸い面接会場は行きやすい場所にあるし、買い物ついでに寄ってみるか、とメールを書いて送る。バーチャル世界ってどういう感じなのかな、コンビニとかあるのかな、なんて考えて、今日のご飯をコンビニで調達して帰路についた。

面接会場で私だけだいぶ浮いてたような気がしたのに、なぜか1次は受かってしまっていた。2次はラジオで配信をしながらの公開オーディション形式だ。配信なんて久しぶりだな、と思い、勘を取り戻すために昔の生主アカウントを掘り返して久々に適当な実況配信をしてみる。まあこれなら何とかなるだろう、と思い、次はバーチャルについて調べることにした。受かればバーチャルタレントになるのだから、バーチャル世界について知っておかなければといくつか検索して動画を見た。どの子もみんな可愛くて、バーチャル最高かよと思ったけれど、結局バーチャル世界がどんなところなのかはよく分からなかった。なにもない部屋に閉じ込められているような人もいれば、バーチャルコミケに行った、みたいな人もいる。コミケに行けないのはちょっと辛いかもしれない。最近は行ってないけど、一時期は本当にアニメにはまっていたのだ。バーチャルになったらそういうのができなくなるのならちょっと寂しい。かわいい子ばっかりっていうのも気が引けるような気がしたが、よく考えたら自分も美少女なので問題なかった。むしろかわいい女の子たちと仕事として絡めるのはかなりうれしいかもしれない。

友人からめちゃくちゃ猫被っていけよって言われたけど、配信を始めると楽しくなってしまってつい素にもどってしまう。というか猫被ってる私おもしろいか?かわいいのを求めてるのはわかるけど、別に猫被ってなくてもかわいいだろうが。みたいなことを好き勝手言ってたら、リスナーに「芸人枠やんけ」と言われた。うるせえ。

そんな感じで好き勝手やってたら、なんでかわかんないけど応援してくれる人が結構増えてきた。生主時代の最高来場者を余裕で超えてしまった。公開オーディションの予選が終わって、落ちた人やそのリスナーはとても悲しそうだった。そうか、公開オーディションだから、残った人は落ちた人やそのリスナーの思いを背負っていかなきゃいけないんだ。そう気づいて認識を改める。とはいえ喋ることは変わらないんだけど。日々の面白い出来事を喋ってるだけで芸人とか持ってるとか言われるのは相変わらず納得はいかないが、みんなを笑わせられてるならよかろう。応援してくれるリスナーの声が何よりうれしかった。

たくさんの人が応援してくれて、私はバーチャルタレントとしてデビューすることになった。落ちた人のためにも、みんなを楽しませられるタレントになろう。歌の仕事もしたい。そしてバーチャルの世界に行けるのが楽しみだった。事務所の人から、いろいろな機材を借りて、言われた通りにセッティングする。バーチャル世界に行くのだから、もっといろいろなものが必要だと思っていたのだが、意外と特殊な機材というのは少ないようだった。一見普通にカメラとマイクがあるだけに見える。でも逆に、これくらい気軽にバーチャルとして配信できる環境を整えられるのは、プロジェクトにバーチャル技術を推進する企業が参加しているのが大きいのだろう。セッティングが終わり、あとはお披露目配信を待つだけだ。

お披露目配信が始まる。画面には私の顔が映っている。私の視界には変化がない。あれ、バーチャルは?とりあえず超絶美少女の私はみんなに向けて笑顔を振りまいておく。かわいい、すごい、と絶賛のコメントが届く。オタクはちょろい。そんな中、ふとひとつのコメントが目に止まる。モデルのクオリティ高いな。モデル?その言葉が引っかかる。でもとりあえず、お披露目配信は始まってしまった。今はできる限りみんなを楽しませたい。みんなに感謝を伝えたい。もちろん湿っぽくならないように、私のやり方で笑ってくれるような配信を目指す。お披露目配信はトラブルなく成功で終えることができた。

配信が終わって、さっき気になったコメントについて考える。そういえば、神絵師さんが3Dモデルを用意してくれるという話になっていたはずだ。でも、配信に映っていたのは私だ。モデルの話はいったいどうなったのだろう?それに、顔出し配信なんて聞いていなかった。大丈夫なんだろうか?
分からなくなった私は、事務所のマネージャーさんに電話をかける。デビューの時の3Dモデルの件ってどうなっているんでしょうか?マネージャーさんは簡潔に答える。絵師さんにはとてもいい仕事をしていただきました。

それってどういうことですか、と尋ねる。マネージャーさんは答える。さっきの放送、君の姿がばっちり映っていたはずだよ。私は混乱する。だからおかしいのに。それって変じゃないですか、バーチャルの世界には3Dモデルが必要なんですよね。マネージャーさんは答える。そうだよ、だから3Dモデルのおかげで君の姿をバーチャル世界から届けることができたんだ。

私の頭が考えることを拒否する。ありえないその結論を必死に否定する。それって、と意味のない言葉が口から洩れる。マネージャーさんは無慈悲にも、それを疑問ととらえて、私が今一番聞きたくない言葉を言ってくれた。

知らなかったのかい?ここがバーチャル世界なんだ。


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