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これまでにもっとも強烈だった音の記憶は……

幼い頃、祖母がお寺に住んでいた。お寺は蹴上インクラインの端っこにあった。バス停からねじりまんぽをくぐって、山の方へしばらく歩いていき、古い石段をあがっていくと本堂の大きな屋根が見えてくる。子どもの足で15分くらいだったかな。京都市内ならどこにでもあるような、それほど有名でも何でもないお寺だ。

お寺には、よく遊びに行っていた。初孫だったので、祖母から思いっきり可愛がられていたせいだ。週末あたりにはひとりでお泊りすることも多かった。お寺にはふだん聞き慣れない音がいっぱい落ちていた。街にある音とはまるでちがっていたし、ひとつひとつの音はとても弱々しいものだったけれど、手のひらにのせられているように身近で鮮明な存在だと何となく感じていた。

いちばんのお気に入りは本堂の隣の部屋にあった古い振り子時計だった。背の高さほどもある時計は本当に大きく見えた。四方を開け離れていた部屋だったけれど、そこには線香と墨の匂いが充満していた。振り子時計から1時間ごとに00分ちょうどを知らせる音が聞こえた。

どんな音?

音を言葉として表すのはとても難しいことだ。音の正体とは言語化される以前の世界に存在するものであり、それを言葉にしてしまうと何か大切な部分が失われてしまったかのように思える。擬音語は相手に伝える手段としては便利な表現だが、完璧なツールではない。

小学校低学年の頃、祖母は亡くなった。今は、叔父がお寺の住職をしている。振り子時計はまだ同じ場所にあるけれど、長針も短針も動かない。いつからか、誰もゼンマイを巻かなくなったからだ。もちろん、音が鳴ることもない。それでも、お墓参りなどでお寺に顔を出したときには、思わず時計を見てしまう。

これまでにもっとも強烈だった音の記憶は幼い頃に聞いた振り子時計の音だ。強烈というからには天の啓示を受けたみたいに、その後の人生を転換させるがごとく出来事にふさわしいのかもしれないけれど、記憶というキーワードに当てはまるのはこの音以外に考えられない。祖母の思い出と一緒に、振り子時計の音が記憶の奥底に深く深く沈んでいる。

どんな音?

振り子時計なら、「ゴーンゴーン」や「ボーンボーン」がよくある擬音だろうか。でも、記憶にある音は、どちらでもない。音に、さまざまな匂いや、いろいろな情景やらが入り交ざっている。ただ、単純に、音だけが記憶に残っているわけではない。もっと複雑で、おそらくは想像するよりシンプルな、ひとつの音だ。

もし、ゼンマイを巻き直して、今、振り子時計の音を聞いたとしたらどう思うんだろう。おそらく、記憶の中にある振り子時計の音と、実際の音とはちがっているような気がする。たぶん、それは当たっている。記憶なんていい加減で朧気なものだ。そう思うと、少しばかり寂しいような感傷の念が湧き上がってくるんだけどね。


#コラム #音 #TAP

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yosh.ash

文章と音楽。灰色の脳細胞です。京都生まれの京都育ち。自己紹介&ポートフォリオ(ライター) https://note.mu/yosh_kyoto_ash/n/n04bcedab00cf はこちら。連絡先 yoshikawa.ash@gmail.com

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