3月上旬発売予定の新刊の未収録原稿の一部をご紹介いたします(第3回)


★指揮者のリーダーシップに学ぶ★

経営学者P・F・ドラッカーは、「未来の組織は、情報サービスを主軸としたものの、または情報が組織の構造を支える組織である」と述べています。
 そしてこのような組織をドラッカーは「情報化組織」と呼んでいました(『ドラッカーとオーケストラの組織論』山岸淳子、PHP研究所、2013年)。


 情報化組織では、中間管理職とは単なる情報のブースター(増幅器)に過ぎないので、中間管理職の階層の多くは不要となり、組織よりフラットになる。そしてこの組織に属するものは、権限でなく情報によって互いに互いを支えていく。

 従来の日本企業ではトップダウン型のマネジメントがほとんどでした。
 中間層であるチームリーダーの主な役割は、上層部の方針をわかりやすい言葉に翻訳して部下に伝えることでした。
 また、リーダーは役職に就く前は部下と同じ仕事をしていたので、部下の仕事内容をしっかり把握できていました。
 しかし、時代は変わりました。
 今ではリーダーができない仕事、わからない仕事を自分よりも優れた部下や社外のパートナーともに進めるケースも増えてきました。
 たとえば、営業マン出身のリーダーがデザイナーの部下と働くことになったり、大企業に勤める人が社外のベンチャー企業を巻き込んで新規事業を立ち上げるなどといったケースです。
 高度な情報社会になり、部下がリーダーよりも多くの知識やノウハウを持つ専門家であることも珍しくなくなりました。
 また、異なる組織、異なる会社、異なる業種など、所属先が異なる人たちが横断的にプロジェクトを組んで仕事をすることも増えてきました。
 現代のリーダーは、オーケストラの指揮者のように、自分にはできない仕事ができるメンバーを率いる力が求められるようになったのです。
 ここで両者の共通点を挙げてみましょう。

1 全体のビジョンを描いてメンバー全員に伝える
 オーケストラの指揮者は楽譜をもとに、指揮者個人の音楽的な力量で楽曲を再構築し、どのように演奏するかというビジョンを描きます。
 そして、そのビジョンを大勢の演奏者に的確に伝えなければなりません。
 リーダーも同様です。さまざまなスキル・能力、そして性格も異なる多くの人に、ビジネスのビジョンを伝え、それを全員で共有し、プロジェクトが成功するように誘導しなければなりません。

2 リーダーが自分ではプレーできない
 普通、指揮者はオーケストラを構成する楽器のほとんどを自分で演奏できませんし、仮に演奏できる楽器があったとしても演奏者よりも演奏能力は格段に劣ります。
 それでも、各楽器の奏者の技術や知識をどう活かしたらいいのかはわかっているため、オーケストラ全体の演奏クオリティを高めることができます。
 ビジネスのリーダーにもこれと同じことが求められます。
 たとえば、あなたがある企業の支店長として、イベントを企画し、集客することになったとします。
 その際、ホームページにイベントの情報を公開したり、ポスターや新聞の折込チラシを作成したり、あるいはネット広告を出したり、周辺の地域にチラシをポスティングするといった宣伝活動が必要になります。
 このとき、支店長のあなたはどんな広告デザインがいいか、キャッチフレーズはどうするか、どの媒体で展開すればいいかなど、だいたいの道筋をつけることはできます。
 しかし、デザインを考えたり、会社のホームページに特設ページを作成したりするといった実務についてはスキルやノウハウがないため、自分ではできないわけです。当然デザイナーやイラストレーターに頼んでやってもらうことになります。
 まさに、指揮者と演奏者の関係とまったく同じです。
 お互いに自分のスキルやノウハウを持ち寄り、支えて合いながら、仕事を進めていくことになるわけです。

3 メンバーたちとの間に雇用関係がない
 ここまでお読みいただいて、「オーケストラの指揮者はときには100人以上の演奏者を引っ張る大所帯のリーダーだから、経営トップや上級マネージャークラスにしか参考にならないのではないか」と思った方もいらっしゃるでしょう。
 実は、中間管理職クラスのリーダーのほうが参考になることがたくさんあります。
 たとえば、指揮者が演奏者の人選、つまりオーケストラの人事権を持つことは、現代ではきわめて稀です。
 仮に、指揮者がオーケストラの立て直しを頼まれたときであっても、あまりにだらしのない者や年をとりすぎて演奏に支障をきたした者しか交替させることができません。
 自分の思い通りにメンバーを入れ替えるわけにはいかないのです。
 企業の中間層のリーダーも同様です。メンバー雇用を決める権利、いわゆる人事権はありません。
 また、演奏者は指揮者に従っても従わなくても、支給される給与は基本的に変わりがないわけですから、従いたくなければ無視することもできてしまうのです。
 常任指揮者の場合は多少位置づけは異なるかもしれませんが、指揮者が特定の楽曲の指揮のために単発で入る場合も少なくありません。この場合、演奏者たちは指揮者に対して仲間意識はありません。
 このように上下関係がないため、指揮者が演奏者たちに言う通りにしてもらうのが難しいのです。
 部署間、企業間で横断プロジェクトを組んだ場合のリーダーと専門家の関係と似ています。

(3月上旬発売予定 『部下に9割任せる! 吉田幸弘著)

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