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400字小説

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旅する日本語コンテストに応募したショートショートです。すべて400文字以内。1分かからず読めます。
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記事一覧

誰にも邪魔されない、幸せな時間

「ここ、電波入らないんだね」 旅館の浴衣に着替えた恋人が、スマホを見ながら言う。自分のス…

吉玉サキ
4年前
34

お城とパンダと母

「あなた、あれすごく好きだったのよ。動物園に行くたび乗ってたわ」 母が目を細める。視線の…

吉玉サキ
4年前
21

大人だって

太陽が反射してきらきら輝く水面に、小さな波紋ができる。 手ごたえ。動揺しながら釣竿を上げ…

吉玉サキ
4年前
23

この湿度の高い国の避暑地で

夕暮れのテラス席でソフトクリームを食べる。高原の宿は大抵、ソフトクリームが名物だ。 空の…

吉玉サキ
4年前
26

手紙

チェックインを済ませてスーツケースを預ける。 振り向くと、両親は笑顔のような困り顔のよう…

吉玉サキ
4年前
31

終わらないパーティー

大粒の雨が、ホテルの窓ガラスを激しく叩く。 「だめだこりゃ」 びょうびょうと吹きつける風…

吉玉サキ
4年前
24

トマトと日常

一ヶ月かけて、スペインの巡礼路を歩いたことがある。夫とふたり、バックパックを背負って。 日の出と共に歩き始め、午後には巡礼者用の安宿にチェックイン。シャワーを浴びて少し昼寝して、起きたらその町のスーパーマーケットへ。食材を買ってきて、宿で自炊する。 私たちがよく買うのは、生ハム、チーズ、オリーブ、パスタ、バゲット、3ユーロでも十分に美味しいワイン。そして、トマトだ。 夫はトマトが大好き。ざっくばらんに積まれたトマトの中から、今夜の一個をじっくり選ぶ。真っ赤なトマトもあれ

晴れ女

駅を出ると、旅先の空は絵に描いたように晴れていた。曇天が多いと聞いていたから意外だ。 「…

吉玉サキ
4年前
34

春の日、2駅の旅に出た

そうだ、桜を見に行こう。 転入手続きを終えて区役所を出ようとしたとき、思いついた。入り口…

吉玉サキ
4年前
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本当に、どうしようもなく

「思ったより都会」 俺がそう言うと、後輩は「初めて来た人、みんなそう言います」と笑った。…

吉玉サキ
4年前
38

条件反射で君に見せたいって思う

登りきって視界が開けた瞬間、空の色が目に飛び込んできた。 空ってこんなに青かったっけ。そ…

吉玉サキ
4年前
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家族としての礼遇

「ほれ母さん、スリッパ」 「ええと、スリッパスリッパ……」 玄関まで出迎えてくれた彼のご…

吉玉サキ
5年前
42

碧空に嘘はつけない

3回目のデートで深大寺に来た。 木々の間を抜けると、お蕎麦屋さんやお茶屋さんで賑わう参道…

吉玉サキ
5年前
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幸先のいいお別れ

スーツケースを預けてロビーのソファに戻ると、座ってスマホを見ていた彼が 「あ、見て」 と声をあげた。 差し出されたスマホを見ると、待ち受け画面に「11:11」と表示されている。 「ゾロ目だ」 「なんか幸先いい感じ。良かったね」 ちょっと笑ってしまった。 「もう行く?」 彼が聞く。フライトまであと一時間と少し。 「まだここにいる」 「じゃあ僕も。お茶でもしよっか」 彼は自動販売機で紙コップのコーヒーをふたつ買ってきてくれた。鼻先に持ってくると、その香りにほ