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手帳に書いたから叶ったわけじゃない。

3年前に別の名前で本を出したことがある。

その時点ではライターではなく山小屋スタッフだ。出版業界のことも何もわからない。そんな私がどうやって出版に漕ぎつけたかというと、経緯は少し特殊だ。

そもそも私は5年前に長旅をし、帰国後にその体験を半年がかりで執筆した。

出版の当てがあったわけではない。書き上げたら出版社に持ち込みするつもりで書いた。

半年後に完成した原稿は、原稿用紙に換算すると1600枚に及んだ。京極夏彦かよ。今思うと、持ち込まれる編集者にとっては嫌な分量だろう。

よし、出版社に「持ち込み」をしてみよう。

そう思ったものの、その方法がわからない。そこでフリーの何でも屋(書道家兼デザイナー兼編集アシスタント)をやっている友人に「持ち込みってどうやってアポイントとるの?」と尋ねたところ、彼は「僕の知り合いのフリー編集者を紹介するよ」と言ってくれ、私は原稿を彼に託した。

その原稿を読んだ友人は、「これ、僕が出版したい」と言い出した。ちょうど、彼はひとりで出版社を立ち上げようとしていたのだ。

かくして、私の原稿は実績ゼロの個人出版社(知らなかったけど、社員ひとり~数人の小さな出版社はかなりあるようだ)から刊行されることになった。出版するにあたり、最初の原稿はさらに半年かけて書き直した。

結果は、まったく売れなかった。

だけど、お金にはならなかったものの、本が形になったことは嬉しかった。

今でも、紀伊國屋に行くと検索機に自分の名前を入力して、著書がちゃんと表示されることに喜んでいる(店頭には置いてないけど)。

私は帰国したとき、手帳にこう書いた。

旅行記を書き上げて出版社に持ち込む。
絶対に出版する。

そしてそれは、2年後に叶った。

このときのことをブログ時代(noteの毎日更新を始める前は、別の名前でブログを毎日更新していた)に書いたら、読者の方から

「引き寄せの法則ですね! やっぱり願えば叶うんですね! 私もサキさんを見習って、さっそく手帳に『書籍化する』って書きました♪」

みたいなコメントがきた。

その人は以前からやり取りをしている人で、いろんな自己啓発セミナーに参加しているタイプ。「目からウロコ」「ご縁に感謝」というワードを多用するのだけど、彼女の言葉は単語から意味が抜け落ちているように見える。抜け殻みたいに空虚な言葉を使う人だな、と感じていた。

それはさておき、そのコメントを読んで、「手帳のこと、書かなきゃよかったな……」と思った。

コメントの彼女は、原稿を書く様子も、出版社に持ち込む様子もない。ただただ、自分のブログが誰かの目に留まるのを待っている。したことと言えば、願いを手帳に書いただけ。

私の出版は、彼女には「手帳に書いたから叶った」ように見えたのだろうか。

半年がかりで出版のあてのない原稿を書いたのに、そこは認めてくれないの? 手帳のくだりだけに注目するの?

私が出版に漕ぎつけることができたのは、運の要素が大きいと思う。たまたま、友人が出版社を立ち上げるタイミングで原稿を見せたから。

そう言うと、その友人に「サキちゃんが友達だから本にしたわけじゃない。僕は、この作品は世に出す価値があると判断した。僕も一応プロだから、バカにしないでほしい」と言われ、猛省した。

ともあれ、原稿を書き上げなければ、その友人に「この作品は世に出す価値がある」と思ってもらえることもなかったわけで。

いくら願っても、手帳に書いても、行動しなければ実現しないと思う。

というか、もっと言えば、行動したところで実現するとは限らない。私は何度も新人賞に落選しているから、「努力が必ず報われる」とは思ったことがない。どれだけ行動したって、努力したって、望みが叶わないことはたくさんある。

その身も蓋もなさの前に、ただただ立ち尽くすときもあるけど、だからって何もしなければ叶わないんだから、行動するより他にやりようがなくて。

目標に向かって何かしらの行動を起こしていると、はたからは前向きに見えるかもしれないけれど、それは「目標達成のためには他にやりようがないからしょうがないじゃん」という諦念が根底にあるし、いつだって「この行動が徒労に終わるかもしれない」という不安と葛藤しつづけている。

だから、「手帳に書いたら叶った」云々よりも、「出版されないかもしれない原稿を書き上げた」ことを見てほしかった。他人から褒められるためにやってるわけではないけど、そこを軽視されているように感じると、悲しくなってしまう。

書き上げたことだけが唯一、私が自分に誇れることだ。


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