少年Bさんと「ありがた申し訳ない」気持ち

1月に本が出ることが決まったとき、純粋に嬉しかった。

だけど、その日から少しずつ少しずつ、心に罪悪感と不安が積もっていった。

それは、「私なんかが本を出してしまっていいのか」という感情だ。

私は死んだ祖母譲りで運が強いのだけど、それにしても、こんな幸運に恵まれていいのか。cakesで連載できただけでもラッキーなのに、書籍化だなんて。

めちゃくちゃ光栄だけど、私はその機会にふさわしい人間なのか。実力も努力も不足している私に、その価値があるのだろうか。

まぁ、私自身の価値を信じられなくても、「私の書くもの」の価値は信じるしかない。

私が私の書くものを信じられなければ、それは声をかけてくれた平凡社の編集さん、そして一緒に連載を作り続けてきたcakesの編集さんに対して失礼だ。ふたりが「この本は出版する価値がある」と言うなら、その言葉を信じる。

……のだけど、どうしても、「私なんかが本を出すなんて……なんかごめんなさい!」という気持ちになる。


書籍化を発表してからというもの、その気持ちはますます大きくなった。

多くの人に応援してもらったことで、「応援されるにふさわしい、もっと素晴らしい人間にならなきゃ!」と気負ってしまったのかもしれない。

実力以上の評価や応援をいただいていることが、ありがたいのに申し訳ない。

私はこの気持ちを「ありがた申し訳ない」と名づけたのだけど(そのままだ)、ありがた申し訳なさは日に日に大きくなる。

「評価に見合う自分にならなきゃ!」と頑張るのだけど、もとが怠惰だからすぐに疲れてしまい、たまに頑張れなくなる。すると、自己嫌悪に陥る。

もともと自己嫌悪に陥りがちだけど、以前は頑張れないとき、「私はダメだ」と感じていた。

それが、書籍化発表後は「応援していただいてるのに頑張れないなんて、私はダメだ」に変化した。自責が3割増しだ。

それに、私のようなポッと出が本を出すことを不快に思う人もいるだろう。

自分の存在が誰かを傷つけているかもしれないことが、怖かった。

1月から少しずつ育っていったその気持ちは、今日ついに爆発した。

noteが書けなくなったのだ。

何を書いていいのかわからない。書籍に関することを書けばいいのか。まったく別のことを書けばいいのか。

何を書いても、嫌われそうで怖い。自意識過剰なのはわかっているけど、どうにも怖くてたまらない。

気持ちを抱えきれなくなった私は、ライターで友人の少年BさんにLINEで相談した。

Bさんは、「わたしも実力以上に評価してもらってる感あるのでわかります」と共感してくれた上で、

「その気持ちを書いてみてはどうでしょうか」

と提案してくれた。

「読んだ方に『チャンスに恵まれたくせに弱音吐くな! 贅沢者!』と怒られそうで」

「それもぜんぶ、書いてはどうでしょうか」

……なるほど。

そもそも、noteは日々の気持ちを綴る場所だった。仕事につながった今も、それは変わらない。

「BさんとのLINEのことも書いていいですか?」と聞くと、快くOKをいただけた。

そして今、このnoteを書いている。

noteを書くことで、苦しい気持ちがするするとほどけていく。

BさんとのLINEでもっとも印象に残ったのは、運についての言葉。

ドラクエとかで、「うんのよさ」ってパラメーターあるじゃないですか。「かしこさ」や「ちから」とおなじ扱いなんですよね、うんのよさ。

そっか、運の良さって、賢さと同じ扱いしてもらえるんだ。

じゃあ、運が良いことを、そんなに申し訳なく思わなくてもいいのかも。賢い人は、自分が賢いことを申し訳なく思わないだろうし。

ありがた申し訳なさはきっとこの先も続くのだろうけど、うまく付き合っていきたいと思う。

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吉玉サキ

ライター・エッセイスト/著書『山小屋ガールの癒されない日々(平凡社)』http://urx2.nu/Vmkr 複数のwebメディアで執筆中/有料記事は知人に読まれたくないものであり、有益な情報とかじゃないです/お仕事のご相談はsaki.yoshidama@gmail.com

*thanks* photo by sachiko

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