緊張する相手と、緊張する理由

私は知らない人と話すとき、だいたい緊張する。

だけど、緊張の度合いは相手によって異なる。

ものすごく緊張する相手もいれば、そこまででもない相手も。緊張の度合いが5段階くらいに分かれていて、「緊張度」という指数で数値化できそうな感じ。「この人と話すときは緊張度5だなぁ」みたいな。

緊張度と相手への好意は比例しない。

好きな相手だから緊張するとか、逆に苦手な相手だから緊張するということもない。

ただただ、緊張の度合いが人によって違うのだ。

「初対面の男の人と話すの緊張する」と言う友人がいる。

それを聞くと、「ってことは初対面の女の人には緊張しないんだ。いいなぁ」と思う。

私は、相手が男であれ女であれ、人間であれば緊張するからだ。

「異性に緊張する」という悩みは、逆に言えば「異性にしか緊張しない」のだから、緊張する対象は人間全体の半数で済む。

いいなぁ。緊張するのは疲れるし、なるべくなら緊張したくない。

私の緊張の対象は広い。相手が子どもでも緊張する。

姪が幼稚園のとき、姉の代わりにお迎えに行ったことがあるけど、知らない幼稚園児に「誰? ○○ちゃんのママじゃない」と指摘され、「私は○○ちゃんのママの妹だよ」と答えながら、心臓がバクバクしていた。

30代になろうが、相手が幼稚園児だろうが、「初対面の他人」には人見知りが発動するのだ。律儀かよ。

だけど、友人の家に行ったとき、まだ言葉を話せない赤ちゃんに対しては緊張しなかった。

あと、いくら初対面でも動物相手には緊張しない。初対面の犬とか平気。

どうやら、私にとっては「喋るかどうか」が、相手に緊張するかどうかの基準らしい。

この緊張の度合いは、会う頻度によって変わっていく。

最初に会ったときは緊張度5でも、次に会うと緊張度3くらいまで軽減していることが多い。

何度も会っているうちに、緊張度0(まったく緊張しない状態)まで到達した相手もたくさんいる。

一方で、何度会っても緊張度5がキープされる相手もいる。

昔の私は、「この人いつ会っても緊張するなぁ」という感情を「苦手」や「嫌い」と安直に結びつけていた。

だけど最近、ふと「私にとって、緊張の度合いと好き嫌いは別々のものさしかもしれないな」という仮説を思いついた。

いつまで経っても緊張度5の相手を書き出してみる。

やっぱり、私はその人たちが「嫌い」なわけではない。

じゃあなんで、この人たちに対しては過度に緊張してしまうのか?

この人たちと、他の人たちとの違いはなんだろう?

……と考えてみて、気づいた。

いつまで経っても緊張度5の人の共通点。それは、「私のことをあまり好きじゃなさそう」ということ(もしくは「嫌ってそう」「バカにしてそう」)。

私が相手を嫌いだから緊張するのではない。「相手が私のことを嫌ってそうな空気」を察知するから、緊張するのだ。

もちろん、その空気は私が勝手に察知しているだけなので、本当のところはわからない。私の思い込みかもしれない。

だけど、私が勝手に抱いている「嫌われてるかも」「内心ではバカにされてるかも」という不安が、相手に対するいつまでも解けない緊張となり、苦手意識に姿を変えている。

一人相撲だなぁ。

人に対して過度に緊張してしまうのは、「嫌われたくない」思いが人一倍強いからなのだろう。

自己愛が強く、臆病。

別にそれでも悪くはないけど、ただ緊張するだけなのも勿体ないので、この緊張を活用して何かできないかな。発電とか。

……と、しょうもないことを考える程度には、緊張しいの性質を楽観的に捉えている。

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吉玉サキ