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ゲストハウスなんくる荘13 こじらせた初恋

あらすじ:那覇にあるゲストハウス・なんくる荘にやってきた未夏子。気ままに生きる彼女は、次第になんくる荘の長期滞在者たちと打ち解けていく。ある日、地元にいる弟からLINEが届く。

前回まではこちらから読めます。

初恋は小学校二年生のときだった。

マンションの真下の部屋に白井さんという親子が引っ越してきた。父親の広治さんはまだ若く、娘の美希ちゃんは陸生と同い年の三歳だった。

広治さんは当時まだ二十一歳で、離婚したばかりだった。なぜ離婚したのか、なぜ広治さんが美希ちゃんを引き取ったのか、なぜ広治さんの実家は手を貸さないのか。

我が家の誰も、そんな諸々の事情は知らなかった。母は何も聞かずに、広治さんが仕事に行っている間美希ちゃんを預かったり、おかずを作っておすそわけしたりした。

広治さんと美希ちゃんはよくうちで夕飯を食べていった。日曜日にはうちの家族と広治さんと美希ちゃんで動物園や公園にも行った。

父も母も、広治さんのことを弟のように、美希ちゃんのことを娘のように可愛がった。あたしは、妹とお兄ちゃんがいっぺんにできたみたいで嬉しかった。

あたしがいつから広治さんを好きになったのか、よく覚えていない。

最初は「おじさん」だと思っていた広治さんが「お兄さん」になって、そのうち「広治さん」という男の人になった。

美希ちゃんはなぜか自分の父親を「広治」と呼んでいた。陸生も真似をして「広治」と呼び、うちの両親は「広治君」と呼んでいた。あたしはなんて呼んでいいのかわからず、「ねぇ」と、呼称を避けて呼びかけていた。

広治さんのお嫁さんになりたいと思った。

けれど、それは同時に美希ちゃんのママになるということだ。そんなの無理に決まってる。だって美希ちゃんは陸生と同じ歳で、あたしは美希ちゃんのお姉ちゃんにはなれても、ママになるなんて無理。

あたしは子供で、広治さんは大人だ。あたしが大人になったとき、広治さんはもっと大人になっている。あたしは広治さんのお嫁さんにはなれない。

けれど、あたしはずっと広治さんが好きだった。

広治さんのお嫁さんになる夢をあきらめたのか、あきらめきれずにいるのか、自分でもわからなかった。小学校六年生になってもまだ、あたしは広治さんが好きだった。

小学校の卒業文集に「将来の夢」を書かされることになった。

あたしにはなりたいものがなかった。世の中にどんな職業があってどんな生き方があるのか、よく知らなかったのだ。

悩んだ末、あたしは漫画家と書いた。広治さんが「昔、漫画家になりたかった」といつか言っていたのを思い出したのだ。あたしはたいしてマンガ好きでもなくイラストも描かない子供だったので、友達はみんな卒業文集を見て驚いていた。

その頃のあたしにはもう、広治さんが漫画家になる夢をあきらめざるをえなかった理由がわかっていた。美希ちゃんができたからだ。

中学校へ行ったら、同じ年の男の子を好きになれるかもしれない。そう思った。

だけど、広治さん以上に好きになれる人には出会えなかった。

中学でひとり、高校でひとり、大学でひとり、告白されるままに付き合ってみたけど、どうしても広治さんほどには好きになれない。

初恋を変にこじらせてしまった自覚はあって、マンションの階段で広治さんと会うたびに苦しくなる。

だから、卒業と同時に実家を離れたときは、心底ほっとした。

それからも彼氏らしき人がいたことはあるけど、結局あたしは、人生でまだ一度しか恋をしていない。恋が実った経験がないまま二十六になり、弟は結婚する。




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