スタートラインの手前でうずくまっている

進学や就職といった人生の節目を「スタートライン」に喩えるのが嫌いだ。

かけっこは競争であり、勝負だ。みんなが「位置について用意」し、ドンの合図で一斉に走り出す。

それが、私にはとても怖いことに思える。

運動会でのかけっこは得意だったけど、人生のかけっこはできそうもない。

私は今も、スタートラインの手前でうずくまっている。

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スタートラインの手前でうずくまっている

吉玉サキ

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吉玉サキ

ライター・エッセイスト/著書『山小屋ガールの癒されない日々(平凡社)』http://urx2.nu/Vmkr 複数のwebメディアで執筆中/有料記事は知人に読まれたくないものであり、有益な情報とかじゃないです/お仕事のご相談はsaki.yoshidama@gmail.com

何度も読み返したい素敵な文章の数々vol.10

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コメント2件

いつも大切に読んでいますよ。一生会うことも言葉を交わすこともない(だろう。)けど、吉玉さんの書くものはどうでもいいどこかの誰かのものではないのです、私にとって。
>つばめ食堂さん
ありがとうございます……!
「どうでもいいどこかの誰かのものではない」
とても光栄な言葉です。そう言っていただけて、とても嬉しいです。
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