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実在しないそいつへの怒り

幻の存在に対して怒っている人を見たことがある。

専門学生の頃、一学年下に40代の男性がいた。二十歳くらいの学生たちの中で浮くわけでも馴染みすぎるわけでもなく、誰に対しても丁寧に接する人だった。腰が低く、笑顔が柔らかかった。

ある飲み会で、その人が突然「皆さん、国民年金は払っていますか?」と言った。

その場には私を含めて10人ほどの若者がいた。私が通っていた学校は世の中のことを何も知らないイノセント過ぎる生徒が多く、みんなの回答は「学生納付特例を使ってる」「親が払ってる」「たぶん親が払ってくれてると思うけどわかんない」みたいなものだった。

質問した男性は怒り、言った。

「あなたたち若者はみんな『どうせ年金もらえないんだから払わなくていい』って言うけど……」

えっ!
私たち若者は顔を見合わせる。

それ、誰か言ったっけ?
言ってない。誰も、言ってない。

たしかに、世の中には『どうせ年金もらえないんだから払わなくていい』と言っている若者もいるらしい(江角マキコもCMで言っていた)。でも、少なくとも今ここにいる私たちは、誰一人そんなことは言っていない。

添削したい!

「あなたたちは○○と言うけど……」を、
「世の中には○○と言う若者もいるけど……」に直したい。朱を入れたい。だって、私たちは文芸創作専攻じゃないか。なのに、なぜ。

二十歳の私は、グレープフルーツサワーを飲みながら、心の中で赤ボールペンを握っていた。


お説教は続いた。

彼は、学生でも自力で国民年金を払うべきと主張していた。だから、彼にとって私たちの罪は「年金を自力で払っていないこと」だった。

なのにいつの間にか、「『どうせ年金もらえないんだから払わなくていい』と言ったこと」に対して、激しく怒られていた。

罪、増えてる!

誰だ、増やしたのは。もしかして、11人いたんだろうか。私に見えていない、いや、彼だけに見えている幻の11人目がいて、そいつが「年金なんて踏み倒したもん勝ちじゃねwww」とか、言ったんじゃないか。

たぶん、本当にそうなんだと思う。彼の中には幻のけしからん若者がいて、そいつと私たちを重ねてしまったんだと思う。


だって、私の中にも幻の誰かがいる。実在しない誰かだ。

そいつは、私の書いた文章を読んで
「文章下手すぎて内容入ってこないw」とか、
「今からライター目指すとか嘘でしょ、34なのにw」とか、
とにかく私を見下してくる。

私は、そいつを睨みつける。
黙れ。語尾にいちいちwをつけるな。
わかってるもん。下手なのもばかなのも自覚してるもん。

そいつの言葉に、怒ったり打ちのめされたりする私がいる。









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吉玉サキ

ライター・エッセイスト/著書『山小屋ガールの癒されない日々(平凡社)』http://urx2.nu/Vmkr webメディア・雑誌で執筆中/有料記事は知人に読まれたくないだけで有益な情報とかじゃないです/お仕事のご相談はsaki.yoshidama@gmail.com

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