新婚ヨーグルト

新婚生活は、最初から1ヶ月限定と決まっていた。

私が、温泉宿に住み込みで働く予定があったからだ。

それまでの1ヶ月間、夫のアパートに転がり込んだ私は、専業主婦をすることになった。

朝起きてお弁当を作り、朝食を用意し、夫を送り出してから掃除と洗濯をして、ヒルナンデスを見ながら旅について調べ物をする(長旅に出る予定があったのだ)。夕方になればスーパーへ。相棒の再放送を横目にクックパッドで献立を決め、夕食を作る。夜になると夫が帰宅し、ふたりでご飯を食べる。

夫以外に知っている人がいない街で、それが私の生活のすべてだった。

最初は「退屈しそう」と思ったこの暮らしも、大真面目にやってみると案外楽しい。

「新婚だからだよ」と言われればそれまでだけど、日常の中に転がっている幸福によく気づく日々だった。


新婚当時、夫の朝食メニューは狂気じみたこだわりを見せていた。

8枚切の薄いトースト。

納豆に、たまねぎのみじん切りとキムチとカレー粉を入れたもの。

そして、具沢山ヨーグルト。市販のヨーグルトを器によそい、ミックスナッツとバナナチップスをたっぷり入れて、ココアパウダーとはちみつをかける。

当時の夫はかれこれ2年、この微妙なセンスの朝食を食べ続けていた。

彼の習慣を変えるのはかわいそうなので、私もこの朝食を踏襲することにした。

最初は違和感のあったこのメニューも、慣れると案外悪くない。8枚切のトーストは食べやすく、キムチとカレー粉を入れた納豆はエスニック料理みたいでクセになる。

なによりハマったのはヨーグルトだ。

実は、私はヨーグルトがそこまで好きではなかった。食べてもお腹いっぱいになるわけじゃないし、デザートならアイスやプリンのほうが魅力的だし。

けれど、夫に合わせて毎朝トッピングたっぷりのヨーグルトを食べているうちに、ヨーグルト観が変わった。

ナッツとバナナチップスのザクザクした歯ごたえは満腹感を誘い、ちゃんと一品にカウントできる。ココアとはちみつの甘みは、スイーツに匹敵する美味しさだ。

毎朝同じように、ヨーグルトにナッツとバナナチップスをざらざら入れる。

たかだかヨーグルトで大げさだと思われるかもしれないけど、その行為には「生活」を積み重ねている実感があった。

ままごとのような私の拙い家事が、「生活」に変わっていく。

連綿と続く生活こそが「人生」なんだなぁ……。

そんな思いを噛みしめたのも束の間。あっという間に1ヶ月が経ち、具沢山のヨーグルトを用意する日々は終わりを告げた。


あれから6年。

今の私は専業主婦ではないし、もともとのズボラさから、あの頃ほど甲斐甲斐しく家事をすることもなくなった。

あの妙な取り合わせの朝食も、今は食べていない。ふたりとも朝はあまりお腹が空かなくなって、いつの間にか、朝食の習慣自体がなくなったのだ。

じゃあ、今はヨーグルトを食べていないのか?

……と言うとそんなことはなくて、今は、夫手作りの豆乳ヨーグルトが我が家の夕食のレギュラーになっている。トッピングは、レーズンときな粉。

朝食から夕食に、市販から手作りに、牛乳から豆乳に、ナッツからレーズンに。

メタモルフォーゼを遂げながら、ヨーグルトは今も、私たちの生活に寄り添っている。


生活は続き、人生となる。

変わらない確証のあるものなんてない。だからこそ、結婚生活を継続させるための努力を怠ってはいけない。

……と思いつつ、向き合うことをサボってしまう日もあるのだけど。

願わくば、彼とヨーグルトを食べる日々が、ずっとずーっと続きますように。

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吉玉サキ

ライター・エッセイスト/著書『山小屋ガールの癒されない日々(平凡社)』http://urx2.nu/Vmkr 複数のwebメディアで執筆中/有料記事は知人に読まれたくないものであり、有益な情報とかじゃないです/お仕事のご相談はsaki.yoshidama@gmail.com

もう一度読み返したい素敵な文章

これからの日々の中で、ふとした時に読み返したい素敵な文章に出逢ったとき、追加させていただきます。