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絵本はなぜロングセラーが強いのか?

出版取次のトーハンは児童書の販売促進ツールとして「ミリオンぶっく」という小冊子をつくり、帳合書店の店頭で配布している。

こころを育てる絵本たち ミリオンぶっく

これは累計発行部数100万部以上の絵本をまとめたもので、やり方はベタだが、それだけにわかりやすくて効果は固い。

絵本というジャンルはパキっとしたロングセラー偏重で、「ロングセラー在庫を切らさない」ということは、児童書売場作りの基本中の基本となっている。売れるかどうかわからん新刊よりも、売りが見込めるロングセラーを押さえておく。このルールに沿えばすくなくとも売上のベースラインを作ることができる。逆に、これができなかったら担当失格とも言える。

では、絵本って新刊はどれくらい売れているのか?

だいぶ前にそれを調べたことがある。
集計方法は、某全国チェーンの実売データを参照し、

・発売日から2か月以内を「新刊」
・発売日から2か月以上を「ロングセラー」

として設定し、集計期間はある年の半年間で、そこから新刊とロングセラーの売上比率を出してみた。
その結果、

・新刊5%:ロングセラー95%

と、予想以上の極端な結果となり、軽く驚いたことを覚えている。
新刊ぜんぜん売れてへんやん。

ちなみに、同じ比率だったのが辞書・辞典だった。そして真逆の比率だったのがコミック。わかりやすい。

出版社を利益面で捉えると、重版による売上の方が利益率は高い。新刊(≒初版)は重版に比べると利益率が低くて「売れるかどうかわからない」というリスクもある。だから重版銘柄(ロングセラー)をたくさんつくることは、会社の経営の安定化につながる。
ただ、ステディに重版をかさねたロングセラーの売れ行きも、いつ止まるかわからない。すくなくとも目減りはするし、不慮の事故による突然死もありえるし。

なので、出版社は次のロングセラーへの種まきとして、なかなか売れない新刊を出し続けなければならない。もちろんキャッシュフロー的な意味もあるけれど、児童書出版社だけでなく、おおむね、すべての出版社はこういう感じでお金をまわしていく。

昔、ある児童図書出版社のトップの方との一献の席で、「新刊を出さずに重版だけで1年間商売した方が、通常の1年間よりも全体の利益率はいいんじゃないですか?」と冗談めかして尋ねたことがある。その問いへの回答は割愛。と思えば、のら書店みたいに「新刊が出ればニュースになる」みたいな、絶版ゼロでロングセラーを本当に大切に売っていく出版社もある。
児童図書出版社は幅広く、そして面白い。

それにしても、絵本はなぜにこんなにロングセラー偏重なのか?
これについてはハッキリとした理由が3つある。

そしてこの傾向をつくっているのは、作家でも出版社でも取次でも書店でもなく、ひとえにお買い求めいただくお客さんだ。
なので、このことについては「いい・わるい」なんてものはなく、あくまでも需要がこうであるという事実でしかない。

では、絵本を買うお客さんってどういう人達なのか?
これは世界各国でおおむね共通している。絵本をもっとも買うお客さんは、児童の保護者だ。他にも購買層はあるけれど、最大のボリュームゾーンは昔っからここだし、不動。
「絵本は人間が生まれて最初に出会う本」と言ったのは誰だったか。

で、理由のひとつめ。

1)読者と購買者が違う。

いうまでもなく、「児童書」と呼ぶだけに、絵本の最大の読者層は児童だ。ただ、読者は児童でも、購買は保護者。この「財布が読者のものではない」というのがひとつめの大きな特徴。
ふたつめ。

2)購買層が保守的。

この点は私は悪いことだとはぜんぜん思っていない。私も経験したが、子どもを育てるのは不安なことだらけやし。なにをするにも不安要素をすくなくできる「保険的なもの」を求める傾向がある。しゃあない。なので、絵本を買うにしてもそれを求める。
例えば、

・自分が子どもの頃にも読んでいた。

という保険は大きい。自分が読んでたし変なものではないわなという安堵感がある。
児童書業界には昔から「20年売れ続ければその後ほっといてもある程度売れる」という考え方がある。それは上記の保険に沿ったものだ。今は晩婚化が進んでいるから20年ではなく25年に上書きせんと。
あと、

・有名な人が読んでいたり、詳しい人が薦めている。

というのも強力な保険だ。とくにやんごとなき人が読んでいると紹介されたら、一気に10万部重版みたいなこともしばしば。
みっつめ。

3)購買層が常に入れ替わる。

この要素がもっとも重要。つまり、購買層は子どもが生まれたらそれになり、子どもが児童書・絵本から卒業すると購買層でなくなる。彼らは購買層になるまでは児童書売場へ足を運ぶことはほぼ無い。そして、数年経てば、児童書売場へ足を運ぶこともなくなる。彼らにニーズが発生して児童書売場へ足を踏み入れた期間、彼らはそこに新刊やロングセラーの区別を求めていない。
これはとても特殊な要素だ。児童書売場では、日々この光景が繰り返されている。

人が児童書・絵本を読む時期はとても短い。私みたいに趣味としてずっと絵本を読み続けている人間は、世の中では少数派だ。

なので絵本作家は新人が出てきにくい。でも、新人作家が死屍累々となるのは、出版の他のジャンルもなんら変わらない。年間10万点も新刊が出てるのだから。

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吉田進み矢

絵本オタク。出版業界遡行者。日本児童文学者協会会員。ブログ「絵本沼。」運営。現在出版関連会社勤務。

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