吉田沙織

古典技法で仏像を製作する「よしだ造佛所」の女将 兼 寺社専門PRプロデューサー | 取…

吉田沙織

古典技法で仏像を製作する「よしだ造佛所」の女将 兼 寺社専門PRプロデューサー | 取材獲得率95%以上。 https://zoubutsu.com/

マガジン

  • OKOPEOPLE - お香とわたしの物語

    • 115本

    OKOCROSSING が運営する、香りにまつわる「わたしの物語」を編み集めるプロジェクトです。https://oko-crossing.net/okolife

  • ほりごこち

    仏像が日本にやってきてから1500年の間、御像の数だけあったであろう幾多のエピソード。仏像を造ったり修復したりする造佛所で、語り継がれなかった無数の話。こぼれ落ちたそんな物語恋しい造佛所の女将がつづる、香りを軸にした現代造佛所私記。

最近の記事

むかしの匂い

「これね、むかしの匂いがする」 猛烈にキーボードを叩いていた私は、娘の声にハッと顔をあげた。パジャマ姿の娘が匂い袋を手に取りクンクン嗅いでいる。その三つ連なった小袋は数年前に私が縫ったもので、中には香木店で買った詰め替え用が入っている。しばらく住まいの裏口に掛けていたが、模様替えをした際にダイニングへ移したのだった。 小さな人のまっさらな心に、白檀や桂皮、丁子の混ざった香りはどう映るんだろう。俄然興味が湧いてきた。時刻は22時を回っている。5歳の娘には遅い時間だったが、今

    • 異香ただよう

       雨の匂いのする薄曇りの朝、梅雨の木曜だった。口の渇きを感じながら、私たちは京都を車で走っていた。修理を終えた仏像群に随侍して、2年ぶりの上洛だ。古い御像の運搬は、運転にも相当気を使う。もちろん、梱包や積み付け、縛り方も工夫してはいるが、道路のちょっとした凹凸で肝を冷やしたりする。今回は道が空いていて幾ぶん気は楽だったが、夫も私も緊張していた。  思いのほか早く安置先のお寺に近づいた私たちは、建物の10m手前で目を見張った。伽藍再建で、浄土宗寺院とホテル一体型の施設になると

      • 千手観音の御手に山菜

        2020年春、海辺から山間部に家族で引越した。 同じ高知県内とはいえ、環境が驚くほど違う。 以前は冬でも夏のような日差しが注いだ温暖なところだったが、今いるところは春先に雪が降ったり水道管が凍結するような山の上だ(引越し早々、水道管破裂の洗礼を受けた)。 山の上から土佐湾を臨む 引越し作業は、田舎でも疫病のニュースで持ちきりとなった頃で、お世話になった人にろくに挨拶もできないままだ。未だ「引越しのお知らせ」も出せず心苦しく思っている。 兎にも角にも、荷物と人間は移動で

        • 白檀の香りと記憶の明滅

          それは、パソコンの前で自動書記のようにつづられた物語だった(注:オカルトな話は出てきません)。編集者さんとの打ち合わせではエッセイを書くはずだったのに、いざ画面の前に座ってみると短編小説が生まれていた。 「OKOPEOPLE」で公開された「ながれながれて」のことだ。香りがきっかけとなった面白い体験だったので、小説のあとがき的に書いておこうと思う。 香りにいざなわれて物語の世界へお香の定期便<OKOLIFE>から「女郎花」という線香が届いた8月初旬だった。 一本が燃え尽き

        むかしの匂い

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          9本

        記事

          [小説]ながれながれて(後編)

          ほりごこち 仏像が日本にやってきてから1500年の間、御像の数だけあったであろう幾多のエピソード。仏像を造ったり修復したりする造佛所で、語り継がれなかった無数の話。こぼれ落ちたそんな物語恋しい造佛所の女将がつづる、香りを軸にした現代造佛所私記。 前回の記事:ながれながれて(前編) 前編はこちら 香りに誘われて すっかり寝る支度を整え、少女は再び机の中央に文箱をすえた。  さきほどとは違い、心は平静だ。机の上を仏壇に見立て、燭台のロウソクに火をつける。折れた線香を近づけ

          [小説]ながれながれて(後編)

          [小説]ながれながれて(前編)

          ほりごこち 仏像が日本にやってきてから1500年の間、御像の数だけあったであろう幾多のエピソード。仏像を造ったり修復したりする造佛所で、語り継がれなかった無数の話。こぼれ落ちたそんな物語恋しい造佛所の女将がつづる、香りを軸にした現代造佛所私記。 前回の記事:木の香り、木の声、仏のうた (前編) 「ねぇ、この蔵がなくなったあとは何ができるの?」 飴色の土壁に揺れる影をぼんやりと眺めながら、少女は母親に訊ねた。 「さぁねぇ、じいちゃんたちが菊畑でも作るんじゃないかしら。──

          [小説]ながれながれて(前編)

          木の香り、木の声、仏のうた (後編)

          ほりごこち 仏像が日本にやってきてから1500年の間、御像の数だけあったであろう幾多のエピソード。仏像を造ったり修復したりする造佛所で、語り継がれなかった無数の話。こぼれ落ちたそんな物語恋しい造佛所の女将がつづる、香りを軸にした現代造佛所私記。 前編はこちら 第2章 華麗なる転生彫刻作業は、叩き鑿(のみ)から彫刻刀へと進んでいく。 クスノキの香りは、仏師の工程に合わせるように柔らかくなったり、弾けたり、まるで歌うように踊るようにそこにある。 自在に変化する香りに触れる

          木の香り、木の声、仏のうた (後編)

          木の香り、木の声、仏のうた (前編)

          ほりごこち 仏像が日本にやってきてから1500年の間、御像の数だけあったであろう幾多のエピソード。仏像を造ったり修復したりする造佛所で、語り継がれなかった無数の話。こぼれ落ちたそんな物語恋しい造佛所の女将がつづる、香りを軸にした現代造佛所私記。 第1章 木が泣いている 「木が泣きゆう」 願主の男性がポツリと言った。 ジリジリと照りつける高知の太陽の下、輪切りにされた木の断面から堰を切ったように水が流れ出ている。 私たちはただただその様子を見守っていた。 目の醒めるよう

          木の香り、木の声、仏のうた (前編)