獄中記⑱ 兵庫県への3回目の移動と公判出廷
山梨での操作が終了した私は、6月下旬に兵庫に戻った。また本部留置(神戸市中央区)に戻ることとなった。ここは担当さんも親切で、人間的な扱いを受けられるので私としては安心した。
捜査終了から10日あまりで移動となりかなりスピーディだったが、これには理由があった。 兵庫の私の共犯者「S」が公判直前に証言をひっくり返し、私に無理やり連れて行かれたのだと言い始めたのだ。 私は検察からの依頼で証言台に立つことになっていた。
にぎやかになった本部留置
本部留置に入ると、見慣れた担当係長と巡査部長が迎え入れてくれた。 「今人多いけどすぐ減るからな。我慢してや。」と告げられた。 番号は1番だったのが18番となっていた。 3部屋のうちの1号室へ入ると、前からいた11番と初めての15番がいた。
11番は山下きよしそっくりの自称目が見えない障がい者で、15番は元警察官。それぞれ万引き、傷害で捕まっていた。 2号室には眠剤コジキがまだいた。ほかにも2人いて、3号室にはクレームの多いオジさんがいた。 「おお、戻ってきたな。」と眠剤コジキに絡まれたが無視して勉強と読書に励んだ。
この頃は古典文法と英文暗記・読解、数学Ⅲに力を入れており、他にも生物と物理の教科書を読んでいた。 読書は主に世界史もの、宗教もの、小説を読んでいた。「収容所から来た遺書」(辺見じゅん)や、「閉鎖病棟」は泣ける話だった。 また、サイバー技術にも興味があり、5冊くらい読んでみたが、チンプンカンプンだった。
検事とのリハーサル
着いて3日後に検事から呼ばれて検察庁で公判の打ち合わせをした。 打ち合わせといっても「S」はこう言っているが、事前の調書からすると、こうだ。だからこう質問するので、こう答えてくれたらいい。という簡単なものだ。 「S」は公判前に刑務所行きが怖くなって、証言を全てひっくり返したらしい。 検事は「弁護士が一番大変だよ。」と笑って呆れていた。
私は基本的に検事と利害が一致していた。 「S」は私になすりつけようということなのだから、敵対してしまうのは仕方がない。 この日は眠剤コジキと2号室のもう一人のオジサンと一緒だった。 眠剤コジキはガムテープがいくつも貼ってある、プラスチックの白い縁のゴーグルみたいなメガネをつけていた。 もう一人の人も万引き。意外と泥棒って多いんだな・・・と感じた。
帰ってから同房の二人と話した。 15番は警官だったころに作成した調書をミスしてロッカーに隠したことがバレて、捜査二課からも調べられたという。 しかし次の日には罰金で釈放だろうとのことだった。 11番はアレルギーでここの食事は食べられないものが多いと嘆いていた。
公判出廷
実際に公判に出廷したのは7月に入ってからだった。 朝一のバスで地検の待合室に入ると、一見してアフリカ系と分かる人がせわしなくしていた。 私が入るとすぐ「Can you speak English?」と声をかけられ、久々に英語で会話をした。
彼はカメルーンから来ており、友人が絡んだマネーロンダリングに関与していると疑われていた。 アシスタントイングリッシュティチャー(AET)を勤めており、この件はやっていないが世界中でニュースになってしまい困っている。 仕事もなくなる。と涙ながらに語った。
公判に呼ばれたのは2時過ぎで、久々に会う県警の捜査員が付き添いだった。 「静岡は災難やったな。何もやってないらしいやんか。あいつら(静岡県警)、ホンマ捜査能力がないねんな。」といっていた。 「Tはバカだよあいつ。自分が助かりたい一心で、あることないこと全部お前になすりつけとる。まあうちらもわかっているけどな。」 彼の付き添いで少しリラックスしていたが、いざ呼ばれるとやはり緊張がドッと押し寄せてくる。
法廷に入ると観に来ている人がちらほらいる。目の前に裁判所のマントを着た女性がいて、左手に検事、右手に弁護人らしき人がいる。 少ししたら「S」がスーツ姿で現れ、続いて裁判官3人、裁判員5人、補欠1人と書記官が入ってきた。 私は「S」となるべく目を合わさないようにしながら証言台へ向かった。 ウソをつかないことを宣誓した後に、検事から質問が始まった。 緊張のせいで早口になっており、裁判長に注意された。
検事とは打合せ通りに受け応えができた。 その後に弁護人からの質問だ。 「S」はどうやら事前には強盗をやるとは聞かされておらず、高速に乗ってから知らされた。ダマされた。 窃盗と聞かされて、断ると私に殴られてムリに連れて行かれた。と言っているようだった。
弁護人は「あなたはどんな人に強盗をやらせたかったですか?」と聞いてきた。私は即座に弁護人の意図を考えた。なるべく[S」と違う像を挙げないと。 「Sさんはそれに合致するからムリにでも連れて行ったのですね。」となってしまう。 実は私は元々「S」に行かせるつもりはなかった。リクルーター的立場を期待して声をかけた。証言もその通りにしていた。
「腕っぷしが強くて、こう言った犯罪になれている人」と答えると、「Sさんは腕っぷしが強いと言ってましたね。その像とSさんは一致するのではないですか?」 「いいえ。彼は犯罪になれてはいないと思ったので、そういう仲間を探してくれたらと思って声を掛けました。」 「Sさんを誘ったとき、あなたは上の人からせかされていて焦っていたと言ってましたよね。仲間が集まらないから、どうしてもSさんを連れて行かなければいけなくなり、強盗だと嫌がると考えた。だから高速に乗ってから打ち明けるというのは合理的ではないですか?」 「そもそも・・・」と答えようとすると、女性の検事が勢いよく
「異議があります!!」「証人は元々強盗と伝えていたと言っており、弁護人の質問は前提をすり替えていて誘導的です。」と言った。 すると裁判長が何も言わず弁護人を睨み、弁護人の追求は終わった。 初めて検事は頼もしいなと感じた。
待合室に戻るとカメルーン人がまだおり、少し英会話のレッスンをして本部へ戻った。
別れと出会い
眠剤コジキがひよどりにある拘置所へ行くことになり、私に握手を求めてきた。「手紙出すわ」と言っていた。
15番は罰金で釈放。万引きオジサンもひよどりへ。17番のクレーマーオジサンは被害者と示談して釈放。
彼はなんと、隣の部屋に住むカップルの夜の営みの音に耐えきれず、ドアを殴って捕まっていた。色々な人がいるものだ。 残されたのは私と12番(30代の兄さん)と11番と新しく来た19番だった。19番はとにかく声がデカくてワキガの60歳くらいの人。12番は少し世間を騒がせた元公務員だった。
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?