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痛みをメロディーに変えたシカゴの音楽シーン

全米で3番目に人口の多い都市であるシカゴ。4大スポーツ、オヘア空港、金融、シカゴピザ、カニエウェスト、銀色のでかいやつ... などなど、シカゴといったら多くのものがイメージできます。経済や文化の発達に、貢献しているのはみなさんご存知のことでしょう。

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ヒップホップにおいても多くの才能が生まれた場所でもあります。Kanye WestやLupe Fiasco、Commonなど例をあげたらキリがないほどのスターが誕生しました。今回はドリルに少し触れつつ、アンダーグラウンドから抜け出しそうな若いアーティストを紹介したいと思います。

5万コピーしか売れなかったChief Keefの大ヒット

まず書き始める前にドリルミュージックって何? って方もいるのでNoiseyの素晴らしい動画上げときます。これ見れば10倍詳しくなれるので見てない方はぜひぜひ。日本語字幕もあります。

貧富の差が大きな都市でも知られるシカゴは、長年その闇の部分には光が当たることはありませんでした。そんな中、16歳の時に自宅謹慎中だったChief Keefがドロップした「I Don't Like ft. Lil Reese」が大ヒットしたことで、シカゴのストリートに注目が集まります。自宅謹慎中に地元のメンバーと撮ったリアルすぎるこのMVは、多くのシカゴラッパーをシーンに登場させるきっかけとなりました。Lil Durk、Lil Reese、Fredo Santana、SD、Ballout、Lil Herbなどなど。その後莫大な契約を結び、ロサンゼルスに自宅を移します。彼が達成したストリートからの成功例は、同世代のラッパーに強く影響を与えました。50centにNYのChief Keefと呼ばれヒットしたBobby Shmurdaに、フロウに強い影響を受けているLil Uzi Vertなど、全米に浸透していった彼のスタイルは、もはや全てをあげるのは不可能です。

またChief Keefは音楽業界の分岐点に生まれた存在であるとも言えます。彼のインターネット上でのバイラルは爆発的でした。しかし、インタースコープとどデカイ契約を結んだ後にリリースされた「Finally Rich」の初週売り上げははたったの5万ユニット。全米に広がる大ヒットにしては少なすぎます。それもそのはず、Chief Keefを聴いている主要の層はYoutubeを使用しており、ストリーミングが波及していない2012年ではこの数字が妥当であったかもしれません。その当時はHot 100も集計にYoutube再生数を採用していなかったので、チャートアクションも微妙でした。そして時を同じくして、シカゴからインディペンデントの代表格Chance The Rapperが登場します。メディアが対立させようとしたこの2人を中心に、シカゴから音楽業界のイノベーションが始まっていったのは事実です。

今回SaveMoneyの方はガン無視でいかせて頂くので、興味のある方はこちらの素晴らしい記事をご覧ください。勉強になりました。

誰がシカゴにメロディーを持ち込んだのか?

Chief Keefの示した成功例というのは、ギャングと関係の深いものでした。音楽面での功績はもっと称えられるべきだと思いますが、同時に多くの死者を出したネガティブな問題は無視できません。画面を通して見ていた危険なギャングの生活を、エンタメとして消費していた欠陥がこのシーンには存在していました。Chief Keefの人気とともに、だんだんとドリルシーンの熱気も冷めていったのです。

その一方でキャリアを伸ばしていったアーティストがいます。Lil Durkです。Meek Millに大きな影響を受けたと話す彼ですが、キャリア初期は「ドリルなのになんで歌ってるんだ? 」と疑問を持たれることも多かったそう。しかし今となっては、毎年継続的にヒットを供給している唯一のアーティストになりました。

シカゴのサウスサイドで経験したことを、そのまま歌詞に反映したリアルなリリックは、強いオートチューンをかけた歌声とピアノのメロディーに超絶マッチし多くの支持を得ました。ポップスターにさせようとした前身のDef Jamを離れ、やりたい音楽をやるためにAlamo Recordsと新たに契約。Young ThugやFuture、Ty Dolla $ineといった大物と共演する傍、Only The Familyとしてアルバムのリリースは欠かさず、若手をステージに押し出している姿は、誰もが憧れるスター像で間違い無いです。今のシカゴのシーンからは彼に似たスタイルのアーティストが多く輩出されています。

Lil Durkが推す新たな3人のスター

Only The Familyのメンバーは直接的にサポートしているのですが(Lil Babyのライブ中にKing Vonをサプライズで登場させたのは間違いなくLil Durkの力)、その他のシカゴ出身のアーティストはテキストを送ったり、インタビューで言及するなど間接的にサポートしています。Alamo Recordsはアトランタですし、ツアーで忙しい彼にとって、そこまでシカゴに時間を割くことはできないと思いますが、それでも貢献しているのは確かです。

Lil DurkもMeek Millもごり推ししている、この3人のアーティストからまずは紹介していきたいと思います。この3人ともよくLil Durkと比べられるだけあって、楽曲のスタイルはかなり似ていますね。

TikTokから大ヒットCalboy

2018年の8月にアップされたこのMVですが、今なお再生回数は伸び続け現在7200万回再生。このままいけば1億回は届きそうな勢いです。本人曰く、「ラップパターンは全く異なるが、ボーカルの類似点が多くLil Durkとよく比べられる」と話しており、あくまで自分のオリジナルな部分に関しては強い思いがあるそう。オルタナティブロックからも影響を受けており、キャッチーなメロディーラインと、訴えかけるように歌う彼のスタイルはとても惹かれるものがあります。そんなCalboyのヒット作Envy Meなのですが、これまた今っぽい流行の仕方でした。まずG Herboがインスタで紹介して小バズりを起こしたことが、動画アプリDubsmashで火がつくきっかけとなり、TikTokやTrillerにも広がり大流行しました。

アーティストにお金が回りにくいシステムから、敵対視されているTikTokをはじめとした動画アプリですが、TikTokユーザーはTikTokユーザー通しで強い絆を持っています。それが顕著になって現れたのがMia Khalifaの一件でしょう。

AV女優のMia Khalifaをディスしたこの曲(勘違いから始まったディスというのがまたインターネットっぽい)は、TikTokのチャレンジとして大流行しました。内容としては、公共の場で「Hit or Miss」と叫び、もしその場にTikTokユーザーがいたら続きの歌詞を返すというシステムなんですが、これがまぁものすごい流行りました。「ここにもTikTok使ってるやつおる! 」みたいな感じですかね。とにかく仲間意識の強いTikTok系のアプリは、一度バズると成功のループがうまく回るというわけです。

そこでCalboyのケースなんですが、ここでも歌詞がきっかけでバズが起きました。

「I was fighting some demons」って歌詞の部分で頭にツノ2本立ててデーモン! 「I know ni**as be sinking」で鼻つまんで溺れる! みたいな感じなんですけど、途中はwoahダンスっぽいのもあって、いろんなところから持ってきたものがバランスよく組み合わさってます。Demon Challengeって怖そうに見えるタイトルも、ちょっとお茶目なダンスとの落差を作っていて、偶然の産物かもしれないですけど、かなり完成度が高いものになっております。

TikTokが嫌いな理由はもちろんわかりますが、こういうヒットの仕方もありだということは反TikTokの皆さんも知っておくべきだと思います。

あとクリスチャンのおばあちゃんから教わったという、寝る前のお祈りの一節をサンプリングするところから始まるイントロも興味深いです。Nellyがカントリーグラマーでジャンプロープの一節をサンプリングして大ヒットしたことからもわかる通り、誰もがわかるフレーズを持ってきたこともヒットの要因かもしれません。長くなりました、次行きます。

Poloを着て育ったPolo G

子供の頃からよくPoloの服を着ていて、それが地元で自分だけだったことから、そのままステージネームをつけたというシンプルな由来を持つPolo G。ドリルの生まれたサウスサイドやウェストサイド(イーストサイドは湖だからないヨ)の治安が悪いのは広く知られていますが、彼の場合はノースサイド出身。しかしインタビュー動画などをみると周りはみんな銃持ってるし、彼自身も投獄されていたことからも、治安がいいとは言い切れないのがわかります。そんなところで育った彼視点の歌詞を、切ないメロディーラインに乗せて歌うスタイルが、Youtubeを中心に受けているところです。XXL Freshmanのリストにも乗りましたね。おめでたいです。

-そしてこっからは私がこの曲を好きな理由を話します-

わからないものをわからないまま伝える良さというのが、歌詞にはあると思っていて、4000万回以上再生されている上MVも、それが詰まっています。具体例を挙げると、Tee GrizzleyのFirst Day OutとかLil BabyのA-Townとか、日本だと舐逹麻のFloatin'とかが当てはまります。彼らだけが経験した固有名詞をバンバン出して状況を描写することで、全く違う時間軸を生きている人と接点を持てているある種Gangになったような感覚を引き出してくれます。仕事バックれた高橋を知らないからこそのリアルがそこには詰まっています。

この曲だとRed Buildings(赤い建物)が出てきますが、Polo G自身の解説によると、彼が育った治安の悪いCabrini Greenを表しているそう。わかんないんですけどね、それが好きです。


Calboyの場合はインターネットの力を借りたバズでしたが、Polo Gの場合はインターネットと切り離すことでリアルを保たせているように思います。シカゴのアンダーグラウンドを取材し続けたzacktv1は2018年5月に誰かの恨みを買い殺されました。もうこの現状はインターネットにのせることでエンタメ化することはないという、シカゴのシーンそのものを表している気もします。

Polo Gのインタビューはそこまで多くないのですが、そんなzacktvがキャリア初期にPolo Gにインタビューした貴重なビデオがあります。後半のフリースタイルがとにかくえぐいのでちょっと見て欲しいです。G Herboと比べられることが多いと話す通り、まるでビートが聞こえてくるようなラップは、どんな文章よりも確かな才能の証明でしょう。

そしてこのご時世ですが、Polo GはTwitterとInstagramのアカウントを持っておりません。まさかのFacebookが唯一のアクティブなアカウントです。彼の2つ目の大ヒット作「Pop Out」は、同じくFacebookしかアカウントを持たないLil TJayとのコラボになっています。ある程度SNSと距離を置くことで、曲の質を一切下げないスタイルは、新たなSNSとの関わり方として考慮してみる必要がありそうです。

「メロディは感情を伝えるのに一番適している」と話すように、キャリア初期に見せたG Herboのようなドリル傾倒なスタイルは、だんだんとLil Durkのようなメロディー重視の楽曲に変わって行きました。ドイツにMINOR2GOってプロデューサーの方がいるんですが、彼の作ったピアノのループってのはよくヒップホップでも使われていて、Gunnaの「Oh Okay」だったり、Roddy Ricchの「Every Season」だったり、ヒップホップ裏流行みたいなとこがあるんですけど、「Finner Things」「Pop Out」といったヒット曲も彼のループを使用していて、そういった面も飛び抜けた1つの要因だったりするのかなと感じます。

あと著作権的に大丈夫なのかわかりませんが、マーチがかっこいんで載せときます。

シカゴを映し出すLil Zay Osama

まだ21歳のLil Zay Osamaですが、彼の人生を振り返るとシカゴのストリートをそのまま表しているように思います。1997年6月生まれの21歳(年齢詐欺説がネットではよく出回ってる)ですが、この歳ですでに様々なことを経験しています。私も一応1997年生まれなんですけど、3倍くらいの密度で人生を送っているのがなんとも同じ地球に存在しているとは信じられません。

シカゴのサウスサイドでドリルシーンが最もアツい時期が、中学生と重なった彼は人生をストリートに捧げるようになります。冬でもジャケット無し、床で眠り、お金を盗み、車を盗み、銃を持ち歩き、ディス曲を発表し、といった具合です。もちろんツケは回ってきました。16歳の時に3つのケースで起訴され、3年間刑務所にいることが確定します。

ありきたりと言ったら失礼ですが、踏みがちなストリートの悪いサイクルに足を踏み込みすぎてしまったのは彼自身の問題です。ただ彼には若い頃から先見の明のようなものがありました。

Isaiah Dukesと本名をそのまま付けたチャンネルを自分で管理していたLil Zay Osamaは、そのチャンネルを通して楽曲のアップロードなどをしていました。敵対していたLil Mouseとのディスは、まるでインスタのストーリーのような使い方をしています。メンター次第では既にスターだったかもしれません。

3年刑務所にいたことで、成長して帰ってきたLil Zay Osamaは今ものすごい勢いで快進撃を進めています。21歳にしてまるで2つ目の人生を送っているかのようなバックグラウンドは、皮肉にもリリックに厚みをもたらし、Bobby Shmurdaのような骨格から発せられる哀愁のある声は、シカゴで流行しているメロディーと相性が抜群でした。出所した次の年には「Changed Up」をヒットさせ(2000万回再生超え)、今年に入ってからも「Trencherous」や「No Label」などの質の高い曲をリリースし続けています。

Lil Durkに最も影響を受けているのはおそらく彼であり、似てると思われることを光栄に思っているそう。お互いテキストのやりとりもしているらしく、コラボなんかも期待しちゃいます。そんな今日この頃なんですが、オリジナルに拘るアーティストが多い中、「同じスタイルだし、同じオートチューンのフロウを使ってる」とまで言い切るのは逆に気持ちいいなと逆に好印象を受けます。ただどんなにLil Zay Osamaが他のアーティストを真似ようと、彼自身特徴のある声を持っているので、誰かのクローンになることはありません。誰かに近づくことでオリジナルが生まれる稀有な例です。

他のオススメラッパー

まだまだいっぱい書くべきことはあると思うんですが、もうめんどくさくなってきたんで、数名ちょこちょこっと紹介します。

King Von

今Lil Durkがごり押ししてるKing Von。Asian Dollの彼氏さんですね。淡々と進んでいくストーリーは聴いててクセになる。

Cosha TG

まさかのTimbalandプロデュース。Lil Zay Osamaとの曲もGood。

El Hitta

メロディーに感情を込めたリリックを落とし込んだ新しいジャンル。多分今回紹介した中で一番個性のあるラッパー。

Hypno Carlito

Lil Zay Osama、Valee、Lil Durkも参加したEPからのヒット。

Ann Marie

元Only The Family。ルックス、歌声ともに満点。てかもうすでにスター。Anne Marieじゃないよ。

Lud Foe

長いことヒットすると言われてたLud Foe。ウジも召喚したことで、次のアルバムはキャリアの分岐点になるかも。

まとめ

ぶっちゃけた話、この記事を書く前はLil Durkがシカゴのシーンに与えた影響として繋げてくつもりでした。ネタ探しをしているうちになんとなく気づいたのは、Lil Durkが直接影響を与えたのではなく、Lil Durkが作った一つの流行に上手く乗ったものだけが表に出てきていただけという点です。Lud Foeなんかも毎年Freshman Listに載るようなスキルの高いシカゴの若手なんですが、今年はリストからも外されています。そんな彼が最近出したLil Uzi Vertとの曲は、まさにLil Durkっぽい曲調となっています。

つまりLil Durkの影響は2段階に別れていると私は考えました。まずドリル以後に作ったLil Durkの流行は、似たタイプのアーティストの登場を促進させ、次の段階として彼に影響を受けたアーティスが登場していく流れです。Lil Durkが若手のメンターに走らず、自分の道を進んで行ったことが、逆に多くの才能が誕生するスペースを与えていったんだなと自分なりに納得しました。

彼らを代表とするシカゴのヤングラッパーたちは、今の音楽シーンと比べてもかなりシンプルです。21savageが「想像したフッドをラップしている」と2018年のシーンに対して指摘しましたが、まさにその通りで、ヌルッと上がっていったサウンドクラウドのラッパーの多くはこれに気づかれ、2019年まで生き残ることができていません。シカゴのウェストサイド出身のEl Hittaはこう伝えています。

「彼らのラップを聴いてみろ、声を、どう話すかを。彼らは苦を経験してないんだ。でもシカゴは違う、ただ経験したことをラップしてるだけだ」

2019年は本物が残る時代になるかもしれない。


*筆者より:現在就活中で音楽業界志望してるのですが、絶賛上手くいっておりません。助けていただける方いらっしゃいましたら、お声掛けください。


source:


https://genius.com/a/chicago-rapper-calboy-s-envy-me-is-blowing-up-on-genius-thanks-to-a-viral-dance-challenge?utm_source=home_featured_stories

https://pitchfork.com/levels/the-melodic-new-sound-of-chicago-street-rap/


https://theoutline.com/post/3359/chief-keef-influence-essay?zd=1&zi=5pgy3fsu


https://djbooth.net/features/2018-08-27-lil-durk-def-jam-wanted-pop

written by Yoshi

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