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16歳のラッパー、Lil Teccaが掴んだインターネットサクセス

2019年は、インターネットに感謝する年だ。レーベルの後ろ盾がなくても、才能のある若者は一瞬で人気を獲得することができる。海を越えた日本にも、若かろうと、プロモーションのお金がなくとも、いい曲はしっかりと届く。こんなに素晴らしい時代は今までなかったはずだ。

2018年は、HIP HOP全体が若年化したことで、「誰でもラッパーになれる時代」と批判的に、そして悲観的に捉えるものが多かった。そんな心配は無用である。Bhad Bhabie、NLE Choppa、Lil Moseyなど、彼らは15歳、16歳の時点で巨大なファンベースを確立した。彼らのラップはトラッシュだろうか? いや、今や多くのラッパーが、彼ら10代からフロウを盗もうとしている。時代は完全に変わったのだ。

そんな時代の変わり目に急浮上したのが、ニューヨーク出身の16歳、Lil Teccaである。シカゴのビデオグラファー兼、キュレーターのCole Bennettが制作したMVは、ブレイクするには十分すぎるきっかけであった。崩壊寸前のダムにロケットランチャーをぶち込んだようなものなのだから。

Youtubeでは、リリースから2ヶ月で7000万回再生を達成。シングル数曲しかリリースしていないにも関わらず、Spotifyでは月間リスナーが1300万を越し、Top200のランキング入り。「Ransom」は、Billboard Hot100で初登場93位から徐々に順位をあげ、今週のランキングではTop10を記録。ストリーミングサービスにおいては、全体で4番目に聴かれた曲であった。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことだろう。

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ただ有名になったスピードがあまりにも早すぎて、Lil TeccaとRansomの2つのワードしか知らない人も多いのではなかろうか。というわけで、一瞬にしてシーンを駆け上がった彼のストーリーを少し覗いてみたい。

NBAは諦め音楽の道に

ラップを初める前の夢は、ラッパーではなく、意外にもバスケットボールプレイヤーであった。ニューヨーク出身の彼にとって、多くの若者が抱く夢であり、Lil Teccaもまたそんな数ある少年のうちの1人。ただその夢も時間が経つにつれて少しずつ音楽へと方向転換していく。現在の身長は171cmと、現役NBA最低身長プレイヤーであるアイザイア・トーマス(175cm)よりも小さい。彼のシルエットを確認しても、決してガタイがいいとは言えず、NBAに恵まれた才能を持って生まれてきたわけではなかった。そして決定打になったのは、朝が苦手なことである。その時の気持ちを恥ずかしげもなくこう語った。

「朝に起きることができなかったんだ。でも、決まった時間に起きて1日無駄にしないようなことをする必要があった。それで他のことで夢中になれることがラップしかなかったんだ。そこからラップを始めたよ」

めちゃめちゃシンプルである。

始まりはまさかのXBox

彼の音楽への道が固まり出したのは12歳の頃。XBoxで友達と遊んでいるときに、煽ったり貶すことに飽きたLil Teccaは、ディス曲を送るようになる。今っぽいラップとのファーストコンタクトだ。現在は既に削除されているが、そのうちサウンドクラウドに学校へのディスソングなどをアップロードするように。彼の父親もシンガーのため(Lil Teccaは父の曲を聴いたことがないらしい)音楽への道も近かったと思われる。

彼の発言からは時折群れることを好まない表現を感じるが、12歳の頃に引っ越しをしたことが影響しているかもしれない(外で遊ぶことが多い一方で、ビデオゲームにもかなりハマっていた模様)。No Jumperのインタビューでも全く違う環境に来たと話しており、人と繋がることがそこまで好きじゃないと話している。まだ若くキャリアが短いことも関係あるが、自分の曲にゲストを呼んだり、逆に他のアーティストの曲に参加することも少ない。

「Chief Keef以外とは曲を作らない」といったツイートからも、自分の認めた人以外とはあまり関わろうとしないように見える。そして彼の認めている人物像も、Lil Tecca自身と同じく、若くしてキャリアを積み上げた人に偏っている印象。尊敬するアーティストはChief KeefやSpeaker Knockerz。最近は、Lil Moseyとのリークと思われる楽曲も出回り、10代を中心としたムーブメントを作ろうとしているようだ。シカゴの楽曲を好んで聴いていたことで、彼のスタイルにも影響を与えており、同じくシカゴで活動するCole BennettとLil Jake(どちらもLyrical Lemonadeのテイストメイカー)には、惹かれるものがあったかもしれない。

サウンドクラウドにポストを始める

本格的に楽曲制作のペースを上げたのは2018年だが、2017年の4月からサウンドクラウドに楽曲をポストするようになる。幼馴染でありラッパーのLil Gummybearをフィーチャーした「Tectri」が、見つかる限りでは最も古い彼の曲だ。

彼名義のアカウントで最初にアップされた「No More」、ここから彼のド・ドドンパのようなキャリアが始まっていく。彼はこの曲をリリースした後、インスタグラムやサウンドクラウドで多くの人が聴いてくれていることを実感し、音楽の道で成功できると確信したそう。そして継続的に曲をリリースしていく一方で、Lil Teccaは1つの曲を見つけることとなる。

その1曲とは、現在17歳のトロント出身、LB Spiffy(LB)がリリースした「My Phone」。たまたまこの楽曲を見つけたLil Teccaは何度もリピートするほどハマったそう。そして、似ているビートを探しインスタグラムにポストされたのがこの曲だ。(この曲が彼自身のアカウントからストリーミング&サウンドクラウドにポストされていないのは、意図して真似ているのを理解しているからだろう)

ふとオンラインに乗せた1曲が、後々彼の人生を変えることになるとは誰も想像していなかった。

炎上、そしてトロントとのビーフ

LBは、トロント出身で今最も影響力のアーティストであるDrakeが、彼の曲をポストしたことで、一気に注目を集めた。全米規模とまではいかないが、トロントではある程度の人気があることは確かだ。

トロントという都市は、Drakeのおかげもあり、HIP HOPが盛んな街としてここ数年で認知されるようになった。そしてその盛り上がりを影で支えていたのが「6ixbuzztv」であり、今回の事件の発端だ。

どういうわけか、「Callin'」を見つけた6ixbuzztvは、LBとLil Teccaの動画を交互に並べ、Lil TeccaがLBのフロウをパクったとインスタグラムにポストした。

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あまり知られていないかもしれないが、6ixbuzztvはトロント専門の情報アカウントで、トピックはHIP HOPだけでなく、スポーツや事件など様々だ。信頼できる情報ソースとして人気であり、DrakeやKilly、Bakanotnice、Roy Woodsなどトロント出身のアーティストの多くがフォローしている。情報アカウントにしては珍しく(最近は増えてきたが)鍵垢のため、内輪的で仲間意識の強いアカウントの印象を受ける。

ある朝、起きるとなぜか5000人もフォロワーが増えていたLil Teccaは、当時存在自体知らなかった6ixbuzztvのせいだと気づく。これを面白がったLil Teccaはインスタグラムを通し、トロントをバカにするミニ闘争が勃発した。インスタライブを通して行われた小競り合いは、わざと訛りのある英語で返して混乱させたり、「Jane(トロント北西部でLBの地元)に着いたぞ! 」とデタラメ言ってみたり、永遠に釣り続けたLil Teccaの勝利に終わった(果たして勝利と言えるのか)。トロントベースのYoutubeチャンネルである「We Love Hip Hop Network」からはコメディアンと言われる始末である。ただ、彼のパーソナリティーを知るにはインスタグラムはもってこいの場であった。最初は批判的であったものも、徐々にLil Teccaにフォロワーが流れていくようになり、一瞬でLBのフォロワーを抜いてしまう。現在は6ixbuzztvとほぼ同数の100万フォロワー越えだ。

この「Callin'」の他にも、Minor2goのループをサンプリングした「Rags To Riches」(Roddy Ricchの「Every Season」と同じサンプル)や、トロントとのビーフ直後にリリースされた「Count Me Out」など、確実にヒットを積み重ねた。その中でも「Did It Again」と「Molly Girl」はバンガーだった。この2曲は、Juice WRLD、XXXTentacion、Lil Uzi Vertらといくつもヒットを作り上げたNick Miraと、Lil Skiesのパートナーとしても知られるMenoh Beatsを起用しており、ビート選びにも力を入れてきているのがわかる。この2曲のバズをきっかけにLyrical Lemonadeのアンテナにも引っかかることに。3月に行われたSXSWのラインナップにも、しっかりと組み込まれており、10曲ほどのリリースしかない状況でも既に高い評価を得ていたことがわかる。

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そしてリリースされた「Ransom」は、彼の人気を目に見える数字として表した。

「もし1曲気に入らなくても、他の曲で好きなものがあるはずだ」

彼のフロウはとにかくユニークだ。彼の曲を聴けばわかるが、どのフロウもキャッチーなメロディーが存在し、少し気怠く発される声ととてもマッチしている。「Ransom」では、「俺のフロウを盗もうとしてくる。だから身代金を取るんだ」とラップ。その1行前の「ブロゥオゥオゥ」の笑えるほど耳に残るラインを聴けば、身代金を要求したくなるLil Teccaの気持ちが少しわかるだろう。この記事をしっかりと読んでいた方は気づいたと思うが、「俺のフロウを盗もうとしてくる」とラップしているのだ。皮肉なものである。(シュガーヒルギャングかな笑)

曲自体は彼の人生の一部

私が個人的に思うに、彼の魅力は曲だけだと80%ほどしか楽しめない。どういうことやねんと思うかもだが、落ち着いていただきたい。残りの20%は彼の人間性を知ることで埋めることができる。

上リンクは、歌詞のほとんど嘘なことを丁寧に説明しているぶっ飛んだ動画だ。「フランスなんて行ったことない」「車どころか運転すらしない」歌詞とは正反対のコメントだ。おそらく日本に両親が行ったのも嘘だろう。

さぁここで問題となるのが、この発言を受けて彼はフェイクなのか、リアルなのかという点だ。あろうことか、彼は最終的に全てを包み隠さず話している。もし曲で完結したと考える場合は、彼はフェイク野郎で間違いないだろう。ただ私はそうは思わない。

なぜなら彼のラップを始めたきっかけまで遡っても、軸自体は全くブレていないからだ。Lil Teccaはラップを通して、人生を楽しもうとしている。もともとジョークのつもりでXBoxで始めたラップは、フォロワーが増え人気が出ても彼の原点であり、変わらない部分だ。楽しむ心から生まれたエナジーが、音楽を通して我々にも伝わっているだけである。

出身がニューヨークであるため、Lil TJayやA Boogie Wit Da Hoodieら同世代のNYラッパーと比べられるが、厳密には彼の出身はニューヨークではない。インターネットだ。XBox時代に会った友達は(NYとは正反対のロサンゼルスに住んでいる)今でも友達だと語っており、彼の育った場所はそこである。HIP HOPを長年観察していた人には奇妙に思えるかもしれない。ただこれは今まで流れてきた時間の結果であり、流行だ。私はそんなLil Teccaの音楽が大好きであるし、サポートしたいと思う。

We Love You Tecca〜

アルバムは制作中とのこと。どんなデタラメが飛び出してくるのだろうか。楽しみである。


written by Yoshi

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