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日常

夜でもなければ、朝でもない。10月の4時45分はそんな時間帯だ。日の出前の空はまだ暗闇に包まれていて、立ち並ぶ家々はひっそりと、まだ眠りに包まれている。

スマホのピピピピッ・・・というアラームが静まり返った部屋に響いた瞬間、僕は読み上げられたカルタの札に誰よりも早く手を伸ばすかのように、枕元に置いたスマホにさっと手を伸ばす。スマホのアラームが繰り返し何度も「起きろ、起きろ」と言う前に、すぐさま画面をタップしてアラームを止める。

シングルとセミダブルのマットレスを繋げた広いベッドの左端で縮こまるように眠っていた僕は、ベッドの反対側に目をやる。2つのマットレスの境目にはまり込むように、2歳の息子はすやすやと寝息を立てている。かけてあったはずの小さな布団は、案の定どこかへいってしまったらしい。その向こう側には、やや猫背気味にこちらに背を向けて眠る妻の姿が見える。よかった。二人とも4時45分のアラームには気づいていないようだ。

僕は音も立てずにスッと起き上がると、ベッド脇のテーブルの上に置いたノートパソコンを充電ケーブルから外し、スマホとともに小脇に抱えてリビングダイニングへと移動する。ここは小さな2LDKの賃貸アパートの一室である。故に、ダイニングテーブルのすぐ傍にある引き戸の向こう側は、まだ夢の中にいる息子と妻が眠る寝室だ。僕は二人を起こさないように、リビングダイニングと寝室を隔てる中途半端に開いた引き戸を閉める。引き戸を引くかすれた音だけが部屋を包む。まだ夢の中にいる二人に灯りが届かない配慮をしてから、ダイニングの薄暗い灯りをつけた。

僕はリビングでパジャマ代わりにしているスウェットを脱ぎ捨て、前日にソファの上に出しておいた濃紺のジーンズを履き、白いオックスフォードシャツに袖を通す。服は選ばない。悠長に選んでいる時間はない。と言うか選びようがない。着る服はこれしかないのだ。シャツのボタンをとめながら、靴下を出し忘れたことに気づき、寝室のすぐ脇に置いてあるクリアケースからスニーカーソックスをそっと取り出す。暗がりの中でも靴下がどこにしまってあるかは体が覚えているからすぐに見つけ、立ったまま器用に足先を通す。

着替えが終わったら息つく暇もなく朝食の準備をする。ホームベーカリーで焼いた自家製食パンを好みの厚さにスライスし、1枚用の小さなトースターに放り込む。ダイヤルをセットしてジィジィジィ・・・というタイマー音が鳴り始める。次の動作へと急き立てるカウントダウンの始まりである。

時計は4時48分。昨夜セットしておいたミル挽きコーヒーマシンが動き始める。毎朝、深煎りの豆を挽いてコーヒーを淹れてくれるコイツは、僕の忙しい朝をサポートしてくれる頼もしい相棒である。分単位でタイマーセットできるところがいちばんのお気に入りだ。ミルで豆を挽く時間は1分ほどだろうか。静まり返った部屋に電動ミルのモーター音と豆が砕けるザラザラした音が混じりながら響いている。日中に聞いてもうるさいなと思うこの音は、静まり返った部屋では余計にうるさく感じる。妻と子供が目を覚まさないか気になるが、もう慣れたのか、もともと気にならない音なのか、定かではないが、この音で目を覚ますことはないらしい。

トーストとコーヒーの出来上がりをのんびりと座って待っている暇はやはり、ない。キッチンでの作業を済ませたら洗面所へそそくさと移動し、顔を洗い、髭を剃り、寝癖を直して髪をセットする。キッチンから洗面所へ向かう途中にあるお手洗いを経由して、再びリビングに戻る頃にはトーストとコーヒーは美味しく仕上がっている。リビングの中にかすかに香るコーヒーの匂いが心地よい。食器棚から白い丸皿を取り出してトーストをのせる。トースターのすぐ横にある巨大な冷蔵庫から小さなイチゴジャムの瓶を取り出し、引き出しの奥で眠るスプーンも引っ張り出して食卓へと運ぶ。コーヒーは北欧デザインが可愛いいつもの大きなマグカップへ。香ばしいコーヒーの香りがさらに部屋中に広がる。

熱いコーヒーをすすりながら、イチゴジャムを薄く塗ったトーストにかじりつく。朝食のお供はもっぱらスマホである。夜10時に寝て朝5時前に起きる生活をする人はこの働き盛りの世代で、そう多くはないだろう。そんな僕のスマホでは、朝からSNSアプリたちが「私を見て、僕をタップして」と言わんばかりに赤いバッジを付けてこちらに訴えかけている。僕はその声なき声に答えるようにひとつひとつ、SNSアプリを起動して通知の内容を確認する。あまり見入ってしまうと朝食が進まないので、サラッと目を通すだけである。

そうこうしているうちに、時間は5時10分を過ぎている。トーストを食べ切ってもなお少し残っているコーヒーは既に冷め始めている。やや流し込み気味に最後のコーヒーを飲み干したら、マグカップとトースト皿をシンクへと持っていく。食洗機に放り込んで洗っておきたいところだが、やはりそんな時間はないので浸け置きしておくだけで済ませる。

食器を片付けたら再び洗面所へ向かう。まだコーヒーの余韻が残る口内に、歯磨き粉を薄くのせた歯ブラシを突っ込み、手短に歯磨きを済ませる。リビングに戻ると時計は5時15分。間も無く出発の時間である。

僕はフル充電のノートパソコンをカバンに突っ込み、スマホをジーンズの左後ろのポケットに、ハンカチを右後ろのポケットに、それぞれ仕舞った。首にはノイズキャンセルイヤホンのネックバンドをぶら下げ、カバンの中から定期ケースを取り出す。これを忘れては困るので、出発前に毎朝確認して、ジーンズの右のポケットに仕舞う。

ダイニングの灯りを消すと、部屋は再び暗闇に包まれた。まだまだ、日の出前の時間である。3wayカバンなのにリュックとしてしか使っていないやたら丈夫な通勤カバンを背負って、リビングと寝室を隔てる引き戸をそっと開ける。

そして、小さな小さな声で、まだ夢の中にいる妻と息子に「行ってきます」を言う。バタバタと朝の支度をしている間に起こさなくてよかったという安堵感と、朝の別れを告げるときにまだ二人は夢の中にいるという少しの寂しさを感じながら、僕は二人に小さく手を振ってその場を後にする。

玄関で“N”の文字がトレードマークのいつものスニーカーに足を滑り込ませる。玄関のドアを開け、涼しい空気感を感じながら外へ出たら、ドアノブを握ったままそっと玄関の扉を閉じる。ドアノブがキュッと鳴くのが最近気にはなっているが、定期ケースにぶら下げた鍵でロックをかけた次の瞬間にはもう忘れている。

そして僕は駅へ向かう。まだ月が天高く輝いている。東の空の低い位置は、少しだけ茜空が顔を出し始めている。少し明るくなった東の空を見て、ようやく今日の天気を知る。

「秋晴れだなぁ。だいぶ涼しいなぁ。やっぱり10月は好きだなぁ。」

そんな他愛ないことをポツポツと思いながら、月灯りを眺めながら、今日はnoteに何を書こうかなと考えながら、僕は駅へと歩む。

これが僕の、日常だ。

* * *

・・・と、僕の朝の日常をただただ書き綴ってみた。ちょっと小説っぽい感じを意識して。“っぽい”感じになってるかどうかはわからないが。小説なんて書いたことないし。でも、急に、そういう文章を書いてみたくなった。

小説ではないが、ちよまつさんのnoteを読んでそう思ったんだ。やってみたいと思ったらとりあえずやってみるのが、僕みたいなマルチ・ポテンシャライトという気質である。

でも、書いてみて、周りの風景やひとつひとつの動作を描写するのってすごく難しいなと感じた。しかも、3000字オーバーって長すぎる。ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

自分の表現力の乏しさにも改めて気づく。やっぱり、書いてみて気づくことは多いなぁと、改めて感じた。

このnoteは、日々の暮らしの中の気づきや学びを、短い文章で綴っています。何気ない気づきが、あなたの学びや行動につながれば幸いです。

お気持ちだけでも嬉しいです。ありがとうございます!