VOCALOIDに感情はいらない

●はじめに~VOCALOIDに感情はいるか

VOCALOIDが登場して10年以上が経ちます。
歌詞とメロディーを入力するだけで、コンピュータやスマートフォンなどで歌唱を作り出せるという革新的な音声合成技術は多くのクリエイターたちを刺激し、ニコニコ動画を中心としてたくさんの作品を生み出してきたとともに、世に数々の問いをなげかけてきました。
そのなかでももっとも重要なもののひとつがVOCALOIDの歌声と感情についてでしょう。
ネットでもいろいろなところで言及されています。

初音ミクとキズナアイ——声の「感情価値」がつなぐバーチャルとリアル|FINDERS
https://finders.me/articles.php?id=145
「ボーカロイドは機械なので人を感動させることはできません」心無い教師の言葉に対する反論が美しい - Togetter
https://togetter.com/li/1152529
ボーカロイドの歌声には感情がこもっているか? - Togetter
https://togetter.com/li/1058727

また近年、一部のリスナー界隈で話題となっている「イノセンス」論にも、VOCALOIDの歌声と感情の問題は深くかかわっています。

ボーカロイドとイノセンス|キュウ|note(ノート)
https://note.mu/rooftopstar/n/nbf5d12b2bdd6

なかには機械であるVOCALOIDは感情がないから歌声に感動できないという意見が見られますね。
はたまた、VOCALOIDが歌う原曲に比べ、人間の歌手によるカヴァーのほうが感情が感じられないといったような、一見突飛な意見もあります。
ときどき思い出したように随所で噴きあがるこの議論は、感情的な意見や字句を弄した言葉遊びのような批判をうみこそすれ、いまだ決定的な結論が出ないままでいるように思います。

しかし今、この問いを解決に導くかもしれない、示唆に富むプロジェクトが大阪大学で進行しています。
それは石黒浩と平田オリザらによる「ロボット・アンドロイド演劇」プロジェクトです。
今回は「ロボット・アンドロイド演劇」プロジェクトの紹介を通じて、感情・心とは何か、そしてVOCALOIDがひとびとを感動させるには人間のような感情・心が必要なのかについて考えていきましょう。


●石黒浩と平田オリザ

「ロボット・アンドロイド演劇」プロジェクトは大阪大学を舞台に、当時の総長・鷲田清一の紹介で邂逅したふたりの天才—ひとりはアンドロイド研究の世界的な第一人者・石黒浩、ひとりは現代演劇界の旗手である劇作家・平田オリザらの共同プロジェクトです。
まずはお二人のプロフィールをご紹介しましょう。

石黒浩

▲自身をモデルにしたアンドロイド「イシグロイド」と著書の宣伝をする石黒浩、まるで漫才だ

石黒浩はCNN「世界を変える8人の天才」やSynetics社「生きている天才100人」で日本人最高の26位に選ばれるなど、いま世界的な注目を集めているロボット工学者です。
現在、大阪大学では基礎工学研究科で教鞭をとります。
すこし前に話題になった「マツコロイド」、「徹子ロイド」の監修者といえばすこし身近に感じていただけるでしょうか。
そのほかにもボンボンの大阪人ならご存じ、大阪髙島屋で1枚1万円のカシミヤセーターを30人に売りつけたとの悪評をとる「ミナミちゃん」、
またボンボンでない大阪人でもご存じ、桂米朝ご本人をして「キショい」と言わしめた「米朝ロボ」の開発者としても知られているのではないでしょうか。
以上のようなロボットを作っていることからもわかるとおり、石黒浩は、なにか明確な用途がある、直接的に人間の役に立つロボット—たとえば、人間には立ち入れない危険な場所へ行って作業するロボットや、自動車を組み立てるロボット—を研究・開発しているわけではありません。
ロボットの見た目や動作をより人間に近づけていくなかで、人間の認知機能を解明する、人間の本質とは何か問うている、いうなれば哲学するロボット工学者なのです。

平田オリザ

▲平田オリザに密着した想田和弘『演劇1』、『演劇2』予告編
(余談だが、私がDVDを買った数少ない映画で、オールタイム10選には必ず挙げている)

平田オリザは現代演劇界を代表する劇作家・演出家で、主宰する劇団「青年団」には志賀廣太郎や古舘寬治など、ドラマや映画、CMでも目にする有名俳優が所属しています。
現在、岸田國士戯曲賞の審査員もつとめています。
よいこのみなさんには本広克行監督、ももいろクローバーZ主演『幕が上がる』の原作者として、その名に覚えがあるかもしれません。
右翼か左翼の方には民主党政権時代の内閣官房参与、国際交流担当として、その名に傷がうずくかもしれません。
最近では橋下徹とバトっていました。
そういえば水野しずになりたくて新宿ゴールデン街で働いているサブカル系美大女子なら宮沢章夫の、NHK Eテレ『ニッポン戦後サブカルチャー史』でたびたび取り上げられている(そもそも平田オリザを最初に広く紹介したのは宮沢章夫)のでもちろん知っていますね。
ロマン優光派であればその限りでもないでしょうが。
近代以降、西洋演劇の輸入・翻訳に腐心しすぎたことで見失ってしまった、日本人の感覚や論理構造、言葉による演劇を志向する「現代口語演劇理論」を提唱しています。
また近年は教育の現場にもたずさわっており、近代的な「対話(=dialogue)」を軸に、新しいコミュニケーション論を展開しています。
大阪大学にもコミュニケーションデザインセンターの客員教授として招聘されていました。


●ロボットの演技で人は泣く

哲学するロボット工学者・石黒浩、演劇を通して人間や社会を観察する演劇人・平田オリザ、そんなふたりが共同制作するロボット・アンドロイド演劇とはどのようなものなのでしょうか。

ここで2011年2月、国際舞台芸術ミーティング中の神奈川芸術劇場で上演されたロボット演劇『働く私』の実況映像をご覧ください。

ロボット演劇『働く私』

作・演出:平田オリザ
テクニカルアドバイザー:石黒 浩(大阪大学&ATR石黒浩特別研究所)

〝人間にとって「働く」とはいかなることなのか—
働くために作られたロボットが働けなくなった状態を通して考える。〟
—青年団公式サイト・公演案内より

ここではwakamaruという、どちらかといえば人間には似ていない、いかにもロボット然としたロボットが登場し、人と共に暮らす、近未来の生活の様子が描かれています。
互いを気遣い合う会話を通して、「人間らしさ」や人とロボットの境界線を問いかけています。
ときにロボットの人間のような発言が会場の笑いを誘います。

続いて同じく2011年2月、神奈川芸術劇場で上演されたアンドロイド演劇『さようなら』の実況映像をご覧ください。

アンドロイド演劇『さようなら』

作・演出:平田オリザ
テクニカルアドバイザー:石黒 浩(大阪大学&ATR石黒浩特別研究所)

〝人間にとって、ロボットにとって、生とは、そして死とは…
実在のモデルそっくりに作られたアンドロイド「ジェミノイドF」と人間俳優が共演。
〈演劇×科学〉の融合の臨界点を示す、最新短編作品。〟
—青年団公式サイト・公演案内より

さきほどのwakamaruよりも人間に近い風貌をもったアンドロイドが登場します。
一応、間違えないよう、舞台下手がアンドロイドです笑
この劇では、死を前に床に臥す主人を励ますために、アンドロイドが谷川俊太郎や若山牧水、チェーホフを朗読しています。

これらのロボット・アンドロイド演劇は、国内は北海道から沖縄まで、海外はオーストリア、ドイツ、イタリア、フランスで上演され、好評を博しています。
実際、ご覧になって皆さんはこのロボット・アンドロイドたちをどう思ったでしょうか。
果たして感情を持たない機械が人間を感動させることはできるのでしょうか。
ロボット・アンドロイド演劇プロジェクトは上演のたび観客にアンケートを実施していますが、その回答から驚くべきことがわかりました。

〝2011年8月から2012年6月にかけて日本国内で実施した公演時のアンケートにおいて、どのような項目について、聴衆にポジティブな印象を抱かせることができたかを評価したところ、「アンドロイドは人間らしい感情をうちに秘めているようだった」に対して、ポジティブな回答は58%であったのに対し、ネガティブな回答は16%程度であり、広い対象に対して、人間らしさを感じさせる表現が実現できていたことが分かる。〟
—平田オリザ、石黒浩らによる解説論文『ロボット・アンドロイド演劇の工学・科学・芸術における意味』より

なんと観客の半分以上が「アンドロイドは人間らしい感情をうちに秘めているようだった」と回答しているというのです。
また、そのようなアンドロイドの演技に対し、つぎのような回答も得られました。

〝また「アンドロイドの姿はこの上なく美しかった」という設問に対して71%(12%)、「アンドロイドの話す言葉はこの上なく美しかった」に対して65% (12%)、「アンドロイドの心はこの上なく純粋であると感じた」に対して66%(13%)がポジティブ(ネガティブ)に回答していた。〟
—平田オリザ、石黒浩らによる解説論文『ロボット・アンドロイド演劇の工学・科学・芸術における意味』より

「この上なく」という極端な表現の設問にもかかわらず、多くの人がこれを選択しています。
感情を持たないはずのロボット・アンドロイドに人間らしさを感じ、感動する。
これはいったいどういうことなのでしょうか。


●VOCALOIDに感情はいらない

感情を持たないはずのロボット・アンドロイドによる演技が「人間らしい感情をうちに秘めているようだった」うえに「アンドロイドの話す言葉はこの上なく美しかった」、「アンドロイドの心はこの上なく純粋であると感じた」—こうした一見、奇妙におもえる現象はなぜおこるのでしょうか。
人間を感動させるのに、本当に機械に感情が必要なのでしょうか。
そもそも感情、心とは何なのでしょう。
石黒浩は自著『アンドロイドは人間になれるか(文春新書)』のロボット・アンドロイド演劇に関する章で感情、心についてつぎのように語ります。

〝演技をするロボットのなかに、心のメカニズムがあるのではない。心とは、他者との関係性のなかで「感じられる」ものだ。心は、見る者の想像のなかにある。〟
—石黒浩『アンドロイドは人間になれるか(文春新書)』

石黒浩は、実は感情や心とは人間や何か送り手に確かに火のように宿っていて、その様態をわれわれ受け手が過たず読みとっているのではなく、われわれ受け手が表情や声などから勝手に想像し作り出しているものにすぎないというのです。
たとえば、みなさんも表情や声から「あれ?このひと怒ってるのかな」と思って「怒ってる?」と聞くと「え?怒ってないよ、考え事してただけ」と言われ、安堵したことはありませんか。
感情とはこの「あれ?このひと怒ってるのかな」と思ったそのとき、相手に「怒り」を見出し想像しているものそれなのです。
このとき重要なのは、相手に実際、感情や心があるかないかではなく、受け手がそこに感情を想像することなのです。
受け手が相手に感情や心を見出し想像する条件について、石黒浩はつぎのように語っています。

〝心に実体はない。実体がないのに「あるように見える」のは、複雑さを感じさせるからである。ロボット・アンドロイドにしろ人間にしろ、ある程度以上に機構が複雑になると、なぜそれが動いているのか、いかにしてこんな動きをしているのかがわからなくなる。だから、そこに何かがある、と思いたくなるだけなのだ。〟
—石黒浩『アンドロイドは人間になれるか(文春新書)』

石黒浩は、単純な動きをするものには感情を想像しにくいが、その動きが複雑になっていくほど、感情を想像しやすくなるといいます。
たとえば、右手にある積み木を左手に積み替えていくロボットがあったとしましょう。
淡々と単純な作業をする姿にわれわれは感情や心を見出すことはないでしょう。
しかし、これにすこし複雑な動作を加えるとどうでしょう。
積み木を積み替えていくときにロボットがいちいち色や形を確認したり、ものによってはその積み木を何度も撫でたり、あるいは投げ飛ばしたりしていたらどうでしょう。
さらに10分経つごとに仕事を放棄して5分間、外をぶらぶらしていたらどうでしょう。
このロボットはある色が好きで、ある色が激しく嫌いであんなことをしているんだなと人々は想像する、さらにえらく飽き性なんだなと想像する—もうたくさんの人々はそこに感情を見出すでしょう、ルンバにも心を見出すような人間ですから。

これらはそのままVOCALOIDにもいえることです。
ここで「機械であるボーカロイドの歌声は人を感動させることができるか」に対する回答を考えて見ましょう。
機械であるボーカロイドの歌声は、人を感動させることができます。
ただし、機械然とした歌声、ベタ打ち(メロディや歌詞を打ち込んだだけの状態)のままの歌声に感動することは少ないでしょう。
聴く側の想像を豊かな歌声にすることが必要です。
それはこまめなブレスであったり、微妙なヴィブラートやこぶし、しゃくりあげ、ずれなどの細かな調声です。
こうした細かな調整が積み重なっていくと、人間はそこにだんだんと感情を見出し想像していくのです。
そして、ボーカロイドの歌声に感情を見出したとき、ひとは感動します。

最後にもう一つ、条件があります。
歌声に感動するにはわたしたちのなかに感情がなければなりません。
ただ、VOCALOIDに感情はいらないのです。


●おわりに

突然ですが、こちらの曲をお聴きください。
自分の曲で恐縮ですが、このなかに生演奏の録音でない、いわゆる「打ち込み」のパートがあります。
どのパートかお分かりになるでしょうか。

Remember feat. 初音ミク/ 平田義久

ヴォーカルの初音ミクはもちろん打ち込みですね。
それ以外のパートはどうでしょう—アコースティック・ギター、エレクトリック・ギター、ベース・ギター、ドラムス、ピアノ、シンセサイザー、ストリングス。
これは私もよく言及しているのでご存じの方も多いかも知れませんが、全パート打ち込みで作られています。
すなわち、生演奏を録音したパート、あるいはステップ入力によるパートはひとつもなく、何もない無音の状態からマウスのクリックだけですべて形づくられた音楽だということです。
音楽をやっている方、やってない方を問わずこのことに気づかないひとは多いです。
ドラムは打ち込みでも、ギターかピアノは実際に弾いていると思われていたり、たまにマルチプレーヤーであると思われていることもあります。

何が言いたいか。
VOCALOIDはこの程度まで実際の人間の歌声に近づくことができるということです。
音楽をやってないひとが、いや、ときに音楽をやっているひとでも、打ち込まれた楽器の音をそう見抜けないのと同じように、ひとびとはVOCALOIDの歌声と人間の歌声に区別をつけられないようになるでしょう。
VOCALOIDは人間の歌手と遜色ない存在になる—それどころか人間の歌手には到底、歌えないような速さ、音程の曲も簡単に歌いこなします。
しかしVOCALOIDはそんなに高価なソフトではありません、2万払えばお釣りがきます。
一度、購入してしまえば昼夜問わず歌わせることができます。
しかも、恐るべきことに音や歌詞を間違えない。
スタジオにケータリングを用意してやる必要もなければ、収録の約束をすっぽかしたり、アイツとやっただのやってないだのとバンドを解散の危機に追い込むこともありません。
(ボカロPの死後、「彼が生きていたならきっとこう言ったと思うわ」などとイタコになることもないでしょう。)
さて、そうなると人間にしかできない歌とは何なのでしょうか。
もしかすると今後を考えるべきなのはVOCALOIDではなく人間のほうかも知れません。


●読んでみよう・みてみよう
平田オリザ『現代口語演劇のために(晩聲社)』
平田オリザ『演技と演出’(講談社現代新書)』
石黒浩『アンドロイドは人間になれるか(文春新書)』
石黒浩『人はアンドロイドになるために(筑摩書房)』
石黒浩『僕がロボットをつくる理由(世界思想社)』
想田和弘『演劇1』・『演劇2』


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アートワーク:グスタフ・クリムト『ヘレーネ・クリムトの肖像』
テキスト:平田義久


●平田義久

平田義久(ひらたよしひさ、1996年2月6日-)は広島県広島市出身のボカロP、作曲家、映像作家
在住する横浜市を中心に作曲、劇伴制作、選曲、映像制作、出演、著述、デザインなどの創作活動をしている

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平田義久

VOCALOIDリスナーのためのワークショップ

実例をもちいた楽曲の解析により基礎的・応用的な知識を得ることで、批評性をもった、より能動的な鑑賞ができるようになることを目指します。 アートワーク:七夕『出逢いはCDショップで』
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