登山はつらいよ

つらくない登山を経験したことはない。

特に私は、子供の頃から運動神経も良くないし体力もないから、人よりもすぐ疲れてしまう。

登山道は、普段歩いている平坦なアスファルトの道とはわけが違う。

ちょっと傾斜がつくだけで息はすぐ上がるし、ゴツゴツした岩や木の根っこに足を取られそうになって、おっかなびっくりだ。


心臓が早い。

血行が良くなるからか、頭が痛くなることもしばしば。

太ももが思ったように上がってくれない。

ゆっくりゆっくり登っても、汗は全身から吹き出す。

頂上につく頃には、顔全体に塩が精製されていて驚く。


山に登り始めるとすぐに、

「なんでこんなつらいことしてるんだろう。帰りたい。」

と思ってしまう。それも毎回だ。

なのになぜ、私は登山を続けているのだろう。

人に聞かれたらとりあえず「楽しいから。」と言ってはいるが、そもそも登っているときは死ぬほど辛くて疲れているのに、どこから楽しいなんて言葉が出てくるのだろう。

「ドMだよね。」

自虐で返してみたりもするけど、私ってドMなんだろうか?自覚がない。


前にnoteに書いたことがあるが、つらいことも幸福への一歩だと考えればそれは幸せなのだという銀河鉄道の一節が好きだ。


私はいつまでも自分の中にある理想像を追い求めていたいと思う。

「重い荷物を背負って、たった一人の力でここまで来た!」

と、自信ありげに山頂の景色を眺めている自分の姿。

イメージ通りの理想像は、登山をしているときの自分にピッタリと重なる。

登山しているときの自分は、最高にかっこいい。

だから、そこにたどり着くまでのつらい登りの道も理想に近づくための必要な努力と思えるのだ。


が、しかし、本当にキツい時にそんなキレイ事は一切思っていない。

「ふざけるなー!なんでこんな急登ばっかりなんだよー!!」

と、自分が好きで登っているのに頭の中でキレている。

地図を事前に確認しているのに、キレている。


そうこうしながらも登っていると、徐々に快感になってくるタイミングがある。

ランナーズハイ状態に近い。何らかの快楽物質が脳内でドバドバ出ているのだろう。

そうなれば無敵で、サクサクと進んでいくことができる。

(ただし、栄養補給や水分補給を忘れがちになるので注意が必要だが。)


登山はいつもつらい。

しかし、後になるとそのつらさを完全に思い出すことができない。

「楽しかったな~。次はどの山に登ろうかな?」

完全に、つらかったことだけ頭から抜け落ちている。



快楽のみ覚えているって、やっぱり変態?

結局、私がつらくても山に登るのがやめられないのは、ドMだからかもしれない。


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吉井七実@あいづの山のぼりライター

うしとかえるをオトモに山登りする人。 福島県会津若松市在住のブロガー&WEBライターです。 2019/5/7 note開始!日記っぽいことを書きます。 ブログ https://muccarana.com/ Twitter @dvanchangos
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