人生で1番あたたかい時間



人生で一番あたたかい時間


今まで○さんについての恋心を走り書いて来て、けれどもそれはやっぱり悲しい気持ち、ネガティブな感情の方が多いことに、苦笑してしまう。

わたしがこの恋を、頑なに片恋だと言うのは、○さんにとってはもしかしたらキツいのかも知れない。けれど、そもそもこの文章を○さんが読むことは無いのだから、それは杞憂だ。

恋愛経験値が微塵も無かった。その所為なのか、それとも或いはあったところで希有な恋愛なのかは、なんとも判断出来ない。まぁ、「変な恋」であるのは確かだと思う。良い意味でも悪い意味でも。

病院には娯楽が全くないわけでは無く、朝の6時から夜の9時頃までテレビがついている。それ以外も、トランプやオセロ、将棋なんかも在るし、本もちょっとは置いてある。

あの人と出逢ったときの入院の時は、わたしはテレビどころか、ホールにすら殆ど出ずに、自室で絵を描いたり、本を読んで過ごした。

けれども、たまにテレビを見ていたとき、○さんと全く同時に、それぞれのリアクションを口にしていて、それがなんだか嬉しかった。あるいは、片方がテレビに何かツッコミを入れて、その後を追うようにもう片方が更に一言言ったり。でも、それは決して会話ではなく、けれども、妙に楽しかったのを覚えている。

レクリエーションでは、いつもあの人は他の誰よりも上手かった。どんなレクでも、元から体育会系で運動神経が良いのが関係するのかは分からないが、誰も出来ないようなクリティカルショットを、いくつも連発していた。本来狙えないような高得点を、取ってしまうのだ。それはもちろん感心したし、言ってしまえば格好良いとも思ったのだが、変なところで負けず嫌いなわたしは、その人の打ち方ややり方を観察して、けれどもそれを自己流には落とし込み、なんとか張り合おうとしていた。わたしにショットの安定感は残念ながら無いのだけれど、集中力が発揮されたときのみ、妙なミラクルショットが出ることはあった。例えば、もうこのままではどうしたって負ける、と言うときに、ある意味博打ではあるが、敵の玉も味方の玉も一掃する、自分でも何処を狙って打ってやっているか分からないようなショットだ。個人技では逆立ちしても勝てないが、チームとしてはわたしの方が上手くやって順位上勝てたこともあって、「○○○くんチーム強いな;」とか、「でも得点の上では俺の方が勝ってますよね」とか、ちょっと負けて悔しいのかな、みたいな発言を今でも覚えている。書きながら、ちょっと笑っちゃうくらいだ。

テレビの話に戻るのだけど、消灯時間が9時から9時20分になったりした。
大体の患者さんが就寝薬を8時30分頃に飲むから、そしてそれには大体睡眠導入剤や睡眠薬が入っているので、9時台まで起きている患者はまばらだ。ほぼ居ないと言っても良い。わたしも薬は飲んでいたので、最初の頃は眠気でフラフラだった。わたしはテレビが面白くなってくる夜だけはテレビを見ることもそこそこあり、けれども一番面白いのはここからと言うときには消灯なので、ちょっとやっぱり面白くない。けれど、それでも一時期は、夜はホールでテレビを見ていた。

フラフラな時も、身体が薬になれたのか、意識がちゃんとあるときも、夜だけはテレビにかじりつくのは、起きているのは大体あの人と数人だからだ。時々、あの人とわたしだけだったこともあった。スタッフルームに職員はいるし、たまに職員も一緒になって少しテレビを見るから、完全に二人きりではないのだけれど、それでも、今思い出すと泣きそうになるくらい、大切な時間だった。

おやすみなさいと、言ってくれるから。

フラフラで意識が朦朧としているときも、消灯の声がして寝ぼけ眼で
「おやすみなさい・・・○さん・・・」と聞こえるか聞こえないかで言ったときも
「おやすみ」って帰ってきた。

薬になれて、意識がハッキリしているときも、部屋に戻る寸前、同時に
「「おやすみなさーい」」って、言って、戻る。

テレビが面白いから起きていたのでは、多分、無いだろうと思う。少なくとも、わたしはそうだ。

一度、「おやすみなさい」をもうハモったのに、追いかけるようにもう一度、「おやすみ」と後ろから言われた事があった。……何か、意味があったのかもしれない。無かったかも知れない。…難しい。

会話を、した記憶が殆ど無い。だから、余計にわたしはこれは片想いだ、と思ってしまう。あの人はよく喋る。ムードメーカーだからいつでも周りに人が居る。

その輪に、わたしは入れなかった…入っても良かったかも知れない頃は、わたしから避けていたし、入りたくて仕方が無くなってからは、職員に話しかけるのを禁止されていた。

あちらから、話しかけられたことも、殆ど無い。



でもね、

こっちが、好きだから見ているだけにしては、視線が、ぶつかるなぁ、とか。
その度、ちょっと困ったように笑ったり、或いは嬉しそうだったり、ふて腐れてたり、バラバラだけど、でも、リアクション返してくれてたなって。
何回笑顔を向けてもらえたかは分からないけれど、でも、笑顔の頻度は、高かったなって。

食料車が運ばれる時間、一日3回、男子は男子棟、女子は女子棟に列で並ぶけど、列に並ばないで、でも距離はあって、お互いがお互いを、真正面見る時間があった。悲しいかな繰り返すけれど…距離はある。でも向き合えるのが嬉しかった。声は大きな声を出さないと届かないから、お互い発したことは無い。身振り手振りを、観察しては、わたしは真似るだけだった。今思うと何してるんだろうって思うけれど、でもその時はそれしか出来なかった。たまにわたしから何かアクションしたことはあっても、最終的には、自分の食事を運ぶ時間が来て、○さんが列に消えていく。不思議な時間。

わたしが階移動する日、最後のその謎の時間は、○さんをしっかり、見つめてから、(それでも何かを諦めるように)わたしが女子の列に並ぶことで、終わってしまった。いつもなら、ホールだけれどやや男子棟側にいた○さんが、何故か女子棟に近いホール側にいる。いつも通りと言えばいつも通りなのかも知れないけれど、なんかちょっとはしゃいでる。……錯覚だと、思うけど、なんだかかまって欲しそうに見える。いつも通りのようでいつも通りに見えない。けれどもやっぱりそれは、わたしが4階に上がる日だから、わたしがそう思いたかっただけかも、知れないのだ。

どんなタイミングだったかは、わからない。

わたしは作り笑顔が全く出来ないタイプで、写真が嫌いだ。カメラを向けられると、100%硬いと言われる。それを分かっていて、自覚して、初めて鏡の前で笑顔を練習した。○さんに逢ってから。笑顔を返されてから。それに、無表情で目を見返すことしか出来ないのが情けなくて悲しかったから。

お昼前、もう時間が殆ど無い事を理由にトイレの鏡の前でちょっと泣いてしまった。でも、最後になってしまうかも知れないあの人との時間、泣いて過ごすのも嫌だった。……笑いたかった。せめて、笑顔が記憶に残ってくれたらいい、なんて、そんなに上手くも笑えないくせに、もう一度鏡の前で、涙を拭って、独りで、笑った。

……どんなタイミングだったかは、わからない。
あの人が、いつもそんなに近くには、居ないあの人が、近かった。すれ違うだけの短い時間だ。食料車の不思議な時間の、延長では遭ったと思う。

出来る限り精一杯、綺麗には無理でも、想いを込めて笑ったつもりだった。あの人の記憶に残るかは、知らない。多分難しいだろう。でも、精一杯、笑った。



(いつも、笑顔をくれてありがとう、○さん……。)


もしも、なのだけれど、わたしが○さんに、恋、しているからこそ、他の人なら普通にしゃべれるのに、○さんにだけ普通に出来ないように。それが、○さんがわたしにも、そうだったのなら、面白いなって。……うれしい、なって。


でも、確認するすべが、ないの。
あの時確かにあたたかかった。人生で初めて、あたたかかったから、逆に怖かった。
それで、凄く愚かな時間、気持ちから逃げ回った。見ないふりした。蓋を閉じたかった。

やっと開けたら今度は、貴方の気持ちが、分からなくて、不安になった。
好きって難しいや。…今もわたしは、○さんが好きだよ。でも、次逢えるのは、途方も無く、先か、二度と無いかだ。



ねぇ、○さん、あの時だけでも、貴方は、わたしの事…ーーーーーーー



やっぱ、ちがうのかな… 自信、ないや。

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