ウェディングプランナーを女性の職業として確立させたい "株式会社ブライズママ代表取締役 宮崎千枝さん”

ウェディングプランナーという天職と出会い、それを女性の職業として確立させるべく活動されている、"宮崎千枝さん"からお話を伺いました。

宮崎千枝さんプロフィール
出身地:
福岡県北九州市
活動地域:福岡県
経歴:1865年創業の老舗旅館で、宿泊予約、企業総会、婚礼などを経験。
退職後はレストランウェディング、ホテルウェディング、カフェウェディング、 和婚など幅広い現場を経験。
現在の職業および活動:株式会社ブライズママ代表取締役。ウェディングプランナーとして、オリジナルのウェディングパーティーを構築している。
座右の銘:「すべてはお客様の幸せの為に」

「女性のハイステータスな職業を確立する」

Q1.宮崎さんが思い描くこれからの夢・ビジョンを教えてください。

宮崎千枝さん(以下、宮崎):ウェディングプランナーという、女性のハイステータスな職業を確立することです。女性が一人で子供を育てないといけなくなった時、きちんと子供を教育しながら収入を得られる職業をつくりたいです。

日本では大手の結婚式場が全てを取り仕切ることが多いため、ウェディングプランナーがまだまだ少ないです。一方、海外ではウェディングプランナーは業者とも対等にやり取りを行う必要がある、ハイステータスな職業です。

ウェディングプランナーを職業として確立するためには、まず私自身がプランナーとして活動し、知ってもらう必要があります。さらに、プランナーが活躍できる会場を作る必要があります。まだまだ大手の結婚式場ではプランナーが必要とされていない状態なので、まずはいろいろな会場に企画を落としこんで、プランナーが必要な会場を増やしていきます。結果、自立する人たちが増えていき、プランナーという職業が確立していくのです。

記者:新しい女性の職業を確立させるという、大きな夢をお持ちなのですね!

「問いかけ、考えさせることを大事に」

Q2.宮崎さんはどのような活動指針で活動をされているのでしょうか?

宮崎:小さなことであっても、決めたことを愚直にやり続けることが大事です。最初から大きいことをやるとうまくいきません。自分が行動可能な範囲を決めて「これだけは絶対にやる!」ということをやり続けることで必ず自分が楽になるんです。

ウェディングプランナーとして、企画・プランニング・プランナーの育成を仕事としています。

プランナーの大事な仕事は、業者さんの心に火をつけ燃え上がらせることです。「こうしたいんだけどどう思う?」と問いかけることによって、思い入れを引き出したり、課題を与えることで、業者さんから提案を引っ張り出していきます。押し付けではなく相手に考えさせることが大事なんです。

独立したプランナーを育てるためには、ノウハウの共有が必要です。1つの書類を見て、業者もプランナーもお客さんも全員がわかるものを作らないといけません。必要なものを全部網羅し、不必要なものを全部削った書類を作っています。

記者:答えを教えるのではなく、業者さんに考えさせ、行動の変化まで起こさせる質問力が重要なのですね。

「ウェディングプランナーという職業との出会い」

Q3.宮崎さんが「ウェディングプランナーという女性の職業を確立させる!」という夢を持ったきっかけは何ですか?

宮崎:ウェディングプランナーという、女性のハイステータスな職業との出会いがあったことですね。

2004年からウェディングプランナーとして働きだしました。職業として確立させたいと思ったのは、2013年にパリのウェディングフェアに出展したことが1つのきっかけでした。日本人では誰も行ったことがない事への挑戦が、私の心に火を付けたのです。

パリに行くとは決めたものの、持っていく商品が無いのでとても困りました。「どうしたらいいんだろう?」と考え「ここは白無垢という日本のものを持っていくしかないだろう!」と思い、衣装屋に「パリに行くんだけれど、白無垢と色打掛貸してよ。」とお願いして借りました。

娘に「無料でパリに行けるよ!」と言ってモデル役をお願いするなど、何とかして出展することができました。

パリに行って驚いたのは、海外でヒットするのが、色打掛よりも白無垢だったことです。「何てすごい衣装があるんだ!」「白無垢は見たことがない。」という反応がありました。さらに驚いたのは「白無垢は異次元のもの」と言われたことです。白無垢という、ウェディングドレスを超えるものが日本にあったのです。しかも「日本の文化は精神性を持っている!」ということでとても驚かれましたね。日本文化に独特なものは”道”で、心を磨いていくことが重要です。

フランスは西洋トップの文化を持っているというプライドがあります。そして日本に対して東洋トップの文化を持っていると認めています。日本に対して尊敬の眼差しがあったことがその場への居やすさにもなりました。

2013年当時は東京にもウェディングプランナーと名乗っている人は見当たらず、”ブライダルプロデューサー”と名乗る人が大半でした。ウェディングプランナーという名前が浸透したのはそれ以降です。

海外ではウェディングプランナーが職業として確立していること、そして精神性が詰まった日本文化が海外でも通用すること、この2つは、今の夢に繋がるきっかけでもあります。

記者:海外へ行ってみて、白無垢を始めとした日本文化の素晴らしさに気づかれたわけですね。

「やるからには一番!」

Q4.「ウェディングプランナーがハイステータスな職業だ」と気づくことができた背景には、何があったのですか?

宮崎:「やるからには一番になりたい!」という、とても負けず嫌いな自分に気づいたことです。

「ここにいてはいけない!」と思ったことが人生の中で何回かありました。環境や状況的に限界が来て「何かが違う。」と、その環境から離れてきたのです。本心としては同じ環境にい続けたいけれど、なぜか「ここにいてはいけない!」と感じるのです。

最終的に「ここにいなければいけない!」と思ったのが、今のウェディングプランナーという仕事です。そういう意味で私にとっての天職なのだと思います。ウェディングプランナーという女性の職業を日本で確立するという、一番になれる場所をずっと探していたのでしょう。

記者:以上でインタビューは終了です。

パリに行って、海外ではハイステータスな職業であるウェディングプランナーを見て、それを日本でも確立させようと邁進されていることが伺えます。ご自分がいるべき本当の場所を探し続けて、天職と出会われたのですね。

本日は貴重なお話、ありがとうございました!

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【編集後記】インタビューの記者を担当した吉田&高村&石橋です。

「今いる場所でやるべきことをやる自分」と「”ここにいてはいけない”と感じる自分」、その両方の自分を認識できたからこそ、今の宮崎さんがいらっしゃるのでしょう。

今後の更なるご活躍を楽しみにしています。

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この記事はリライズ・ニュースマガジン”美しい時代を創る人達”にも掲載されています。




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よしじゅん

リライズ・ニュース

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