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真面目な大人の遊び心満載。菊花賞ライブ・アルバム 全25巻

CD :「菊花賞 Vol.1~Vol.25」菊花賞 (2005年~2008年/Captain Trip Records)

“菊”こと柴山俊之が歌い、”花”田裕之がアコースティック・ギターを弾くデュオ「菊花賞」。2003年1月から2007年10月まで足かけ5年にわたり、北は東北・福島、南は九州・長崎まで、日本各地で行われたライブ集。

何かにつけ後追いリスナーの筆者が、本作品も同じく後追いで全巻一気に手に入れたのが2020年1月。以来、最初の1本目の封を切ってから、断続的にon & off で聴き続け、最終巻にこぎつけたのが今年2022年2月。全25巻合計42枚(なんと3分の2以上が2枚組だった)を聴破するのに、2年余りかかったことになる。いやー、長かった。

全体的な感想としては、どの会場のライブも臨場感いっぱい、(あくまで筆者の想像の域を超えないが)ステージ上の2人の所作だけでなく、客席の素直な反応が伝わってきて大変興味深かった。もう少し説明を加えると、くぐもる音声や、客が飲むグラスの音といった種々の雑音など、録音状態は必ずしも良好という感じはしない。しかしそのぶん、観客の歓声、嬌声、笑い声、沈黙、さらには本番中の歌の「失敗」までもがありのまま、つまびらかに聞こえてきて面白かった。どんないきさつで一緒になったか、おしゃべり”菊”と無口な花田、共に旅する男2人のロードムービー、みたいな雰囲気もあり。

演目については、サンハウスを始めとした柴山作品を中心に、クラシック・ロック、日本語訳詞のオールディーズ、昭和ムード歌謡、ご当地ソング、加えて彼ら菊花賞のオリジナルなど、真面目な大人の遊び心満載で、このデュオの引き出しの多さ、深さを感じさせるものだった。

中でもやはりいちばん堂に入っていたのは、サンハウスのナンバーだろう。クールな花田のアコギ一本従えて、年季の入った見事な菊の歌いっぷり。場所によってはアンコールで何曲かバンド演奏で聴かせてくれるものもあり、これも迫力があってよかった。

そのほか印象に残ったのは、”菊” 命名の由来にもなった「弁天小僧菊之助」(Vol.4ほか収録)と、「爪」(平岡精二作詞・作曲。Vol.3ほか)。後者は柴山自身もMCで語っていたが、歌詞がいい。

ご当地ソングでは福島の民謡「会津磐梯山」(Vol.23)。花田のギターが邦楽の音階をひろって奏でるとは。新鮮。

その花田が時折とるボーカルは、菊のカラーが前面に出がちなステージにうまく差し色を効かせていた。特にニール・ヤングの「Don’t Let It Bring You Down」(Vol.19)は独特の空気感。

また、いしだあゆみや小柳ルミ子らの女性歌手の歌が、いかにも男っぽい菊の歌声に妙にハマっていたのも面白かった。一見がっつりマスキュリンのくせに、先述の「弁天小僧菊之助」のようにどこか両性具有的で、際どい感じも筆者が思う”菊”の魅力のひとつ。

最後に以下長い余談だが、最近一時期、寄る年波のせいか、早朝覚醒に悩まされていたことがあった。寝床から脱け出して活動するには早過ぎるし、かといって、またうまく眠りに戻ることもできず、気持ちが逆撫でされたように持て余すばかりだった。そんなとき、このライブシリーズを傍らにしていたのである。先ほどちょっぴり意地悪っぽく書いてしまった「良好ではない録音」に、実は大いに救われていた。まだ夜も明けきらぬ時分、低い音量でぼんやりと流していると、不思議にじっと布団の中で心が落ち着いていられたのである。純粋培養の正しい音よりも、不純物混じりのワルな音。そこに人間的なぬくもりや、優しさのようなものが無意識に感じられ、心が慰められていたのかもしれない。一体何が作用したのか、菊花賞の思わぬ副産物であった。(敬称略)

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