さる小

夏にやり忘れたことを1泊2日で全部やる会 in さる小

素数というのはなぜだかどうも心が踊らない。久しぶりにそんな素数の歳を迎えてしまい、夏らしいこともほとんどしていないまま今年の夏を見送ろうとしていた。忙しさにかまけて夏を楽しむことをおざなりにした夏だった。

2019年9月14日の土曜日、ライター、ヨッピー企画の「夏にやり忘れたことを1泊2日で全部やる会」に参加し、足早に過ぎ去ろうとする夏にしがみつきにいった。

1日目

東京駅から新幹線で約1時間。群馬県にある上毛高原駅からさらにバスで揺れること数十分。少し坂道を登った山に囲まれたところ、「泊まれる学校」の謳い文句のさる小はそこにある。

着いた廃校は木造だがまだきれいで、木の香りと夏の香りがまざりあい、懐古の念にかられる。一緒のバスに乗ってきた人が数人。学校の中にも何人かすでに集まっている。イベントの受付をした場所は漫画で見るような下駄箱。

二階建てのその学校内を探索する。どのくらいの思い出がつまっているのだろうかと思わせる各学年の教室。入ることにためらいを感じさせる放送室。プレッシャーなどなかった時代を思い出すスーパーファミコンやボードゲームが置かれている視聴覚室。ここに来た目的がすりかわってしまいそうな図書室。

大阪のベッドタウンで育った身からすると、山に囲まれた木造の小学校という存在は、懐かしさよりもファンタジーにすら近い。その世界はエモーショナルだった。

イベントの参加枠は、小さな子どもを含めなければ70人。一人また一人と集まってくる。何人かとすれ違いながらそれほど大きくない小学校の探索を終え、参加者の人と少し話をしたり子どもと戯れたりしながら、イベントの開始時間まで手持ち無沙汰になる。

日陰ではないところでは半袖のシャツでも汗ばんでくる程度には夏が残っている。自然と近いこともあり虫との遭遇率も高い。イベントの参加者は、1歳から小学生くらいの子どもも多く、多目的ホールはにぎやかな声がこだまする。

そうこうしているうちにヨッピーが現れ、まだ少しよそよそしい空気を追い出し「皆殺しのドッジボール大会」が適当に開催される。「『みなごろし』ってなに?」無垢な小学生が問う。

灰色の校庭に石灰の白でラインを引き、陣地が作られていく。腰痛持ちにとっては参加するか悩ましいが、準備運動をしてドッジボールに参加。腕につく擦り傷すら懐かしい。

みんな思い思いの方法で遊んでいる。卓球をする人。ボルダリングする人。縄跳びをする人。子どもたちと戯れる人。ピアノを弾く人。陽が傾いていくごとに影は長くなる。互いの距離は短くなる。

* * *

イベント開始の時間になり多目的ルームで、イベントの説明や注意事項などを聞く。

何人かは近くの温泉に移動。雲の隙間から山々に降り注ぐ夕暮れの光は神々しかった。温泉まで車に乗せてってもらった方とは意外に共通点が多い。

目下に広がる展望を視界に温泉につかる。夜中で曇っていなければさぞよかっただろう。ヨッピーと会うのは2回目で全裸を見るのも2回目。サウナと水風呂で整う。

陽は落ち宵の時間。校舎に戻りバーベキュー。肉と酒を頬張りつつ、話すのは仕事の話や子どもの話。子どもたちはスイカ割りに夢中。LINEのイベント参加者グループに投稿されるのは楽しい瞬間をとらえた写真たち。一眼レフカメラを持ってきていないことに後悔。

あたりはすっかり暗くなり、校庭で花火と義務教育ぶりのキャンプファイヤー。星の見えない空の下で、炎と花火と校舎の灯りが笑い声を浮かび上がらせる。お酒の力を借り、炎を囲って踊るのは、即興の小学生講師が教える雨乞いの踊り。年齢、性別、話したことがあるかどうか、それらにはたいした意味はなかった。

声をかけられ何人かで暗い夜道を下って坂の下の夜のコンビニへ。学校へ帰りながら食べるアイスは格別な味がした。

* * *

抱きかかえられている子どもたちがすっかり眠くなる時間。大きな子どもたちの時間はまだまだこれからだった。多目的ホールでボードゲームに興じる人たちにまぜてもらう。「コードネーム」という、ヒントから正解を見つけるゲーム。1回あたりが長いゲームで頭を使って勝ったときの喜びはひとしお。

校舎内で主に人が集まれる部屋は多目的ホールと視聴覚室。夜が深くなったころ、視聴覚室に向かってみる。部屋の中央に置かれたローテーブルの上に無造作に置かれたお酒たち。それを囲むようにカードゲームをしている人たち。人狼ゲームのようなものをしていて自分も参加。ずっとしたかった念願の人狼。回ってくる役割は特殊なものを選びがち。心理戦では不馴れなことも手伝って疑われがち。次にしたのは「ワードウルフ」。一人だけみんなと違うお題が出される中で、お題について話して誰が狼かを当てるゲーム。自分が狼なのかも最後までわからないことも。勝っても負けても楽しい。

楽しい時間は束の間。気づけば午前1時を回り、勝てないボンバーマンをして2時になってやっと布団のある教室に向かう。

渡り廊下は建物の外を歩く。外の空気に触れると、闇と虫の声が増す。学校は明かりがついているものの、内にこもっていた熱は気をゆるめると怪談的な怖さに引き寄せられそうになる。

明かりのついた多目的ホールはまだ起きている人たちが輪になっている。横目に通りすぎ真っ暗な教室の慣れない布団に横になる。何度も寝返りを打ち、かすかに聞こえる笑い声を耳にしながら眠りにつく。

2日目

その2年生の教室の窓からは朝日が差し込む。昨日の余韻がまだ残っている。朝の7時、布団を戻し校舎の隣にある釜風呂へ行き体を洗って釜の湯船につかる。

すでにある程度顔見知った人と給食の朝ごはんへ。約70人がほぼ集まっている。昨日に見かけた記憶のない人もいる。どれくらいの人と会ってどれくらいの人としゃべっただろう。

銀色の食器にコッペパン、ナポリタン、サラダ。それから牛乳、ゼリー、スープ。スマホのシャッターが鳴り響く。向かいの席の現役生はきっと懐かしさもなにもないであろう。

会話を楽しみながら、食べ終わった人から席を立っていく。朝には多い量のナポリタン。全部は食べきれなかった。

興に乗じて捧げた睡眠時間と、慣れない運動の疲れから身体を休める人もみえるなか、自身も寝場所を変えつつ、うろうろうつろつろとうなだれる。渡り廊下近くの校舎の外では昼食の流しそうめん用の竹の準備が何人かで行われていた。

* * *

お昼の時間になり、いつぶりかもわからない流しそうめん。箸と麺つゆとカップを持ち、思い思いにそうめんとそうめんに似たものに箸を伸ばす。水の流れる音とそうめんをすする音をさらにかき消すように賑やかな声が響く。

その後の自由時間は、別の場所へ釣りをしにいく人たち。校内でかくれんぼをしている人たち。そんな中またボードゲームをする。しりとりで手札を減らしていくゲームでは「いろめ」を小学生の女の子に説明させられる。

* * *

イベントも終了時間近くになり、LINEのグループに投稿されたぶどう狩りの話に乗り、昨日からほとんど話したことのない人たち6人とぶどう狩りに向かう。さる小ともここでお別れ。

「ここにいる人たちは全員ぶどう狩りに行く人ですよね?」
「はーい!」
「ほんとにー?」

人狼ゲームのしすぎが影響する。バスが目的地まで着き、全員降りるはずだったが、その中に人狼がいて、そこでおわかれ。

5人で自転車を借り、ぶどう狩りの園へ自転車でかける。電動機付き自転車にテンションが上がる。車も人もほとんど通らない道を15分ほど行き、目的地が見える。

30分の食べ放題のコースを選び、3種類あるぶどうをお腹いっぱいに頬張る。

帰り道、陽は少しずつ傾きはじめている。広大な風景と夏の最後の日差しの中、自転車で風を受ける。

バスに乗って駅に着いた後、新幹線の発車までに切符を買う人を待ってギリギリ間に合う予定だったが、バスの遅れや切符を買う人の列などに遭遇。それでも全員ギリギリ乗り込むことができた。ここまでくるとトラブルもなく旅の終わりを感じさせる。帰りの新幹線では、やっとお互いの名前を知り自己紹介をする。

* * *

今年の夏だけではない10年分ほどの夏を堪能した2日間が終わった。大きな波が過ぎ去ったような儚い余韻を残して。

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