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急性上気道炎 (1)

急性上気道炎(風邪)診療における "NUTS and BOLTS"

・急性上気道炎は診断できない
・急性上気道炎に効く薬はない
・急性上気道炎で死ぬことがある

1. 急性上気道炎は診断できない

 総合診療科を中心とした草の根活動もあり、急性上気道炎(ここでは急性上気道炎のことを "風邪" と呼ぶことにする)の診療が見直されてきている。そのおかげで、「風邪の診断なんて楽勝だぜ!」と思っているようなレジデントは、最近減ってきたように思う。何を隠そう、初見でその患者が風邪であるかどうかを判断するのは、難しいどころか、そもそも不可能なのである。漫画「ブラックジャックによろしく」小児科編で、研修医である主人公が乳児の母親に向かって「(お宅のお子さんは)本当にただの風邪ですから」と説明しているシーンがあるのだが、あれは小児科医が親に言ってはいけないセリフ百選のひとつである。これは、「風邪だと思って甘く見ていると診断を間違えることがあるぞ」とか、「風邪の合併症には重篤なものもあるんだぞ」とか、そういう含蓄めいたことを言いたいわけではなく、そのままの意味でそうなのである。なぜなら、風邪の症状というのはあくまで初期症状であり、その後、風邪のまま終わるのか、中耳炎となるか、はたまた肺炎となるかは、誰も予想できないからだ。つまり、患者が治ってから「風邪でしたね」ということはできても、初見から「風邪ですね」ということはできないのである。初見で360度どこから見ても完璧な風邪症状であったとしても、次に受診したときには肺炎になっているかもしれない。すると、「風邪ですね」と言われていた保護者は「風邪だって言ったじゃないですか!」と怒るわけである。このことに対して「患者は風邪のことをわかっていない」と宣う傲慢な医師が非常に多いように感じるのだが、風邪だと言われたのに風邪ではなくなったのだから、保護者が怒るのは当たり前だ。最初から医師が「風邪ですね」ではなく、「風邪だと思います」と言っていればよかったのだ。

 風邪には治療法がなく、ほとんどが勝手に治るので、風邪診療における小児科医の仕事は、どうやって保護者に風邪のことをうまくわかってもらえるかだと言っていい。これを言い換えれば、どううまく説明すれば風邪の合併症を発症しても保護者に怒られないで済むかということでもある(風邪の合併症なんてぼくらの努力で防げるものではないのだ)。それには、まず僕らが風邪の自然経過を熟知し、保護者に丁寧に説明する必要がある。「風邪はまず、喉の痛みや違和感から症状が出始めて、続いて鼻症状、咳が出現します。咳は他の症状が収まってからも1-2週間は続くことが多いです [1]。大人と違ってこどもは熱が出やすいですが、通常、発熱は3日以内に治まります [2]」。これらを丁寧に説明した上で、この自然経過から外れるようならば、合併症が起こっている可能性があるので受診するよう伝えればいい。「たぶんお宅のお子さんはこういう経過を辿る」という部分を自信をもってプレゼンすることがコツで、僕の場合は、そのコースを外れるかどうかは神のみぞ知る、くらいのテンションで説明してしまっている(実際、そうだし)。このように説明すると、その後、患者が無事に改善したとしても、合併症を発症して再受診したとしても、「先生の言った通りでした」となるわけだ。なんだか詐欺師の手口のような感じもするが、丁寧に正しいことを説明した結果なのだから、まあ、これでいいのである。自分を含めてみんながハッピーになるように、小児科医は話術を磨くのだ。

[1] Lopez SMC, Williams JV. The Common Cold. Nelson Textbook of Pediatrics. 21st ed. Philadelphia PA: W.B. Saunders; 2000.
[2] Hendley JO. Epidemiology, pathogenesis, and treatment of the common cold. Semin Pediatr Infect Dis.1998;9:50–5.

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