見出し画像

燕雀の志11

  2018年10月8日(月)、水道橋にある最高位戦道場で、第43期最高位戦B1リーグの最終節が行われることになっていた。
 しかし、出場選手の一人、田中巌が定刻になっても姿を見せなかった。田中は32期前期入会の十年選手でキャリアも長く、その重厚な打ち筋と朗らかな性格で、誰からも愛される最高位戦を代表するプレイヤーだった。
 1年で最も重要な最終節に、田中はどうしたのか――。私は仕事の合間に最高位戦のツイッターをチェックしながら、不思議に思っていた。結局その日田中は会場に現れず、最終節は延期の運びとなった。
 ずっと以前、田中が私の勤務していた店でセットをしていたことがある。最高位戦の若い選手たちが、最高位戦クラシックルールの練習をしていたのだ。
 一発裏ドラなし、ノーテン罰符なし、アガり連荘という、平素の麻雀に慣れている者には馴染みのないルール。田中は当時歌舞伎町の雀荘で店長職を務めながら、麻雀プロとしての研鑽にも時間を割いていた。
※二三六六六④⑤⑤⑥⑦888 ツモ⑦ ドラ⑦
 ふと見ると、田中が中盤にドラを重ねてこんな形。無論打※⑤でテンパイだが、彼はその牌を、静かに縦置きした。

ここから先は

1,576字
この記事のみ ¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?