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我が家の平野歩夢が言うことは

息子の中学校では、今週から期末テストが始まった。先週末が都立高校の入試日で、多くの生徒が受験勉強に打ち込んでいたことに配慮し、今回のテストは全科目において「わりとユルめ」なものになっている。

それでも、最低限の勉強はすべきだろうと思うのだが、息子にはその意識が通用しない。サラッとワークを見直しただけで、あとはゲームに熱中している。

「もうちょっと勉強したら?」
「でも、これが、俺の、スタイルなんで」

どうやら息子は、「どうでもいいことを平野歩夢選手のモノマネで言えば、なんとなくカッコよくなる」という技を習得したようだ。

「やっぱ、俺は、剣道のために、高校に行くっていうか」

この前の週末は、テスト勉強などせず、進学予定の高校の剣道部の練習に行っていた。そこでは、大学入試を終えた3年生が久々に練習に参加していたらしい。

「おー! 新入生か? 一人で練習に来るなんて熱心だな」
「よし、俺が相手になってやるよ」
「次は俺な」
「ははっ、まだまだだな」
「おっ、そんなことができるのか。じゃあ、これはどうだ?」

そんな感じで、「最強世代」と言われた先輩たちが入れ代わり立ち代わり相手をしてくれたらしく、息子はヘトヘトになって帰ってきた。リビングに入るなり床に転がって、息子はフーッと大きく息を吐き出した。

「自分ができないことを、平気でできる人っていうのが、マジでヤバいっていうか」

口調がそのマネであるせいか、息子の言葉が、本当に平野選手が言っているもののように聞こえる。ショーン・ホワイト選手という、神域に達した先輩。それに追いつきたい――その一心で手をのばすのに、届きそうになるたびに、その背中はさらに先に進んでいく。

息子と平野選手を一緒にするなんておこがましいけれど、息子もそんな感覚に襲われたのかもしれない。先輩と自分との間にあるのはほんの少しの差だと思っていたのに、本当は手も届かない、遠い星のような存在だったりする。その間を詰めようと努力するから力もつくし、自分でも気づかない能力に気づけたりもする。

「でも、先輩は『強くなれよ』って言ってくれたんで、がんばるつもりだし」

我が家の平野選手がポツリと言った。きっとその先輩も、自分たちの先輩からそう言われたに違いない。そしてその言葉を、息子が誰かに言う日も来るのだろう。

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