⑴心的現象論における「序説」と「本論」

山本哲士氏へのインタビュー1:「心的現象論・本論」に関して

ーー心的現象論をめぐっての今回の出来事には、いろんな問題が内在していて、明らかにしておく必要を我々は感じています。しかも、途中から、山本さんは黙されているような感じで、どうされたのかなと私どもからは真意をお伺いしたい。出版だけのことではない、世界情勢も関わっていると思います。編集者、ビジネスマン、教師、大学院生、医師、クリエーターなど、いろんな立場の者たちから質問させていただきます。
まず、それぞれの立場を超えて、揺るぎない事実から確認させてください。
吉本隆明による「心的現象論」は、『試行』の連載として、15号(1965.10)から終刊の74号(1997.12)までです。これ全体が『心的現象論』であることは、誰の目にも明らかです。そして出版物として、15号〜28号(1969.8)までが『心的現象論序説』(北洋社、1971.9)、29号(1970.1)〜74号までが『心的現象論・本論』(文化科学高等研究院出版局・発行、星雲社発売、2008.7)として単行本刊行されました。そして、愛蔵版(限定版)として『心的現象論』(文化科学高等研究院出版局、2008.8)に「序説」と「本論」とがまとめられています。これは本人の生前に、確定されたことと理解します。これは、まちがいないでしょうか?
山本 はい。その通りです。本人がそうされたことです。そこに、『試行』連載と、単行本形態での出版との違いが不可避におきますが、原則、「心的現象論」としての単行本化は、『試行』連載が土台とされることです。その連載の一部が、他の単行本に所収されたりしていますが、原則はオリジナルの『試行』連載を土台・基盤にすることが常識です。
ーーそうですね。編集者として、連載中の一部が別タイトルの単行本に使われた時は、その単行本の方針、内容によって手が加えられますから、それを「心的現象論」として使用・収録するのは、常識からして間違いですね。時間的に新しいからそれがオリジナルだとするのは、研究の基本さえなっていない。いや、あるべきことではないのは、編集者なら当たり前のことで、後に書き換えられたことは註書きすべきことです。話が先へ行きすぎたので戻します。
事実の要は、「心的現象論」は「序説」と「本論」とからなる。これでよろしいのでしょうか?1冊にまとめられた愛蔵版では、中身は、「序説」の部と「本論」の部とから成り立っています。
山本 「序説」が角川文庫になっていて販売されている状態にあった。どうしたものかは、吉本さんとも一緒に考え、しばらくは確定しませんでした。連載は1997年で終了していた。連載では「未完」と記されていますが、当人はもう完結した書くことはない、と断言されています。私のインタビューではっきり答えておられます。つまり、本質論としての「心的現象論」は確定されています
29号以降を、単行本化しようということに決まったのは2006年の末ごろだったと思いますが、その前に二つのことが、私として心的現象論に関連してなされました。
まず、連載のその部分をコピーして、情況でのセミナーを求められて、簡易製本したのです。この時は別に何も考えず、連載表題のまま「心的現象論」と題して製本しました。資料素材で使っただけですから、当然、「本論」なる範疇というか概念はまだありませんでした。この製本は、当然、吉本さん本人から許可をいただいて、10部ほど作りました。セミナー参加者のS君が「試行」をコピーされて、参加者たちが講義してくれというので始めたのです。「序説」のセミナー講義が終わった頃だったと思います。(立教大学の宇田さんが後に、セミナーは情況からアソシエに移行されてからですが、参加されてきて、一番熱望されていたと思います。この辺、記憶が前後しており、また私もジュネーブを拠点として動いていたもので、その経緯は彼らからお聞きください。宇田さんご自身の仕事にも関わるからでしょうね。)この簡易製本を、欲しいという方があちこち現れたので、吉本さんにいっそ単行本化しませんかと持ちかけました。吉本さんも、この簡易本をしみじみとご覧になっていて、何か決断されたのではないでしょうか。
ーー私の方から見ますと、そのコピー簡易本からいろんな問題が発生してくることになったように見えます。つまり、全集第30巻は、編集構成としてそれと同じことをしているからですが、青版の、山本さんが偽書だと言われているものもそれと同じことをしています。それは、「本論」部分を「心的現象論」と表題して括る、無意識というか意図的というか、編集としてずさんであることの表現形態だからです。
山本 そうですね。しかし、ちょっと待ってください。私が関与していることは事実ですが、これは吉本さんの本です、私の本ではありません。まず、画定させるべきは、吉本隆明の書として、『心的現象論』は「序説」と「本論」とからなる、この1点です。本人による確定です。2008年版です。確かに難産でしたが、そこに派生した物事は、吉本本人のことではなく、周囲がなしたことです。15号から28号までが「序説」、29号から74号までが「本論」、そして「心的現象論」とは15号から74号までの全部のこと。これは、吉本さん自身が生前に画定されたことであり、単行本として2008年に刊行された事実です。それだけのことです。シンプル、明解、何ら複雑なこともありません。
ーーそれを、全集の編者が問題へとほじくり返したということですね。正確には、編集者個人が独断で勝手にやった、出版社もそれに気づかなかった、管理ミスだといえますが、外からははっきり見えます。全集は、序説部分は「序説」として刊行しながら、「本論」部分を「心的現象論」と名うち、「本論」という括りを抹殺した。知ってて無視した、改竄したという暴挙です。こちらから見て、著者無視の明らかな異常なことをしています。そこにいったい何が起きているのか、何がなされているのか。話が飛ぶようですが、プーチンのウクライナ侵攻と同じロジックが、全集の編者によってなされているのを感じますので、お話を伺っているわけです。自分がしている暴挙での間違いを全て相手側の責任だと転じる、愚劣な仕方で、自分だけが正しいという独断です。
出版常識から、出版倫理から考えられないことがなされていますのは、出版に止まる問題ではないからです。知をめぐる権力関係ですので、私どもはほっておけない。当事者であった山本さんから正確に聞いておきたいということです。
吉本さんは、連載を単行本化するという表現スタイルをとってきました。「共同幻想論」もそうでしたが、しかし「言語にとって美とは何か」と「心的現象論」はそうした商業雑誌へは載せていません。ここをどう考えられますか?
山本 そこをあえてご本人へ尋ねたことはないのですが、『試行』への熱の入れ方は、思想表現の同人誌形態として多くに影響を与えましたが、雑誌連載と違うのは、遠慮がいらないというか、読者想定が違うということもあり、自己表出の規制条件において可能性が著者に開かれているのを意味します。つまり、出版社や出版編集者の目が規制として入り込まないことです。自分にとっていちばん大切なものは、自分の下で表現していく。他者へ委ねない。同人誌と言っても仲間内だけのものというんではなく、「試行」は吉本さんの個人編集になっていましたが、編者が自分自身だということです。
編集者が優秀ですと、商業雑誌でも著者に有益になるのですが、私も出版社には付き合ってきましたが、編集者の質の落下は急速に私たちの世代以降起きています。私は、2000年までは、出版社と付き合いましたが、幸いにも良い編集者に恵まれてきましたし、自分の企画でシリーズものや雑誌を刊行できていました。谷川健一さんから、早すぎると叱正されましたが、1983年ごろからけっこう自由にできていました。しかし、他の、とくに大手の編集者とはことごとく気が合わないし、編集者が勉強していない、説明するのがもう嫌になっていました。加えて、書かせてあげる、出版してあげるという高慢な姿勢は、反対でしょ。著者が書かなければ本は出ないのに、偉そうに、権威ぶって対応してくる。そこに、大学人はへいこらしている。質がどんどん劣化していきます、一部をのぞいてですが。私は忍従できなかったですね。とくに「やさしく、わかりやすく書け」の規制にはうんざりでした。
吉本さんもうんざりしていたんではないでしょうか。だって、吉本本は、出版社にとってはまだ売れ筋のものでした。「心的現象論」の連載が終了して、それを10年間も本にしていなかったのはどうしてでしょう?未完だから?いや、はっきりいいますが、内容理解ができた編集者は誰一人いなかったということです。それを実感されていたんではないでしょうか。同時に出版界の消費文化化が促進され、吉本さんもそこへ生活の糊口のため付き合わざるをえなくなったと思います。インタビューのテープ起こしも、もう相手に任せて知らんという感じで笑っておられた。そこに対して、私どもがなした、「戦後50年を語る」の毎月のインタビューは、私が信頼する学者たちの応援を頼みましたが徹底していたと思いますし、それを当時の読書人編集者の武氏がしっかりとまとめ起こした、その読書人長期連載の作業がありました。これは数年続けられましたが、ご本人から信頼されたと思います。私は、「軽み」の吉本さんの方向性には付き合いませんでしたので、あくまで本質論からのアプローチに徹しました。この「戦後50年を語る」を単行本化したいという三交社社長の高橋輝雄さんからの強い申し出があり、その12巻の刊行途上で、「心的現象論」を改めて公開していこうとなっていたのが、第二のことです。他のもっと名のある出版社からもこの「語る」連載を出したいと言ってきましたが、ただ吉本さんだからであって内容理解からではないゆえ、断っています。これは、連載を書物にする上で何が問題になるのかを同時にチェックしていく作業ともなっていきます。ただ本=商品にするだけのことではないんですよ。
ーー「吉本隆明が語る戦後55年」と、50年ではなく55年とされましたが、中身は同じですね?
山本 はい。連載とその単行本化とで、5年が経ってましたから。情況を聞く、新たな内容も入れたことで、「55年」としてあります。ただ、印刷用の活字に転じればいいでは、単行本化は成り立たないのです。
つまり、コピー製本は、連載資料の確認とまとめですね。そして、連載の組版への構成は単行本化にあたって課題となることの確認作業です。ただ、右から左へ活字を当てていけばで済むことではない、そこで表記上の問題や引用文の検証などが起きてきます。このとき、もう単行本化への意志は生まれていたのですが、可能かどうかのチェックでもありました。結果的に、吉本さんは、我々の作業を信頼されたということになります。つまり、5年以上の月日が、単行本化が決まるまでかかっています。
他方、私としては自分で出版社を立ち上げるしかないなと、決心していたころで、この「心的現象論」の刊行から自分の出版活動をしていこうと思い立ったのです。つまり、私の関与が、そこにアクティブに組み込まれます。
発想のきっかけはブルデューです。売れっ子になっていた彼でさえ、agirという出版社を自分で作った。イリイチは、草稿段階で、自分の論稿をCIDOCで資料的に制作していましたが(CIDOC CUADERNO)、出版社としてはpenguinなど大手ではなく(Deschooling Societyは世界的に読まれPenguin新書に入ってます)、Boyarsという小さな出版社を大切にしていました。ブルデュー本を出していたMinuit社も小さい出版社ですが、かなりたくさんのハードな書を出していましたが、それでもagirという自分の出版社を立ち上げたのです。
つまり、著者が自分でするということです。「試行」を吉本さんは、もう売れっ子になっていたのに商業市場へ乗せませんでしたね、自分で出し続けられました(いくつかの書店が置きましたし、当時リブロの方達が積極的になされていましたが)。それは出版社事情を、著者としての表現活動に持ち込まないのを意味します。ここは、ベストセラー作家でない、地道な創造的著作をなしたい者には極めて大事な問題です。
「試行」が谷川雁、村上一郎、吉本さんの三人で始められた、しかし、雁さんが辞めるとき、「試行」も廃刊にされようとして、吉本さんは抵抗し、自分一人ですると頑張った。ご本人から聞いた事情ですが、吉本さんは頑なに「試行」を維持され、その中で、32年間「心的現象論」を休みなく持続執筆されてきた、たいへんなことです。そこに貫かれている考察は、既存の思想や哲学、理論書がアプローチしきれていない、心的世界(感覚、情緒、情念、情感、心的病理、観念など)に関する徹底した考察です。私はこれを、西欧形而上学に代わる吉本形而上学だと位置付けていますが、形而上学の限界を超えていく考察です。表出、幻想の根源への探究です。既存の数多の世界の成果において考えられ得ていない次元を開削しています。フロイトやフッサールやヘーゲルが、至り得ていない地平が開かれています。マルクスの自然疎外論の先にある心的疎外表出への考察です。
ーー編集者の質が落ちてきた、出版社編集者の傲慢な態度が蔓延している、商業出版市場が消費主義的になってきた、そこに、思想や学問の創造生産が対応しなくなってきた、隔たりが増幅したということですか?
山本 たとえば、「試行」を毎号読まれましたか? 読まないでしょ。ほんのマニアックな吉本ファンが、しかし部分的に、とくに「情況への発言」は読んでも、「心的現象論」はほとんど読まれなかったと思います。単行本にまとめられるまで読まないのではないでしょうか。そこに、単行本の意味があるのですが、連載中では何が問題とされているのか、よほどの読者でない限り把捉は困難ですし、ご当人も書きながら考えをクリアされていったと思います。だいたい構想は最初にできていますが、書き表して行くに従い、潜在していた問題、それはシニフィアンなのですが、思いがけずに浮上してきたりします。新しい挑戦であればなおさらのことです。ここは、編集者とは関係ないことです。自分で著作を書いたことのない編集者は、わからない閾です。
「序説」が刊行されたとき、心理学の後輩と一緒に徹底読書会をして読みましたが、大学闘争が終息して行く中でした。しかし、まだそのときには、連載途上にある心的現象論は読んでいません。周囲の吉本主義者たちは、「序説」をさえ読もうともしていなかった。この北洋社も小さな出版社でしょ。
本というのは、文化生産です、それが第一です。そこに経済生産が付随します。これが逆転されるのは、まっとうな著者なら容認し難いことになります。特に思想書や理論書はそうです。それはまた個別専門主義の書とも違います。
そこで、起きますのは、単行本とは象徴権力を発揮するということがあります。文化的な象徴権力であって、大手有名出版の経済的な象徴権力・権威ではありません。ここに、表立たないで、象徴権力の象徴的闘争がなされているのです。この自覚が、一部の編集者をのぞいて一般的に全くないです。大学人にはまったくないと言っていいと思います。アカデミズムは、社会的、制度的に権威のある方へすり寄っていきます。
吉本思想は、大学の専門分類には属しませんね。私の研究生産も、属しません。分類化は権力構成の分類化によって、ある一つの知権力のまとまりを作っているのです。それが、個別専門のアカデミズムと共謀した商業出版の実態です。これが見えなくなるのは、「売れる」という商業利益によって経済マターであるとされ、その政治的な知的権力のあり方が隠されるからです。読者が買ってるのだ、と正統化されます。そこにさらに、分配の政治として取次の権力支配が構成されるのですが、それはのちに触れるとして、こうした知の権力に、出版・編集は関与しているのです。分類化権力との象徴的闘争は、表現されたものの世界に内在しているんです。ただ新しい知識が生産されたということじゃないのです。
実は、「心的現象論・本論」が単行本として出版生産されることには、かかる問題が配置されていたということになります。しかも、もっと複雑です。
我々世代の「反アカデミズム」は吉本思想を学んだことから来ていますから、私は大学教師になってしまいましたが(定年前にさっさと辞めてしまいましたけど)、学問としての反アカデミズムは一貫して貫いています。アカデミズムの社交集団には属しません。ここは、吉本さんも共鳴してくださったことです。
私ははっきり吉本さんへ申し上げました。「自分たち学者が自分たちで出版して行くほか、新たな学問生産の道はない。そのとき、象徴権威として、吉本本質思想を配置したい。どこかの著名な大先生の大学教授などを配置はしたくない。その出版社を本格的に立ち上げたい。」そのとき、「心的現象論」は最も意義ある出版刊行、学問生産の指針になる、ということです。吉本さんは、即、賛同してくださいました。
ーーそれは、ただ本を作るということだけにとどまらないことに挑まれたということですね。それは、既存出版社に雇用されている編集者には不可能なことです。独立していないとできないし、できてはつぶれてきました。出版社にそうした意志は、左翼系の出版社でもあり得ない、というのも左翼的著者はほとんど大学教師であり、既存の出版体制に依存していますから。
山本 私は、左翼系出版には、既存出版社へと同じ拒否反応を持っています。マルクス主義の再生産の温床だからです。ただ、「情況」の古賀さんは、理解のあるいい方で(私の廣松批判にも、そうなっちゃうのかなと嘆かれてはいましたが)、吉本を読むセミナーをやってくれというので、始めた。そこから派生してきたことにはなっています。情況のセミナーはその後、アソシエに移り、木幡さんが私のセミナーを一所懸命に持続させました。つまり、「心的現象論」を単行本へ作って行くことは、新たな出版の文化生産を成していくことが背景に確固としてあったことで、始まるまでいろんな関係は動いていたことになります。吉本さんはそこへ協働してくれたということです。
私の勤めは、そのとき、印税支払いを既存出版社よりも多く出す仕組みを作り出すことでした。その物的経済構成がないと、ただ良い本を出せばでは済まされないと実感していたからです。吉本さんの「思想的アクション」があったということを強調しておきたいと思います。ただ、単行本を制作すればいい、ということですまない諸関係の動きがあったことを強調しておきます。私の本質的な理念は、近代学問体系の組み替えですから、そこに「心的現象論」を配置したということになります。これは、私からの関与であり、吉本さんはそれを受けとめたということです。2000年から、私は研究生産の場所をジュネーブにもう移していましたので、日本のこととしてでなく、世界のこととしてその出版を配置していました。
いくつものことをはしょって言ってしまいましたので、順番に少しづつ確認し直していきませんか。
ーーええ、物事は複雑に絡み合って行くということを感じましたので、順番に押さえ直していければと思います。
まず、編集者の質が落下しているということをより詳しく説明してください。「心的現象論」をわかる編集者がいないということです。そこから、問題が発生していると思いますので。第30巻を「長編評論」だとS社は宣伝文句に書いています。これなど、まったくわかっていないことの表れですが、吉本さんをなめていますね。アカデミズム基準から、そう判断している典型で、全集制作者たちが歪めている。読者として憤りさえ感じます。
山本 そうですか、そんなことうたっているのですか。めちゃくちゃですね。私は、S社社長に、全集については触れない、と2月の話し合い(会合)で約束しましたので、直接にはもう見ないことにしていますの知りませんでした。
(H Pを山本氏に見せる。黙されて何も言わず:編者)。
本質論は、アカデミズムの枠を脱する、それが「評論」とされるのが、日本ではずっと続いてますね。それは、「学問ではない」という裁定が制度的に入り込んでいます。しかし、言説生産の規準からみれば、大学人の論述より、吉本論述の方が遥かに高度です。シニフィエが画定されませんから、とっ散らかっているように見えるんでしょうね。心的現象のあちこちに触れられていることは、学術的探究ではないと判断している大卒知性の典型ですね。私もテレビでいくつか収録されたとき、紹介に専門は何だとよく聞かれますが、「無い」と答えると評論家だとされたりしましたが。
知性も叡智も、またエピステモロジックにも、近代の専門分類はもう機能していないし、弊害だとさえいえます。全然知的ではない。理論水準はあまりに低次元です。吉本さん自身が、三つの本質論を、親指、人差し指、中指の直角立体で示され、次元が違うのだとよく強調されましたが、フレミングの法則みたいな、磁場、流れ、動きの関係も背後にあると思いますが、「心的現象論」はともかく本質論です。批評・評論ではありません。とんでもない広告ですね。編集者が内容を分かっていない実例ですね。
幻想論、表出論、心的現象論、この三つが本質論です。本人がずっと言ってることですよ。その意味を、既存編集者はまったくわかっていないと、いうことです。
新たな言説生産が、シニフィアンからなされているのを、シニフィエからしか見ていないから理解できないんですよ。ラカンによって四つのディスクールが明示されていますが、その「大学人の言説」に見えていないのがシニフィアンの場所です。シニフィエが対象を示し真理を作っているとしか理解できない思考形式になります。マルクスの資本論は経済学の書ですか? フロイトの精神分析は心理学ですか? フーコーは考古学ですか、思想史ですか?そういうことではないでしょ。ミシェル・ペローさんとパリであったとき、フーコーと歴史学者たちとの対話をしようとペローさんたちが構成したが、歴史学者たちはフーコーを認めない、フーコーも断固として拒否で、対話は成り立たなかったと言ってましたが、決定的な断裂があるんですよ。シャルチエやセルトーがフーコーをたてましたが、ほんの少数です。友人のポール・ラビノウが言ってましたが、USAに来た時のフーコーはのびのびしていたと。
つまり制度規範の学問と言説生産の真正制との対立です。フランスにはコレージュ・ド・フランスがあって、この対立を生産的に配置できる権威システムがありますから、知の躍動がなされ、さらに後者においてはソルボンヌなどの制度権威再生産の大学に対して、社会科学高等研究院(EHESS)など高等研究システムが大学とは別に権威機能しえています。この対立は、真理生産において非常に重要です。日本は、全てが大学システムの中に押し込まれますから窒息状態にある。「在野」だなどんと蔑んでいる。
「不能化された専門家」とイリイチは言いましたが、近代個別分類の学問は、不能化された言説です。私が学生時代に、大学闘争で吊し上げた大学専門家たちよりも、今の大学人は質が落ちています。ひどい遅れです。いや、正確に言わねばなりません、個別にはとても高度な研究がなされています、しかし、それが他との関係になるとまったくブレてしまう、つまり意味化があまりに低次元です。意味化とは領域間の穴に潜んでいるのです。大学人知性は、決定的にシニフィアンが欠落して、シニフィエだけが真理だとしているからです。
「心的現象論」は、精神病理、哲学、人類学、言語学、民族誌、歴史学、精神分析、生態誌などかなりの領域に渡って、関係と了解の心的水準を探っている本質論ですが、それらの個別専門から見れば吉本は厳密じゃないとされます、次元が違うんですよ。いわゆる西欧的な形而上学ではない、歴史を射程に入れた吉本固有の言説世界を開いています。時枝誠記=東大教授は、吉本さんの「言語にとって美とは何か」が出されたとき、その評論を求められ、「わからない」、ただ引用ばかりしている自分で考えるべきだと、トンチンカンな論述をなして自説を繰り返し述べることしかできない無能さを露呈しましたが、引用は追随ではない、そこに語られ得ていないシニフィアンを見つけ出し、自らの論述を開くことです。こうした、創造的思考が、大学知性には恣意的なものだとしか理解できないのです。
つまり、編集者がシニフィエしか理解できなくなっていること。大学人へ追従しているだけ。概念コードが旧態のままだということです。しかも基本的な勉強さえできていない。ほんのわずか、優秀な編集者が専門領域ではおられますが・・・どんどん減少しているでしょ。
第二に、海外の同時的に生産されている言説に無知であること。外国語を読めない編集者など、人文・社会科学では無能です。これは強調しておきます。大学人においては3か国語以上できない人はダメです。決定的な欠落を内在したままに日本はなっています。
従って、第三に、既存の閉じた文化市場=商品市場に立脚したものしか評価できない。
そして、自分がわかってもいないくせに、著作を評価し、売れる売れないと商品裁断し、出してやる出してやらない、と威張りくさっている。
結局、第四に、外在的な制度権威を規準にして、権威依存して、それを安全牌としている。
最後に、第五として、マネジメントへの無知、無能です。
私は、ご存知のように、現代思想のフーコーやブルデューやイリイチ、さらにラカンやボルタンスキー、社会史、など世界線での了解をなしてきましたが、そこに匹敵する日本の論者は西田幾多郎と吉本隆明しかいないと確信していますし、その水準から西田理解、吉本理解をなしています。確かに、吉本言説は穴だらけで、答えなどを出していませんが、世界線で持ちこたえる思索です。壮大な長編評論ではなく、<至高の思想書=本質論>が「心的現象論」です。これ、欧米人が読んだならぶったまげますよ。そこが、全然、わかられていないですね。限定づけが高度精密だと錯誤している大卒知性。ヴェーバーから見ればマルクスは穴ぼこだらけ、しかし、言説力はマルクスの方が遥かにある、この意味化=意味作用は、シニフィエされないシニフィアンスを稼働させているからです。フロイトの恣意的な幻術の穴ぼこを、逆にラカンは練り上げましたね。
今、言語学で、述語制言語を世界へ向けて我々は発信していますが、欧米の博学な言語学者たちが日本語を理解していなかったことが言語理論上で致命的になっています。形而上学の質が言説史としてもまったく違うのです、日本の言説は。吉本詩学・歌謡論とともに本質論を画定していかねばならないのです。この作業を学者たちがしていないでしょ。まして編集者ごときが判りもしないで、いい気にまとめているのは論外です。吉本思想は、述語言語で思索された、世界の本質思想です。欧米の本質論および本質論批判(主要に社会科学からなされる)を根源からひっくり返しています。
私は、吉本さんの全てが正しいなどと盲従しているのではありません。その語り得ていない、考えられ得ていない穴を十分に理解して、前向きに世界線でその言説次元をキープさせています。例えば、構造主義はマルクス主義の最高形態だ、という思想断言は間違っていますが、誤った翻訳からもたらされていることで、構造論がpratiques論であることをわかっていない日本の低水準から起きていることです。レヴィ=ストロースとマルクス主義実存主義者サルトルとの論争など見ればはっきりしてますが、翻訳が出鱈目になっているため、見えなくなっている。訳者、編集者の知性がマルクス主義概念空間のまんまだから、わかられていないため、起きていることです。しかし、客観化の客観化でしかないという構造論のある限界は示してはいますし、そう理解してしまうことの根拠を見せてくれているのです。ラカン理解においては、吉本さんは何事も掴めていない、それはどうしてかを考えさせてくれる。それは欲望構造と心的世界との関係を掴みなおせということの問題開示になります。そういうふうに批判肯定的に私は吉本本質論を学んでいます。
そこが、実は、「序説」の言説水準と「本論」の言説水準との差異として出現しているんですよ。本質論は、身体論、関係論、了解論の三つのベクトルから構成されている、序説とは言説次元が異なる論述です。媒介に入った、眼の知覚論と身体論のトーンの違いと、連続・不連続の差異が感じられるでしょ。ここは、知覚現象学を超えていく転回ポイントになっている。つまり、現象学的還元を脱している閾なんです。長ったらしいフッサールを比べて読んでみれば自ずと感じられると思いますよ。そこの差異の意味は、理論的に我々研究者が明確にしていかねばならぬことですが。
吉本思想の穴と言いましたが、ハイデガーの形而上学の稚拙な穴ぼこだらけに比して遥かに高度です。フォイエルバッハの読みは、世界で同じ次元にあるマシュレと対応させてみれば明らかです。マッハなどへ、どこかの哲学者みたいに後退していないですよ。ここは、いくら言っても日本ではわかられないと思いますが。
吉本は観念論だ、ヘーゲル主義だと左翼から批判されましたが、観念の膨大な流れは、情緒や情感、感情、感性、情念、感覚などを含み、吉本さんによって文学や歌謡、詩が対象にされて、徹底して考察探究されてきた、そこから学ぶものは膨大にあります。大変な遺産です。何ですかね、長編評論とは、ひどいですね。まただんだん腹が立ってきますね、冷静になりましょう。
ーー「序説」と「本論」との言説層が異なる指摘は、とても大事だと思いますが、そこを了解できていないで、機械的に制作しているだけの全集の編者が、無知で犯している過ちがあるということですね。しかし、我々読者でさえ、文学評論や政治評論と、三つの本質論の違いはわかりますよ。世界最高峰の思索の本質論を、長編評論だとは、つまり思想を汚染している、汚している、台無しに無意味化さえしているひどい仕方ですね。編者の犯した間違いを正当化するために、著者本人に泥を投げつけている無知蒙昧です。
山本 編者の無知さなどは私にはどうでもいいことで、「序説」と「本論」の差異をなくして「心的現象論」の理解はなされないということです。ここ致命的です。「序説」は自然疎外論を原生疎外・純粋疎外へと拡張し、フロイトの心的内容主義の概念世界をどう越えるかをなして、病的・異常の本質場を定めたものです。それを、本論では眼の知覚論と身体論でもって、前古代と非有機的身体、いわば類(共同的なもの)と個の相互性に配置換えして(性についてはわずかに述べられている:つまり幻想論の構造配置)、関係論と了解論へと開かれていきます。もうご存知のように、三木成夫の内臓系と体壁系を自己表出・指示表出に関係づけ、胎児次元まで遡ることが前古代にまで遡るものと重ねられ、本質閾の画定になっていきます。「序説」とは全く異なる次元です。ヘーゲル歴史観への批判など秀逸ですよ。
私は、ラカン欲望構造と吉本心的現象を架橋することで、そこに空いている穴から世界線での思考を情緒資本へ開こうとしていますが、いろんな固有の開削が可能になる書です。
吉本さんもそこを単行本化の過程で感知されたから、「まえがき」をなんとかしたためようとされたのだと思いますが、私と高橋順一氏との対話で、そこが浮上しているのはわかると思います。身体体力上でなされずに短い小文で終わってしまった。口惜しかったと思います。
アソシエの木幡氏のリードのもとで、私がなした「心的現象論・本論」のセミナーは、多分、日本で初めて最初から最後までしっかりそれ読んだものだと思いますが、参加者の吉本ファンの方々は、私の吉本理解が半端ではないことは感じられたのではないでしょうか。この参加者の方達が、ある意味初めて心的現象論を最後まで読まれた方達ではないでしょうか。持続力がないと読めないですので。しかし、参加者の方達が了解に至らないことも、それがどこにあるのかを私は学びましたが、そこが吉本思想の不幸なのだと思います。その不幸が、いたずらな編者個人の我執によって増長されてしまっているのはほんとにひどいことですね。読むこととわかることとの間には、無限とも言える広がりがあります。この自覚さえないのではないかと思いますね。
表題は、著者の意志によってのみ変えることができます。
(つづく)