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【第40話】散弾銃のように、散開しながら広がる人生

ある業界の外から見たら「だから何?」ってことが、当事者にとってはすごく喜ばしいという「細かすぎて伝わらない喜び」は意外とあるように思う。農家、営業マン、薬剤師、経理職、足袋職人、マラソンランナー、それぞれにそれぞれ。

独立6年目、移住3年目。「地方移住したライター」である私にも、今日それが起きた。東京の出版社から、東京での取材に旅費がついたのだ。だって狩猟という特殊分野とはいえ、ライター生息数が全国1位を誇るトーキョーにおいて、取材ならふつう現地の人を使いますよ。だって地方(しかも愛媛でっせ)からの旅費は高いもん。「そこまでして〇〇さんを使う理由って何?」ってなっちゃう。

今回もダメ出しされるの覚悟で、編集さんに怖々電話で確認してみたら…

「旅費? 大丈夫ですよ。これはもう吉野さんに頼んだ企画なので」

とあっさり。むこうはそんなつもり毛頭なかったと思うけど、なんかこう、胸の奥から温かいものが広がっていくみたいにうれしかったなぁ。勘違いかもしれないけど、今までの仕事が認められたのかもって思えたんだ。

■37歳にしてとっちらかってしまった、けど…

「37歳。3と7を足したら10だし、なんかパーフェクトっぽくて縁起いいじゃん」と、加齢の憂いそっちのけでヘラヘラと過ごした1年だった。結果、計画性などゼロに近い、とっちらかった有様となっている。

ペンネーム兼旧姓「吉野歩」としてのライター活動のほか、カラス愛好家「吉野かぁこ」としてはイベントや雑誌『CROW'S』をつくり、「猪骨ラーメン」を開業する吉井の嫁として準備や営業の黒子もやりだした。

そしてさらに、まったく別のペンネームで社会問題についての連載2本を担当させていただけることになった。実はこのテーマがやりたくてライターになったようなもんで、いろいろな事情から「私にしかできない」とさえ思いこんでいる分野だ。やりきったらこの業界辞めてもいいかもしれない。すごく複雑で興味深い世界なので、当分辞めることはないだろうけど。

4つの名前を持つオンナ、なんてこった。めんどくせぇ。迷いや不安はある。昔から物事をめんどくさくする才能だけはあるんだ。

しかし、『プロ論。』( 徳間書店)でお馴染み、上阪徹さんの新著『10倍速く書ける 超スピード文章術』にはいいことが書かれている。これはその名の通り、文章を効率的に速く書くための指南書なんだけど、「人生の目的地に早く到達するためのコツ」にも読みかえられる。

「もっともムダがない素材の集め方」「『多く集めて、あとで削る』がいちばん速い」という章から、一部引用してみよう。

文章が苦手な人ほど、「文章を一気に書かなくてはいけない」という心理的なストレスを抱えて過ごすことになりますから、他の仕事に集中できなくなります。また、付け焼刃で集めた素材が、良いものになる可能性は低いでしょう。そうなると、書くこと自体が苦痛になるだけでなく、「こんな内容の文章でいいのかな」「もっといい素材がありそうだよな」などと迷いながら書くことになり、スピードが落ちるのです。

●「文章」や「素材」を→ 「自分のスタイル」や「目標」に

●「書く」を→ 「実行する」や「探求する」に

置き換えてみると、「1つのことを迷いながら」やってるより、「とりあえず全部やってみてから絞り込んだ」ほうが、結果的に早く「行くべき場所」に到達できるとも読める。まぁ、ひとつの考え方だけど、私の周りで活躍してる人にはそういう人が多い気がする。


■不良移住者が3年かかって得た最大の収穫

私は「大自然の中で有機農業を!」とか「人との繋がりを大切にしたい!」とか、いわゆる「熱烈に志望して田舎暮らしをはじめた人」とは違う。当初のタイトル通り、「まだ都会で暮らしたかったけど、流れで移住」した、少しドライな移住者だ。

そんな不良移住者が3年かかって得た最大の収穫は、「多角的な視点が持てるようになったこと」だと思う。「おばあちゃんの田舎」みたいなものも持たず、埼玉と東京しか知らなかった。お叱りを受けることを覚悟して言えば、日本は首都圏だけで成り立ってるとさえ思っていた。

例えば「若い」という形容詞一つとっても、都市部か限界集落かでイメージする年齢層が違うなんて想像もしなかったんだ。

今なら、例えば5年前には分からなかった先輩たちの言葉が、身に染みるように理解できる。物事を不特定多数の人に伝えるときに必要な「客観性」とか、「ライターとしての成長」と「原稿の上手さ」は必ずしもイコールじゃないとか。先輩と言っても、書籍はもちろん、ラジオやテレビでのファンも多いような雲の上の存在だ。名前が出ることはないが、手掛けられた本を見てため息が出るような編集さんもいた。知れば知るほど、彼らのすごさがわかるんだもん。途方もない気持ちになるよ。

すごく気にかけてもらっていたのに、あのとき、ちんぷんかんぷんだった自分を、先輩たちは呆れただろうか。たぶん呆れただろうと思う。

臆病な性格もあって、自分からは「あの意味やっとわかりましたぜ!」と連絡をとることはないだろうけど、いつか私が書いた記事や本を見て「ああ、アイツがこうなったか」って思い出してもらえることがあれば、それはとてもうれしい。

                             (完)

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この移住シリーズも、3年で40話になりました。少ない、たぶん少ない。でも、できるだけ綺麗ごとはヌキに、正直に書いてきたつもりです。何かの参考になりましたでしょうか。この辺で「移住日誌」に一区切りつけられたらと思っています。別の形で継続するかまだわからないけど、これを書いている時間、私にとってもいい整理の時間となりました。ではでは、少し早いですが皆さまよいお年を。

カラス雑誌「CROW'S」の制作費や、虐待サバイバーさんに取材しにいくための交通費として、ありがたく使わせていただきます!!