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【第17話】35歳の教習所デビュー

◇ついに訪れた、助手席生活の終焉

 クロールの息つぎができるようになったのが、30歳。原付の免許を取ったのは、去年34歳。歩みは遅いが日進月歩だ。このペースだと70歳ぐらいでバック転とかできるようになってるかもしれない。でもその前に――

 35歳、教習所デビューっす。

 「一生座らないまま済めばどんなにラクか」と思っていた運転席に、とうとう座る日がやってきた。首都圏とは違い、電車もない、タクシーも島に1台しかない田舎暮らしである。生活だけなら夫への寄生虫でなんとかなるかもしれないが、その宿主に何かあったらどうする? 救急車が間に合わなくて手遅れでしたとか、悔やんでも悔やみきれない。それにライターとしての機動力もほしい。取材活動には必須なのだ。実際、複数の編集さんから「免許とったら連絡くださいね」と釘を刺されたし。

 手先は器用なんだが、身体全体を使うのは苦手。運転、大丈夫かなぁ。だってウチの前の道って――、

 右に逸れても、左に逸れても地獄。ドアミラーと壁の距離、3センチ。

 擦る前提で買ったこの車、外装の修理を省いたら15万円だった。


◇教習所に通えない!?

 取らなきゃと分かっていながら、教習所に通い始めたのは移住して4カ月もすぎたころ(今から3週間ほど前)。しかし、これには理由がある。

 教習所に通う手段がなかったのだ。当然島内に教習所はなく、今治市や尾道市などの「陸地」に通おうにも、島まで来てくれる送迎バスがなかったのである。正確には「ある」のだが、学生の春休みと夏休み期間にしか運行しない(しかも1日1便、前日までの予約制)。

 移住してきた4月には、ちょうど運行期間が終了。オフシーズンに通うとしたら、原付で片道1時間以上か民間バス(往復2000円越え)しかなく、相当な負担だ。もちろん市内の陸地じゃ、送迎バスも年中運行してるんですけどね……って、ちょっと待て、そういえばウチの島も一応「市内」だぞ! ノーモア差別!! 

 まぁ、絶対数が少ないんだから仕方がない。合宿ならイケるかと思い今治市内の教習所に問い合わせたところ「市内在住の人はみんなダメです」とのこと。今度はそう来たか。ウチの島は「市内だけど離島」だぞ! ノーロンガー市内!!

 なら、越境して尾道市ならイケるのではと再挑戦を思ったが、何だか面倒になり放置。そんなこんなで、今ようやく教習所に通っているという次第である。

 結局、迎えのバスがバスで来た試しはなく、教習所の名前が印字されたフツーの軽自動車なんすけどね。


◇田舎の選択 オートマ限定か、マニュアルか?

 ちょっと力尽きてきたけど、あと少し書きます。実は教習所に申込む際、比較的易しそうなオートマ(AT)限定を取るか、マニュアル(MT)で頑張るかでかなり迷った。

 ATとMTを隔てる大きな壁、それは「軽トラ」の存在である。移住前は「威厳の足りないトラック」と小バカにしていた乗り物だが、今は違う。農作業や狩猟で、存分に働いてくれる強力な助っ人なのだ。

 軽トラの世界は未だマニュアル。AT車もあるにはあるのだが、結構値が張るらしい。地域おこし協力隊のR君(大阪出身)はずっとオートマで、移住してからオートマ解除のために教習所に通っていたのも知っている。確か5万円ぐらいかかったとか。

 だったら最初からマニュアルで取っておいた方がラクなのでは? というのでしばらく悩んでいたが、結局は学費が払えるかどうかの瀬戸際だったため、たった2万円をケチってオートマ限定コースで申し込んだ。

 27万円。両親からもらった引っ越しの餞別や、出張で撮影したときのギャラ、イベントやったときの売り上げなんかをかき集め、なんとかニコニコ現金払いで済ませることができた。ふうっ。

 そして現在。無事に仮免を一発合格して、数日前から路上に出ております。

 周りはほとんど平成7~9年生まれの大学生。まだまだ学ランやセーラー服が似合うお顔立ちの中、完全なアウェイだったのだが、最近ではこの教習所をご卒業された19歳のなみえ先輩(「ほんま死ねや」が口癖のフリーター・仮名)や同じ島に住むアグネス(70歳のだんなさんを持つ40歳フィリピン妻・仮名)とお近づきになり、日々新鮮な発見をさせてもらっている。

 最近、教官に怒られっぱなしで下痢が続くほど凹んでいたのだが、大学生の「スルー力」はすごい。運転中は、教官の忠告にもかなりの割合で反応を示さない。あとで聞いたら「いっぱいいっぱいで答えられない」とのこと。う~ん、これはこれで正しいのかも。私は返事をすることに気を取られて、その間の運転がおろそかになっちゃってたし。社会人になると、相手が話しかけてるのにあからさまに無視するなんて考えられないからなぁ。

 あと、担当の教官が名刺を渡してきたとき、自分だけ立ち上がって受け取っていたのには苦笑した。学生の子たちは(教官が立っているのに)ソファに座ったまま、片手でもらってたからね。

 いやいや、そんな彼らを「なってない」と嘆くわけじゃなくてね、自分もすっかりイイ大人なんだなぁって実感したわけなんですよ。

                               (続く)

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