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Column #28 サードキャリアの五月病

最近は日本でも音楽配信が盛んになり、音楽業界全体が徐々に盛り返してきた印象があるが、少し前までは、CDの売上が減る一方で配信はまだあまり伸びないという時代が続き、長らく不況だった。

そんなこともあり、レコード会社やプロダクションを早期退職してセカンドキャリアを始めるという知人の話は、毎年のように聞いていた。それでも音楽業界に残りたいという場合、今まで培った人脈を生かしたエージェント業務を中心に据える方が多い印象。

自分はミュージシャンの側だし、そういったキャリア云々は関係ないのかもしれないが、本名になった時点からすでにセカンドキャリアは始まっていたのかなとも思う。音楽を作り続けることは変わらないけど、明らかに裏方の仕事の割合が増えてきたし、それに応じて人と人を繋ぐ機会も格段に増えた。

そんな去年までの4年間の自分は、ずっと五月病だったのではないか、とも思うときがある。HARCOのときのように、そしてまわりにスタッフが何人かいたときのように振る舞わないといけないというプレッシャーがずっとあり、徒労感や脱力感を覚えることが多かった。でも今年の自分は、ようやくそこから解放されつつある。

思えばBLUE BOYからHARCOに変わったときもそうだったな。4年くらいはバンドの気分を引きずってしまって、ひとりで立ち回ることにどうしても馴染めなかった。馴染めた頃には2度目のメジャー契約も切れてしまったのだけど。でも慣れ親しんだ感覚を埋めるには、それ相応の時間がどうしても必要だ。

去年の秋から4月いっぱいまで、ありがたいことにクライアントありきの音楽仕事でずっとスケジュールが埋まっていた。いつもならこの忙しさの波が終わり次第、自分の曲づくりに邁進していくのだが、今はそれよりも次の波に備えて細かな設備投資の方を優先したい。

思えばバンド活動に初めて目覚め、大人になったら音楽を仕事にしようと心に決めた中学生の頃。さらに描いていたのは、なるべく早々に前線から退いて、スタジオミュージシャンか職業作曲家になるという未来。そのときの計画から行けば、このセカンドキャリア、いや、サードキャリアのスタートは遅すぎるくらいだ。

元来目立ちたがり屋だった自分が、20代前半に掴めたフロントマンの位置。それなのに今は仕事の「楽しい」の比重が、表よりも再び裏の方になってきている。でもこの気持ちの表現の仕方には少し嘘があって。本当はどっちも同じくらい楽しい。でもきっとそう言い切ってしまった方が、自分が楽なんだと思う。

気持ちも楽だし、生き方としてもゆとりができる。ライフハックを語れる人が誘う、無我の境地みたいなもので。とっくにその生き方が当たり前の人も多いだろう。

人に自分のことを紹介するとき「最近はすっかり裏方の方が多くて」と話すことが最近多いのだが、そのたびに感じる後ろめたさがある。それは、裏方でちゃんとやっている人に失礼なのでは、という想いではないだろうか。

きっとまだまだ修行が足りないのだ。「半分表、半分裏」の境地の方を、もっと明確に意思表示しながら突き進んでいかなくては。自分で自分がときおり厄介に感じるが、挑戦してみたい、自己投資してみたいものがまだいくつもある。それをやらずには死ねないというか。

中学である程度将来を決めて、高校に上がり、すかさず入った軽音楽部。そこではBLUE BOYとは別の洋楽コピーバンドをしていた。その当時の仲間との時間は今も自分のなかで輝いているが、部員はほぼ誰ひとり音楽を将来の仕事として捉えてはいなかったし、自分にとっては「軽音楽」という名前の響きが好きで、その名の下で活動していることが幸せだったというのもある。

軽音楽に傾倒したのは、幼いころからクラシックピアノをやっていたことの反動、反発もあった。気が付けば長いこと自分が生業にしているポップスやCMソング。ジャンルとしてのその"軽さ"ゆえ、時代が過ぎると忘れ去られてしまいがちというか、むしろ時代どころか一瞬で消費されてしまう傾向がある。

でも他の何にも変えがたい魅力があるのはなぜだろう。誰でも真似できる、見た目さえよければいい、そんな風に思われてしまいがちなこの世界の、どれだけ奥が深いことか。中身を知るほどそれを感じるし、きっとそうに違いないと直感したのは、やはりその高校生の頃だった。

青木慶則という名義のキャリアの、四月と五月が終わり、今は六月だ。雨が降る。そして地面が固まる。そういうときを今は過ごしているのかもしれない。久々に自分の時間にゆっくり向き合えそうな今、上の写真の彫刻の男性のように、目を細めてふとそんなことを考えている。

写真:横浜・岩崎ミュージアムでの企画展「今宵きりの光景」にて、音楽を担当させていただいた、彫刻家・吉田直さんの作品「Dr.ジキル/ハイド的思考」。このときの音楽のリリースも考えています。どうかお楽しみに。