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Column #3 明け方の雲を、寝る前に見るか起きた後に見るか

初出掲載日 2018.03.29

今年はニューヨーク旅行のあとは、ちょっとしたスタートアップのあれこれを除けば、自分の曲作りにすぐにでも没頭できると思っていたのだけど、ありがたいことにたくさんの音楽制作の依頼をいただき、曲を作ったりアレンジをしたり歌ったりと、日々忙しくさせてもらっている。

そうなるとなかなかオリジナル曲を作る時間が取れないのが正直なところで、最初のライブもまだとうぶん先になりそうなことを、皆さんに謝っておきたい。でも本名になったら、作家活動に少し重点を置けたらいいなとぼんやり考えてはいたので、個人的には嬉しくもあり...。なかでも広告関係の仕事が僕はやっぱり好きだし、これからはさらに幅も広げていきたい。

仕事場はもっぱら、9年前に作った小さな自宅スタジオ。家で働く人のことを居職(いじょく)ともいうらしいけど、例を挙げるなら作家や漫画家、フリーのライターにデザイナー、デイトレーダー、テレビ電話越しの英語教師や心理カウンセラーなどなど。今やネットのおかげでずいぶん増えたとは思うけど、それこそどの国でも昔から、居職で生計を立てる人は多かったのでは。

そんな昔の人々をも悩ませていたであろう難題がひとつ。それは「プライヴェートとの境目が作りにくい」ということ。そう、我が息子もただいま「魔の3歳」街道をまっしぐら。起きてから寝るまでずっと走り回っているし、しきりに何かを喋りかけてくる。

やはり子供は可愛いので、しょうがないなと思って一緒に遊び始めたが最後、無二の親友状態になってしまってその場を離れさせてくれない。無理矢理スタジオの鍵を閉めると、泣きじゃくってえんえんとドアノブをガチャガチャ。ベースのイトケンも言っていたけど、キューブリックの「シャイニング」のように、今にもドアを斧で叩き割ってきそうな気配までする。

でも夜になってしまえば、早々とスヤスヤ眠りに落ちる。そのままほぼ朝まで起きないから、家の中はとても静か。だから次第に僕の活動は、夜へと移行していった。いわゆる夜型人間。だいたい22時頃を過ぎると俄然やる気が増してくる。防音施工をしているので音はあまり漏れないし、思うぞんぶん音楽の渦のなかへ。気が付けば朝ということが少なくない。

これでも少し前までは、ミュージシャンの割には早く寝る方だったのだ。でも20代前半はバーやクラブで朝までよく飲み明かしていたし、アルバイトをしていた頃も給料のいい深夜帯を選んで働くことが多かった。だから実は、まったくの昼夜逆転にだって慣れている。

まわりのミュージシャンにもやっぱり夜型が多い。ライブの時間はたいてい夜19時から。そこで一番実力が発揮できるように自分のポテンシャルを保つには、どちらかというと夜にシフトした生活の方がいい。

ちなみにプロ野球選手に親近感が持てるのは、そこだったりする。18時台にプレイボールのナイトゲームが大半だから、帰宅するのはだいぶ遅いだろうし、お昼近くまで寝ていることも多いらしい。予期せぬ延長戦がないぶん、ミュージシャンの方がまだマシかもしれない。

しかし20代とは違うので、やっぱり体がキツイ。先日どうしても徹夜をして外のスタジオに向かわなければいけないときがあって、そのあと体調を崩したりもしてしまった。

そんなときに現れた、この春からの新たな展開。そう、4月から幼稚園が始まるのである。常に毎日ではないが、朝から午後2時くらいまでの5~6時間、家がシンと静まりかえることが多くなる。

もしかすると、ここは一気に朝型にした方がよいのではないか。そして少しでも多くの、健康的な歌を書くのだ。我が家は丘の頂上にあるので、明け方の澄み切った空にかかる薄い雲が、遠くまで続いているのを眺めることが、至福の瞬間のひとつ。それを寝る前に見るのか、起きた後に見るのか。

こうやって選ぶことができるだけでも、ありがたいと思う。与えられた自由と、居職の道を今後も極めるのみ。ちなみに座職(ざしょく)とも言うらしい。座ってばかりいる現代人の中でも、我々はトップクラスの座りっぷりである。どうりで皆、腰を痛めるわけだ。