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Column # 21 枝先でどんぐりたちは歌う

一昨日の9/28は、東京・渋谷区の支援センター「かぞくのアトリエ」で、アートスクールを開催。当初は通常のライブに少しばかり参加形式のものを増やすくらいのつもりでいたのだけど、自宅で何度もシミュレーションするうちに、ほとんどが家族で参加してもらえる内容になった。

至らないところも多かったとは思うけれど、この日に向けて他のアーティストのワークショップを見学したり、息子とのおでかけの際に見たショーでは必ずメモを取ったりしていた。本番は無事に盛り上がった分、やや詰め込みすぎてしまっていたので、課題は時間配分。参加してくださったご家族のみなさん、あらためてありがとうございました。

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HARCOのときも、少しばかりこどもたちとのワークショップを行なってきた。でもそのたびに、もっとこうすれば良かったのではと、通常のライブの何倍も考えさせられることが多かった。それだけにそろそろ中身を確立させたい。こどものリアクションは無限大。こっちもつい欲が出てしまうのだ。

ところで僕の母親は、今は引退したがピアノ教師だった。小学生を中心にいつも20人くらいの生徒がいて、成長するたびに入れ替わっていく。どの街にもある、一般的なピアノ教室だ。僕も母親に教わっていたし、漏れて聴こえる教室の様子から母親の褒めるタイミング、叱るタイミングなどを無意識に感じ取っていた。

だからやっぱり今も、こどもと音楽を共有することは大好きだし、妙に先生気質なところは血筋なのではと思う。仲間や後輩に、アドバイスやダメ出しをついついしてしまうタチでもあるから。もちろん自分のことは棚に上げて...。実は最近、これまで習う一方だったピアノを人に教えたりもするようになった。そしてそういうときの自分も、本来の自分であるように感じる。やっぱり先生気質。

うちの4歳の息子にこそピアノをしっかり教えたいのだけど、残念ながらまったく興味を持ってくれない。外で習わせてみたこともあるが、集中力が全くといっていいほどなかった。ただしサンプラーはゲーム機みたいなものなので、音の編集をしているとすぐにボタンをいじくって邪魔してくる。

それから、これはこども特有なのだろうけど、ふいに即興でオリジナルの歌を作ったりする。好きな食べ物の歌、例えば「いくらが好き~」とか、それだけ。そんなときは、すかさずピアノで伴奏してあげて、部屋に常設しているレコーダーに録音し、ふたりで聴き返す。そうすると何度も録音したがる。とりあえず楽しいと思えることから始めるのが大事かなぁと思う。

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息子のおかげで先日のアートスクールの演目も増えた。こどもたちに好きな食べ物を喋ってもらって、それをサンプラーに録音し、次に自分でいくつかの楽器をサンプリングして、さきほどのこどもたちの声をDJのように小刻みに再生する。これが一番盛り上がったかもしれない。無事に好きな食べ物をマイクに言えたときの、親御さんたちのホッとした顔も微笑ましかった。

昨日は息子と、一緒に近くの公園に遊びに行って、大きな木に登らせた。枝先に集まるどんぐりは細長く、棘のある殻斗(かくと)にすっぽりと身を包んでいる形状から、スダジイの木ではないかと思われる。僕も幼い頃、大きな木のなるべくてっぺんまで登って、しょっちゅうどんぐりを取っていた。登ったまま大きく枝を揺らして、100個くらいのどんぐりを振り落とし、持ち帰ったこともあった。

当時はとにかく体を動かすことが好きで、自転車に乗っては怪我をしてばかりいたし、上半身裸で遊んで母親によく怒られた。そんなことを、スダジイの木のどんぐりを見ていたら急に思い出した。そして思ったのだ。ああ、今日までの息子とまったく同じだと。落ち着きがなく、突飛な行動ばかりで、後先考えず何でも挑戦して、失敗してはすぐに泣く。

枝先のまだ若いどんぐりたちは、たくさんの仲間と共に身を寄せ合っている。まるで仲良く合唱しているみたい。そうだ、アートスクールでは「どんぐりころころ」をこどもたちに歌ってもらったのだ。おとなのみなさんには「紅葉(もみじ)」を。秋っていい曲がいっぱいだな。

僕も息子も次の10月で年をまたひとつ重ねる。息子は5歳、僕は44歳だ。ジョン・レノンはショーンが5歳になったとき、「Beautifui Boy」というとても美しい曲を作って歌った。その曲を今度は僕が歌って聴かせるつもりだ。じっとして聴いてくれないだろうけど。